4.生意気な令嬢に育ちますわよ


キュッと締め上げた髪の、お化粧が濃くてキツい顔つきの昔程ちやほやされなくなってイライラしてる50代でも独身の、可愛い制服姿が浮いているお局様。


あなたの仕事はどうしてこんなに雑なのかしら?入って2日の新人の方がまだ使えるわ!


そんな罵倒が聞こえてくるようだ。


(…うええ…)


「いい顔です。ですが、恐れが入っている。もっと自分の方が上だという自信からくる軽蔑の目でなければ、ターゲットは自分を恐れているんだと調子に乗ってしまうかもしれない」


(お局様怖いんですよぅ。ルーベルンだって女神怖いんでしょ)


「怖くないです。不機嫌になられたらめんどくさいんです」


ルーベルンは呼び捨てにされた事を気にも留めないで「こちらの方が得意ですか」と灰色の水で溶いた絵の具の様な汚い色で自分を包み、また姿を変えた。


汗の匂いがキツくてつい顔を歪めてしまう、濁った目の太ったスーツ姿の大嫌いな上司がそこにいる。


私はものすごい顔をしていたようで、いやらしい表情の上司ルーベルンは満足そうだった。


「その顔を作るのに慣れるまで頑張ってください。しばらくこのままでいます」


(うぇぇぇいやぁぁ)


「言葉遣いも思考内でちゃんと貴族のものに変えてください。この場合は『わたくし、あなたの顔を見るなんてもう耐えられませんわ。こんなものを見せるなんて、あまりにも酷い仕打ちです』などという言葉が的確です。貴族はうぇぇ、なんて言いません」


ルーベルンは声まで上司と同じにしている。

きっと私の前世の記憶覗き放題なのね。


早くイケメンに戻って欲しい一心で、私は嫌そうな顔と心の中で丁寧な貴族言葉で罵る練習を0歳時代にたっぷりした。


家族がいなくなった後、起きてる間おじさん上司とひたすら見つめ合う毎日の苦痛はさっさと抜けたいじゃないの!

転生して生まれ変わったのに、なんでセクハラ上司の顔を見続けなきゃなんないのかしら!

さっさとクリアしないとストレスで胃に穴が空くわ!



私が必死だったからか、ルーベルンがイケメンに戻ってくれたのは割と早かった気がする。


その後寝返りを習得し、お座りやはいはいが出来るようになって、たまぁに幸せいっぱいの笑顔になったら嫌そうな顔練習はあったけれどひたすら見つめられる心配はもう無くなった。


それが終わったら、お腹が空いたと人を呼びミルクを飲んで身体を綺麗にしてもらってちょっと寝て。

起きたら嫌な悪役のノウハウを勉強しつつ、お父様お母様には捨てられないようターゲットにちくちく意地悪する方法をルーベルンと考えていく。

それなりに性格悪いとこは目撃されないと「ハリエッタ様はそんな事しないです(きらきら)」って綺麗な目をした人が頑張っちゃうから厄介なんだって。

最終的に味方が一人もいない状態に持っていくって難しいわね〜。これに関しては色々作戦は考えたけれどその時に実行してみなきゃ分からないのよね。ああ、ゆううつ。



♢♢♢



「悪役は優秀で一目置かれなければなりません、誰も雑魚を相手にしようとは思わない。良いですか、異性にモテる程魅力的であり、取り巻きを作れる程に人望はあり、ですが腹黒くて実は陰湿というのが理想です」


「わかってまちゅわ。なんどもききまちてよ」


ルーベルン独特スパルタ教育の甲斐あって、言葉が話せるようになった2歳には生意気な口を聞くミニマム令嬢と育っていた。

薄いピンクの壁紙に、甘々な内装の白くて装飾のついたドレッサーと化粧台で今は身だしなみを整える練習中だ。

ルーベルンは大きなうさぎのぬいぐるみに腰掛けてるようにしてるけど、実体は無いからぬいぐるみはへこんでいないのよね。


「まいにちべんきょうちてるから、おとうしゃまとおかあしゃまがしょうらいゆうぼぅだとよろこんでいましゅわ」


「まだ何を言ってるのか分かりにくいので、僕には心の声で良いです」


(お気になさらず、特に大事な事は言ってないですわ。来年なのですね。わたくしを破滅に導く子が拾われてくるのは…)


「ええ。この為に僕はついて来たんです。美月さん。いえ、ハリエット嬢。開幕の時まで努力を怠りませんよう」


(欲を言えば、それまでたまーに一人になりたいわね)


貴族の言葉には慣れたけど、前世の私がいなくなってしまう訳ではないのよ。

これから気の抜けない日々が始まるのならと、ちょっとしたワガママを試しに言ってみた。


ルーベルンは撫然として「言葉遣いのペナルティです」とおじさん上司の姿にぬるんと変わってしまった。


「るーべるんの、いじわりゅ」


私はツインテールにした金髪とフリル付きのドレスを揺らしながら、とことこ短い足で自分の天蓋付きベッドに行き、子供らしくふて寝した。

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