第10話

そのころ、王都では、勇者光司が住む屋敷が完成しようとしていた。

「これが俺の城か。まさに勇者の住む家としてふさわしいぜ」

王城にまさるとも劣らない豪華な屋敷を見て、光司は満足の声をもらす。

「本当ですわね。ここが私と光司様の愛の巣になるのですね。たくさんの子を産んで、王国を繁栄させましょう」

第一夫人になる予定のシャルロット姫が、光司にしなだれかかる。

「姫様、ずるいです。私も」

反対側では、聖女マリアが甘えるように寄り添っていた。

「ぎゃははは。いいだろう。俺様の子種をたっぷりくれてやるぜ」

光司は下品に笑いながら、二人を抱き寄せる。

その様子を、光司に付けられた執事はうんざりしながら見ていた。

(下種な奴だ。だが、これも国のため。こやつには勇者の強大な力を受け継ぐ子をつくってもらわねばならぬのだ)

そう思い、必死に嫌悪感を抑える。そんな彼に、光司はとんでもない命令を下した。

「おい。王都内から可愛い子を見つけて連れてこい。俺のメイドにしてたっぶりと可愛がってやる」

「は、ははっ」

それから執事は、女好きで贅沢好きな光司の命令に散々振り回されるのだった。


数日後、執事は国王に呼び出されていた。

「どうだ。光司殿のご様子は」

「はっ。屋敷でおとなしく子作りに励んでおられます」

多少の皮肉を込めて報告すると、国王は満足そうに頷いた。

「それでよい。勇者は権威だけはあるが、所詮はただの小僧だ。下手に国政に口を出されてもかなわぬからな。屋敷に籠って美食と子作りに精をだしておればよいのだ」

国王はククっと笑うと、執事に命令した。

「引き続き奴を監視せよ。政治にかかわることでないなら、どんな要求でもかなえてやれ。その費用は王国で持つ」

そういって、国庫から自由に金を引き出せる小切手帳を手渡した。

「ははっ」

複雑な顔をした執事は、退出していった。

続いて、財務官僚から報告を受ける。

「陛下、これが勇者様の屋敷の建設費用でございます」

差し出された書類を見て、国王は顔をしかめる。

「……多いな」

「勇者様の要求に従えとの陛下のお言葉でしたので」

確かに、そう命令したのは国王だった。

「まあよい。民からしぼりあげれば済む話だ。王都の民に臨時の税をかけよ」

こうして、勇者を援助するという名目で税金がかけられるのだった。

「王都に住む者たちは、一家庭当たり金貨四枚の税を納めよ」

役人にそう言われた市民たちからは、当然のごとく不満があがる。

しかし、役人たちは勇者の功績を言い立てて、民の不満を抑え込もうとした。

「勇者様へ恩を返そうとおもらないのか?世界が平和になったのは勇者様が魔王を倒してくださったからだぞ」

それを聞いて、民衆たちはしぶしぶ矛をおさめる。

「仕方ねえ。一度くらいは勇者様の我儘を聞いてやるか」

こうして王都の民たちは、しぶしぶ税をおさめるるしかし、彼らの負担はこれだけにとどまらなかった。


とある家で、一組の男女が言い争っていた。

「なぜだ!なぜ婚約を解消するんだ」

「だって、勇者様に見初められちゃったんだもの」

詰問された若い女は、かつて愛していた婚約者の前ではしゃいでいた。

「買い物にいったら、たまたま勇者様にであってね。「おい。お前可愛いな。俺のメイドになれ」って言われちゃった。きゃは♡」

嬉しそうに頬を染める。

「これは婚約解消の手切れ金よ」

そういって、床に金貨が入った重い袋を投げだした。

「こ、こんな大金、いったいどうやって…」

「あら?知らないの?勇者様にもらったの。彼っていくらでもお金が使えるのよ。国がバックにいるんですもの」

若い女は、元婚約者を軽蔑の視線で見下した。

「やっぱり庶民って悲惨よねー。必死に働いても稼げるお金はほんのちょっと。貧乏人の妻になって苦労するくらいなら、大金持ちの勇者様のメイドになるほうがいいわ」

それを聞いて、元婚約者の男は失望する。

「それがお前の本心か……わかった、お前みたいな女、こっちから願い下げだ!」

憤怒の表情で家から出ていく。こうして、本来なら幸せな家庭を築いていたでろう一組の男女の未来がゆがめられたのだった。


「勇者様……いささかメイドを増やしすぎなのではないでしょうか」

執事がおそるおそる忠告する。

「なんだよう。いくらでもメイド増やしていいっていったのは、国王だろ」

「だからといって……外出のために新しいメイドを連れてくるのでは、きりがありません」

執事がたしなめるのも無理はない。光司は気に入った女を見かけたら、誰彼かまわず屋敷に連れてきていた。

「こんなことを続けていけば、民の評判も落ちますので……婚約者や恋人、夫もいる女に手をだすのは、いくら勇者といえどもいささか……」

「なんだよう。金ならちゃんと払っているだろ」

光司は勇者の小切手を取り出す。たしかに女にまつわる様々なトラブルを、すべて金で解決していた。

「金では女を取られた男たちの恨みは晴らせません」

「うるせえなぁ。文句があるならかかってこいや。男なら喧嘩で勝負つけようぜ」

芝居かかった仕草で光司が剣を振りかざすと、周りのメイドたちがキャーっと歓声をあげた。

「光司様。かっこいい」

「嫉妬深い男たちから、私たちを守ってくださいね」

メイドたちに言い寄られて、光司は相好を崩す。

「ぎゃははは。所詮男としての格が違うんだよ。負け組の嫉妬なんて俺は気にしねえ。お前たちは俺のものだ」

そう言ってメイドたちに戯れる光司を、執事は手に負えないと感じ始めた。


そして数日後、執事は国王に呼び出される。

「これはどういうことだ!」

怒りの声をあげる国王から、数十枚の紙の束がなげつけられる。それは光司が切った勇者の小切手だった。

それらは役所に持ち込まれ、その支払いはすべて国庫に回されている。

「どういうことだとおっしゃられても、勇者様に関わる費用はすべて王国が持つとの陛下のお言葉でございます」

「……だとしても、限度というものがあろう」

国王は頭をかかえる。光司はまったく金を気にすることがなく、求められる金額をそのまま小切手に書いて、メイドになった女やその家族に渡していた。

その総額は合計金貨100万枚にもなる。さすがにそんな金を支払ったら、国としても困るのだった。

「くっ。ワシは奴を見誤ったか?個人の贅沢などたかが知れていると思っていたが……国庫をゆるがす出費になるとは」

ちょっと光司の我儘を許しすぎたと後悔するものの、今更取り消すこともできない。かといって民からふたたび臨時税を絞り上げるのも無理だった。

「これを支払ったら国政に必要な支出を賄えなります。如何すればよろしいでしょうか」

財務官僚は慇懃に頭を下げる。

「今年の税収はどうなる?魔王の脅威が取り除かれたのだ。それなりに増えるのであろう?」

「おそれながら申し上げます。魔王とその配下であるモンスターによって与えられた被害は甚大で、すぐに税収が上がるとは考えられません」

その言葉を聞いて国王は考え込む。

「やむをえまい。貨幣を改鋳して費用を捻出せよ」

「ははっ」

こうして、金の含有量を大幅に減らした新金貨が発行されるのだった。

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