第5話

「はぁはあ……ここはどこだ」

オラはモランジョ。モーリス様の一の子分だ。だけど周囲には誰もいない。闇の中で一人ぼっちだ。

ライトの役立たずを照明係にしてダンジョンに潜ったはいいものの、モンスターに襲われて命からがら逃げだしたところだ。

だけんど、このダンジョンに照明がないことを忘れていただ。まるで暗い迷路みたいな内部を逃げ回っているうちに、すっかり仲間たちと離れてしまっただ。

「こんな暗かったら、自分がどこにいるかもわからねえだ。モーリス様はどこだべさ……」

不安な気持ちを感じながら手探りでダンジョンを進んでいくと、前の部屋からオレンジ色の光が漏れていることに気づいた。

「たすかっただ。きっとモーリス様たちだ。予備のランプを用意していただな」

ほっとしながら近づいていくが、何か様子がおかしい。よく見ると。オレンジ色の光は部屋の中央の玉座から放たれていた。

そこには黒いローブをまとったライトが座っていて、じっと目を閉じている。

「こ、これは、さっきの部屋だか?」

どうやら、オラはさんざん走り回った結果、元の場所に戻ってしまったらしい。

だけんど、ラッキーだべ。モンスターもいないみたいだし、あとはライトの役立たずに出口まで案内させよう。ついでにあのアイテムもオラのもんだべ。

「いつまで寝ているんだべ。この役立たずが。さっさと起きるだ」

ライトの体をゆすって起こそうとしたとき、奴の目がカっと開かれ、ものすごい力で腕をつかまれた。

「な、なんだべ。ライトのくせに反抗するだか?モーリス様にいって、もっときついお仕置きを……ぎゃああああああああ」

ライトの手から、なにか禍々しい力が伝わってくる。それはオラの腕に入り込み、光の道筋にそって全身をかけるぐった。

「あばばばばばは……」

すさまじい痛みとともに、オラの体が焼け焦げていく。目がはじけ飛び、口から煙がでるのが自分でもわかった。

「ははは、これが勇者の力か。異界の言葉で「電気ショック」というらしいな」

ライトの声が聞こえた瞬間、心臓が破裂し、オラの魂がどこかに吸い込まれていくのを感じた。

「素晴らしい。素晴らしいぞ。これが魔王の力か。人間はモンスターを倒し、その恨みの念や魂を吸収することでレベルアップする。それに対して魔王は、人間の恨みの念や魂を吸収することでレベルアップするのか」

闇の中に吸収されてしまったオラの魂に、ライトの高笑いが聞こえてくる。

「面白い。ここから出たら、人間を殺して殺して殺しまくってやる」

その言葉を聞いたのを最後に、オラの魂は闇に溶けていった。


「くそ……出口はどこだ」

俺は暗いダンジョンの中をめちゃくちゃに逃げ回っている。いつのまにか俺の子分たちも散り散りになり、一人きりになっていた。

そんな俺の耳に、誰かの絶叫が聞こえてくる。

「や、やめてくれ……」

「オラはモーリス様の命令に従っただけなんだ!」

「痛い!痛い!」

闇の中から俺の子分たちの声が聞こえてくる。俺の心の中に、恐怖と共に村長であるおやじの忠告が浮かび上がってきた。

「モーリス、お前は取り巻きたちにライトをいじめさせているようだな」

「ああ、そうだぜ。奴隷の扱いとしては当然だろ」

俺は平然とそう答えるが、おやじの顔には不安が現れていた。

「あまり奴を追い詰めるな」

「なぜだ」

不満そうな顔をする俺の前に、おやじは村の記録書をもってきて広げる。

「ここを見てみろ」

親父が指示したのは、400年前の記録だった。

「なになに?勇者ライディン、モース村に滞在する。そのとき一人の村娘を妾にして、一子をもうける……だって」

「そう。それがライトの家系の始まりたとすれば、奴は本当に勇者の血を引いている可能性がある。何かのきっかけで、勇者の力が覚醒したら……」

心配するおやじを、俺は思い切り笑い飛ばした。

「心配するなって。万一そうなったとしても、この世界にもうモンスターはいねえんだ。モンスターがいなけりゃ、それを倒してレベルアップなんできないだろ」

「それはそうだが……」

「おやじは心配症だな。だったら明日奴をダンジョンにつれていって、最深部で殺してやるよ。それなら安心だろ」

そう言って奴をダンジョンに連れ出したが、予想外のモンスターの出現で大幅に計画が狂ってしまった。

「あの声……もしかして、ライトが何かのきっかけで勇者の力を覚醒させて、子分たちを殺しているのか?」

そう思うと、奴をこれでもかと虐めて追い詰めたことを後悔してしまう。

「なんとか、ここから脱出しないと……」

さんざん迷った末に、どうにか階段を見つけて上に上がると、前方にオレンジ色の光が見えてきた。

「ありがてえ。なかなか帰らない俺を心配して、おやじが救助隊を派遣してくれたのか」

オレンジ色の光を頼りに、通路を進んでいくと、ハゲ頭の男が立っている部屋にたどり着いた。

「おい。一人だけか?ほかのやつは……」

そう呼びかける俺の足元に、何かが転がってくる。それを見た俺は、おもわず悲鳴をあげてしまった。「

「ひ、ひいっ」

俺の足元に転がってきたものは、一緒にダンジョンに入った子分たちの生首だった。

「ようやく会えたなモーリス。これで復讐できる」

ハゲ頭の男がゆっくりと振り向く。それは凶悪な笑みを浮かべたライトだった。

「ラ、ライト、貴様……」

「しゃべるな。息が臭い」

ライトはそういうと、ゆっくりと手を振り上げる。その手からは、禍々しいオレンジ色の半透明の剣が浮かび上がった。

「これが真の勇者の剣。『レーザーソード』だ」

禍々しくも美しい勇者の剣の威厳に打たれて、俺はその場から動くことができなかった。

次の瞬間、眼にもとまらぬ速さでライトの手が振られ、俺の首元に激痛が走った。

(切られた!)

俺は反射的に首元に手を当てるが、首は無事なままだった。

「へっ。何が勇者の剣だ。とんだナマクラじゃねえか……えっ?」

首から下の感覚がなくなっていく。俺の体から力がどんどん抜けていく。バランスを保てなくなった俺の体は、前のめりに倒れた。

冷たいダンジョンの床が、俺の顔面を濡らしていく。口の中に臭い土が入りそうになり、必死にもがいたが、動かせたのは顔面の筋肉だけだった。

「この『レーザーソード』は、実体を簡単に焼き切ることもできるが、対象物の体内電気回路『神経』だけを絶つこともできるんだ」

床に伏せて立ち上がることもできない俺の頭上から、ライトの冷たい声が響く。

「もうお前は一生体を動かすことができない。ここでダンジョンの蟲たちの餌になれ」

その言葉を最後に、ライトの気配が去っていく。俺はダンジョンの暗闇の中、たった一人で残された。

「まて、待ってくれ。悪かった。助けてくれ」

どんなに泣きわめいても、ライトは戻ってこない。

やがて、ガサガサという音とともに、ダンジョンゴキブリの群れがやってきた。

「や、やめろ!やめてくれーーーーー」

動かない体で必死に喚き散らすも、ゴキブリたちは容赦なく少しずつ俺の体を食い荒らしていった。


モーリスたちを殺した俺がダンジョンから出ると、多くの村人たちが集まっていた。

「ライト!モーリスたちはどうなったんだ」

村長の問いかけに、俺は首を振る。

「わからない。途中ではぐれた」

「なんだと!お前ひとりだけ逃げ帰ってきたのか!」

モーリスの取り巻きの一人の親が怒り狂った顔で迫ってくる。

「それより、食べ物と水をくれ。腹をすかせているんだ」

俺はそう要求したが、村人たちはせせら笑って拒否した。

「ふざけるな。奴隷の分際で」

「ご主人様も守れなかった奴隷に、食わせる飯はねえ」

村人たちの言葉に、俺はさらに怒りを募らせる。

「お前たちも人間なら、死ぬ思いをして帰ってきた俺に飯の一杯も施そうとは思わないのか」

最後のチャンスを与えるつもりでそう告げたが、村人たちには相手にされなかった。

「だれが罪人奴隷なんかに」

「てめえなんかに飯を恵んでやるくらいなら、肥溜めに捨てたほうが肥料になるだけマシだぜ」

「飯がほしけりゃ、肥溜めから残飯を拾って食べるんだな」

取り巻きたちの親がそうはやしたてると、村民たちは老いも若きも俺を指さして笑った。

「そうか……わかった。もう遠慮はしない」

そうつぶやくと、俺は両手を高く掲げた。

「勇者の怒りを思い知れ」

俺は勇者の剣を振りかざし、村人たちに切りかかっていった。


ダンジョンの出口には、ブスブスと煙を上げている消し炭のような物体が散らばっている。俺が「レーザー」で切り殺した村人たちの死体である。

ここにあるのは10体ぐらいで、残りの村人たちは全員逃げ散っていた。

「なんだ。今までさんざん俺を虐待してきたくせに、情けない」

俺は薄く笑うと、魂を吸収する。村人たちの魂を吸って、「勇者の剣」はさらに長くなり、より輝いていった。

俺はゆっくりとした足取りで、村に向かう。村を囲う木壁の入り口はぴったりと閉ざされ、村を守る兵士たちが待ち構えていた。

「偽勇者ライト!とうとう本性を現したな。俺たちが成敗してやる」

兵士たちの隊長が俺に向かって矢を放つ。しかし、何人も人間を殺してレベルアップした俺は、やすやすと矢をかわした。

「くっ……くそっ。こうなったら籠城だ。すでに使者は送った。このまま耐えていれば、コルタール城から援軍が来る」

隊長のはかない希望を、俺はせせら笑う。

「残念だが、その前に村は滅ぶさ」

俺は入り口の扉に向けて、「レーザー」を放つ。分厚い木でできた扉は、あっさりと切断されて門が開いた。

「ばかな……剣で門を切り刻むなんて。うわぁぁ!化け物だ」

俺の力を見て、田舎でまともに戦いもしたことがなかった兵たちは逃げ出していく。

「逃げるな。戦え!くっ……私が戦うしかないか。村の平和を守るために」

隊長は砦から降りると、俺に向けて剣を構えた。

「モース村駐屯部隊長、フランチェスコ・ザビ……」

「邪魔だ」

俺は奴の名乗りを最後まで聞かず、勇者の剣を振り下ろす。隊長の体は、縦に真っ二つに切り裂かれた。

「雑魚に用はない」

俺は倒れた隊長に目もくれず、村に視線を向ける。隊長の死を見ていた村人たちは、慌てて家に逃げ込んだ。

「さあ、復讐を始めるとするか」

俺はにやりと笑うと、一番近くの家に入っていった。

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