第18話

うちはデンガーナ。勇者パーティの商人にして、鑑定士や。

そんなうちは、暗い地面の底で、身動きが取れなくなっていた。

うちが落ちた裂け目は深いうえに壁がもろく、足をかけてもすぐに崩れおちてしまう。

このまま生き埋めにされるんとちゃうかと恐怖に震えるうちに、ライトの声が聞こえてきた。

「おっと。忘れていた。ちゃんと約束は果たさないとな」

次の瞬間、何か固くて熱い金属が落ちてくる。

「痛い!熱い!」

うちの顔に当たったそれをよく見てみると、焼け焦げた銅貨だった。

「まだまだあるぞ。遠慮なく受け取ってくれ」

穴の外から、どんどん銅貨が投げ込まれてくる。それは触れると火傷するぐらいに熱せられていた。

「か、かんにんして。うちが悪かったから!」

必死に許しを請うがをするが、ライトは許してくれない。いつしかうちは10万枚の銅貨に埋もれて、息も絶え絶えになっていた。

「お前は金が好きなんだろ。よかったじゃないか。金に埋もれて死ねるなんて」

「そんなん嫌や!生き埋めになるなんて。もう金なんていらない。命だけは助けて!」

必死に命乞いをするが、ライトは相手にしない。

焼けた銅貨は容赦なくうちの肌に張り付き、全身に大やけどを負わせた。

(なんでこんなことになったんや……こんなことになるなら、ライトを裏切るんやなかった)

蒸し焼きにされる地獄の苦痛の中で後悔するが、もう遅い。

こうして、勇者パーティの鑑定士として活躍し、世界で一番金持ちだったうちは、銅貨で生き埋めにされて苦しみながら死んでいくのだった。


「くくく。ようやく死んだか」

俺の中にデンガーナの魂が入ってくる。土属性の魔法とともに「鑑定」の力も手に入れることができた。

「何十年かしたら掘り返されて、『お宝発見』となるかもしれないな。まあ、所詮銅貨だから、発見者にとって小遣いにしかならないだろうがな」

最後に土魔法を使って穴を埋めた後、俺は次の目的地に飛んでいく。

「次は冒険都市インディーズか。あそこにはレイバンとその父親のギルドマスター、レガシオンがいる。さて、どうやって復讐してやろうか」

俺は復讐のことを考えながら、インディースに飛んでいくのだった。


王都の勇者屋敷

怒った顔の光司が、執事に問い詰めていた。

「小切手帳を取り上げるってどういうことだよ」

「陛下の決定です」

執事は慇懃に一礼する。

「なぜだ!それが魔王を倒した俺に対する扱いなのか?」

不満そうに頬を膨らませる光司に、執事は根気よく説明た。

「最近、王都の外では何かと騒がしくなっております。偽勇者ライトが反乱を起こし、コルタール地方が壊滅したとのことです」

「なに?あの雑魚が反乱を起こしたって?」

光司は意外そうな顔になる。彼にとってライトはただの便利な道具であって、どれだけ痛めつけても反抗できない無力な存在だった。

「そんなの、簡単に捕まえることができるだろ?」

「それが、どうやら奴は勇者の力に目覚めたようで、たった一人でコルタール領を蹂躙しました」

「マジで?ちょうど退屈していたんだ。俺が行って奴を殺してやるよ」

面白そうな顔になって勇者の剣を振りかざす。

しかし、執事はゆっくりと首を振った。

「公爵を追い詰めて死に至らしめた後は、いずこともなく消えたそうです。王国が手配をかけていますが、未だみつからないとか」

「なんだ。逃げたのか」

つまらなそうな顔になって、剣をしまった。

「ライトが反乱をおこしたせいで、コルタール地方の麦の収穫は絶望的になり、そこに住む民たちも難民となりました」

「そうか。民衆に手を出すとは見下げはてた奴だな。奴が現れたら俺に伝えろ。この正義の勇者様が倒してやるよ」

正義ぶって言い放つ光司に、執事は心の中でため息をついた。

(まるでわかっておらん。ライトはたった一人で反乱を起こしたのだ。軍隊を動かすのとは違い、身軽に移動できる。魔王のようにおとなしくダンジョンの地下で待っていてくれるわけでもない。奴が現れたと連絡が王都に入るころには、とっくに逃げているだろう)

そう考えると恐ろしくなる。勇者の力を持つものが一人でゲリラ戦を仕掛けてきたら、国では対応できずにいいようにやられるだけだろう。

「それで、なんであんな奴が反乱を起こした程度で、俺の小切手帳をとりあげられないといけないんだ」

不満そうに聞いてくる光司に、執事は根気よく説明を続けた。

「つまり、穀倉地帯の税収が見込めなくなったということです。すでに貨幣を改鋳して予算を作る方法も限界で、このままでは国庫が破綻してしまいます」

「そんなの知ったことかよ」

ふてくされる光司に、執事は冷たく告げた。

「国が破綻したら、勇者であるあなたを養うこともできません。生活費として毎月金貨一万枚を支払いますので、その範囲内で生活してください」

「……わーーったよ」

さすがの光司でも、国王に見捨てられて援助を受けられなくなったら生きていけない事はわかる。

しぶしぶながら、執事の言い分を受け入れた。


俺は光司。魔王を倒して伝説の勇者となった、元日本の高校生だ。

「商業街にお買い物に行きたいんですけど、お小遣いください」

そんな俺は、今数十人のメイドに小遣いをねだられて困っている。

「えーっと。その、すまんな。今ちょっと持ち合わせがなくて……」

なんとかごまかそうとしたが、贅沢を覚えたメイドたちは引き下がらなかった。

「え?でも勇者様ならお金はいくらでも国から引き出せるんでしょ?」

不思議そうな顔をして聞いてくる。勇者の小切手帳を国に取り上げられてしまったことを、どう説明しようかと悩んでいると、マリアが助け舟を出してくれた。

「こらこら皆さん。光司様をあまり困らせてはいけませんよ。今日の所は我慢しましょう」

「聖女様がそうおっしゃるなら……」

メイドたちはしぶしぶ引き下がる。俺はほっとすると、マリアに礼を言った。

「助かったぜ」

「どういたしまして。ですが、どうなさったんですか?いつもは小遣いぐらいいくらでも出してあげられるのに」

そう優しく聞いてくるので、俺はこれまでのような無制限の贅沢ができなくなった理由を話した。

「なるほど……勇者の小切手帳を取りあけられてしまったのですか。今の平和があるのは光司様のおかげなのに、国も恩知らずですわね」

「まったくだぜ」

二人で愚痴をこぼしあうが、金に余裕がないという現実は変わらない。

「なあ、どうしたらいいと思う?」

「そうですね。なんとかしてお金を稼げるようになればいいのですが……」

マリアの言葉を聞いて、俺は顔をしかめる。

「俺の世界の知識でもつかって、商売でも始めろってか?残念だけど、思い当たることはないぞ」

自慢ではないが俺は勉強なんて一切したこともなく、ネット小説にでてくる召喚者みたいなオタクでもない。そもそも俺がいた高校はヤンキー高校で、喧嘩の強い奴だけが尊敬されていたので、日本の知識を使って商売をしようとしても無理だった。

しかし、マリアはそんな俺を見てニヤリと笑う。

「ご心配なく。勇者である光司様にぴったりの仕事を斡旋してくれる人を紹介しますわ」

こうして、俺とマリアは連れ立って仕事を紹介してくれるというやつのいるスラム街まで来るのだった。


今までは綺麗な表通りしか歩いたことがなかったが、こうしてスラム街をみてみると、ホームレスが増えたような気がする

「なんであんな汚い奴らが増えたんだ?」

「なんでも、偽勇者ライトが反乱を起こしたせいで故郷を焼け出された人たちが王都に避難しているみたいですよ」

マリアが軽蔑の表情を浮かべて説明した。

「本当に、あいつは悪い奴だな」

「ええ。いずれ私たちの手で倒してやりましょう」

そんなことを話しながら歩いていると、俺たちの前に数人のチンピラが立ちはだかった。

「へへへ。兄ちゃん。いい女つれているねぇ」

「俺たちも混ぜてよ」

「いい店知ってんだ」

チンピラたちは、下卑な笑みを浮かべて近寄ってくる。

「なんだてめえら。マリアは勇者である俺の女だぞ」

俺がそう告げると、チンピラたちはギャハハと笑った。

「笑わせるぜガキのくせに。何が勇者だ」

「勇者がこんなところにいるわけねえだろうが。さっさと金を置いて失せろ」

ナイフや剣を取り出して、威嚇してくる。

「ふっ。バカな奴らだ。命が惜しくないみたいだな」

俺は余裕たっぷりに勇者の剣を抜くと、チンピラたちに切りかかっていった。


「いてえ!いてえよぅ」

「悪かった。お前を襲ったのは俺たちの意思じゃねえんだ」

チンピラたちが倒れて泣き叫んでいる。奴らの手足は俺の剣によって切断され、血にまみれていた。

「なんだと?どういうことだ?」

俺が問い詰めたとき、パチパチという拍手が鳴り響き、黒いスーツを着た男が現れた。

「聖女様のおっしゃられるとおりですな。さすがは勇者光司様です」

その男は、俺を見ると丁寧に礼をした。

「え?マリアの言う通りって?」

「くすくす。ごめんなさい。この方は王都の裏社会のボス、ボガード様よ。勇者の力をみたいっておっしゃられるから、彼らをけしかけたの」

マリアはまったく悪びれることなく、自分が黒幕だったことを認めた。

「勇者様。大変失礼いたしました。我らはあなた様を心から歓迎いたしましょう」

こうして、俺はマリアとボガードと名乗る男に連れられて、一見のみすぼらしい家に入っていった。


「あははは。まさかスラムにこんなところがあったなんてな」

俺は機嫌よくワインを飲み、バニー姿の美女と戯れる。

俺たちが入った家は、外見こそみすぼらしかったものの、中に入ると豪華な設備が整ったバーだった。

奥の方ではカジノが開かれており、マスクをつけた身なりのいい男女がギャンブルに興じている。

「いかかですか?この裏酒場『堕天使の楽園』は」

「ああ、気に入ったぜ」

俺の様子にボガードは満足したようで、金色の通行パスポートを渡してきた。

「これは特別会員証になっております。いつでもこの建物に入れて、中での飲食は無料になっております」

「マジか?わりぃな」

「いえいえ。私たちを救ってくださった勇者様に対してのほんの恩返しでございます」

ボガードはそういって、頭を下げてきた。

「しかし、マリアは良くこんな所知っていたな」

「くすくす。実は教会は裏社会ともつながりが深いのです。神の愛は万人に等しく注がれるべしという教義なので」

マリアはすまし顔で事情を話した。

酒と女による接待でいい気分になっていると、ボガードが本題を話し始めた。

「実は、勇者様のお力と権威を見込んで、頼みたい仕事があるので」

「いいぜ。なんでも話してみな」

俺が頷くと、ボガードはあるリストを見せてきた。

「これは?」

「銀行や商人から金を借りておきながら、返済不能となった者たちのリストです。我々はその借金を買い取り、彼らに無理のない範囲で返済を求めています」

ボガードはにやりと笑って、話を続ける。

「ですが、中には返済しようとしない不届き者たちもいます。そういう方々に対して、勇者様の権威をもちまして説得してほしいのです」

「……ようするに、借金の取り立て屋かよ」

おもっていたよりしょぼい仕事だったので、俺はちょっとしらけてしまう。

「そんなの、部下にでもやらせばいいだろうが」

「それが、不届き者の中には衛兵の駐在所に逃げ込む者もいまして。我々のような裏社会の者にとっては、いささか面倒な事態になります。そこで、勇者様のお力を借りたいのです」

ポガードの言葉に、俺は首を傾げた。

「意味がわからん。なんで俺なんだ?」

「勇者様とは正義の象徴。たとえ衛兵といえども勇者様に逆らえるはずがありません。賄賂をとって不届き者をかくまう衛兵たちにも、正義の鉄槌を下していただけます」

「なるほどな」

正義の象徴と持ち上げられて、俺はいい気分になる。

「借金の取り立て料として、債権の半額を支払いましょう」

「それは気前がいいことだな」

「ふふふ。もともと回収不能扱いになっている債権ですから」

ボガードは、薄く笑う。

「だけど、本当に金がないやつはどうするんだ?」

「ご安心ください。金がないところからも生み出す方法をしってないと、裏社会では生きていけませんので。借金を踏み倒そうとする不届き者がどんな目にあおうが、きっちり返していただきます」

ボガードは暗い目で笑う。さすがの俺も、ちょっと背筋に冷たい物が走った。

「いいだろう。お前に勇者の力を貸してやろう」

こうして、俺は気軽なアルバイトにいそしむことになったのだった。

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