30. Hello!! And the Love for YOU From the Unknown World!!

「なんだ!?」


 突然の、真っ暗な闇の中で発光し始める、そびえたつ巻きグソローグダンジョンの塔。


 その下層第1階から、まるでオンステージとでも言わんばかりの強烈な光が、地面と平行するようにほとばしり始めた。


「そうか……(小声)」


 何がだ。というか光が強すぎてなんも見えん。このクソ閃光から逃れるために俺は今、T. M. Revolutionみたいな恰好をしています。

 対面からハイビームを何十台からも一斉にぶちかまされたくらいの光量の中、多分モブ子なんだろうなって声が、となりからつぶやくようにぽつりとこぼれていた。


「年が明けるんだな……(小声)」


 俺とお前とハッピーニューイヤー。勘弁してください。


 平原の底、テロかなんかかってくらいに全方位に光を放った塔が、まるで舞台照明のように角度を上げながら光を収束させていく。


 直で食らっていた光が俺の顔を過ぎ立ち昇っていく中、いつの間にかまばらだった人影がかなりの量に増えていることに俺は気がついた。


 そうか。終わりなんだな。この年末大クソイベントの最後を見届けるために、年末だっていうのにこいつらも来てんのか。


 垂直に立ち昇った塔の光が、塔を中心にメリーゴーランドのように回転していく。

 ドリルのように螺旋を描く塔の側面を、強烈に収束した一筋の光が駆け上るように走り始めた。


 細く、突き出たような塔の先端に光が到達した瞬間。


 充填しきった光の栓が抜けたかのように、一つの大きな光の柱となって夜空へ突き抜け始めた。


「ローグダンジョンは、最上階は一体どうなったのだ……?(小声)」

「ヒロさん!」


 叫ぶような声が、俺の後ろから飛び込んできた。


「ハルさんと莉桜りおさんが……!!」


 焦った顔のインテリクソメガネショタが、青白いウインドウを開いたまま俺たちのところへ全力で走ってきて


「ステータス画面を見てください!」


 と思ったら目の前でこけたしょーたろーの手から青白いウインドウが全力で回転しながら俺の顔面にぶっ刺さった。どうして? どうしてこういうシーンでこういうことやる?


「ほう……?(小声)」


 モブ子が俺の顔面ごとわしづかみにしたまま、俺の顔面にぶっ刺さった青白いウインドウを食い入るように覗き込んできた。やめて? はた目から見たらキスが始まる距離なの。


「ほう……!(小声)」


 ふくろうか?



【 ハル: ローグダンジョン前広場 】



「ハルさんたちが帰ってきます!」


 塔の先端から、空へ向け発射され続ける大量の光。


 きったねぇクリスマスツリーみたいになったローグダンジョンの背後で打ちあがる、大輪の花火。いつの間にか増えている、この瞬間を待っていたかのように増え続けるプレイヤー。

 その集団が見上げる、この終わってしまったアトラクションの化身のような塔の陰から、一つの大きな黒い影がゆっくりと降下してくるのが見えた。



『やっほ~! みんな~!』



 クソみたいな、脳天に突き刺さる間の抜けた二人組の女の声。


 連続してはじける花火をバックにしながら、飛翔するプテラノドンがゆっくりと降下してきていた。


『新年あけましておめでとうございま~す!!』

『仕事とはいえお前らと新年を迎えることになってはなはだ心外です~!!』


 死ね。こっちもお望みでねえんだよ。


 聞いたことある、というかもう二度と忘れることはないでしょうっていうような栗色ショートと黒髪ロングの二人組。

 9階で嫌っていうほど目に焼き付かされたクソどもが、プテラノドンに吊るされたゴンドラの上で能天気に手を振りながらゆっくりと空を滑空してきた。


『それでは! お待ちかねのローグダンジョンの結果発表をするよ~!』

『ここで待ってる時点でほぼほぼ無関係のお前らに、新年一発目の挫折をお届けするね~!』


 こいつら好感度を上げるとかそういう概念はないのか。


 ダララララララララ。

 なんか恒例の小刻みに小太鼓叩くような音が鳴ってきた~。


『年末! ローグダンジョン攻略100万ドル山分け大イベント! 当選者は~!』


 カシャーン!(シンバルみたいな音だよ☆)


『賞金該当者なし!!!!!』

『お前らのふがいなさにがっかりです~!』


 殺すぞ。


 突然、花火の打ちあがる真っ暗な空が真っ赤に色づいた。


 空中に出現した、巨大な魔法陣。

 煌々と空に向かって光の柱を突き上げるローグダンジョンの手前、打ちあがる花火の中から突然沸いたように降ってくる溶岩のように溶けた真っ赤に発光する巨大な隕石。


 隕石ッ!


「死ねクソ運営!」

「殺す!」


 いつの間にかエリア全体に沸いていたプレイヤーから、地鳴りのような怒声が怨嗟のように充満してきた「ユリ―!!!! 結婚してくれー!!!!」っていうかどっから沸いてきたこいつら。


 ゴンドラの手前、ぶち当たる寸前の隕石がいつものごとく何事もなかったかのように砕けて散った。


『え~、賞金は~』


 通常進行かよ。


『残念ながら次回イベントに持ち越しとなりました~!』


 次回ってなんだよ。次回もあんのかよ。


 クソみたいな煽りと怒声が飛び交う中、降り注ぐ隕石群がローグダンジョンに直撃し砕け散っていく。どう考えてもこんな大質量の隕石、塔なんて一瞬で粉砕しそうなもんなのに相変わらず傷ひとつつかない。いつの間にやら溶岩流のごとく大地が真っ赤に燃え上がる中、どっから呼び出されたのかまたプテラノドンの群れが大量に飛んできた。

 なんかもう全体的に想定内っていうかなんていうか。


「お(小声)」


 となりで、降り注ぐ隕石ん破片を関節を無視した軟体動物のような動きで避けるモブ子が、塔を向いたまま小さな声を出した。


「なんか飛んでくるぞ(小声)」


 隕石でしょう?


 だが奇妙クソみたいな動きをとり続けるモブ子の視線の先。

 塔の先端から噴射する光の柱から、一筋の光の粒のようなものが俺たちの足元に向けこぼれるようにふんわりと落ちてきた。


 ずしゃぁ。


「いたたたた……☆」


 沸き起こる怒声と爆発音でまともに聞こえない中。

 しょーたろーが駆け寄った先、光の消えた後に残っていたのは。


「なんなのこれ……☆」

「ハルさん!」


 見知ったローブを羽織る、ピンク色の髪をしたいつもの魔法使い♀の姿だった。


 地面に座り込むハルにしょーたろーが駆け寄る中、再度大きな花火が上がった。


『なんと! 今回制限時間に間に合わなかったけどクリア者がいま~す!』


 ゴンドラに宙づりにされたままのクソ地下アイドルが声を上げた先。

 隕石の飛び交う塔の先端空中に、巨大な青白いウインドウが出現した。


『終了2分後にクリア! すご~い!』

『最っ高に運がないってやつだね!』


 青白いウインドウの中、映し出される見知った装備の戦士♀。

 その戦士♀が打ち込んだ、最大火力の一撃フィニッシュ・ストライク


 莉桜りおの渾身の一撃が、ハルのコピーを打ち砕く瞬間だった。


「どういうことなんですの!?」


 画面を見たバ美・肉美にくみが、へたり込むピンク色の悪魔にとんでもない勢いであゆみよったかと思うと。


「いや~……☆」


 肩を掴んでごりんごりんに揺さぶる金髪縦ロールの前、困ったような笑いを浮かべたハルが口を開いた。


「ぶっちゃけ私も死んでたから詳しいことはわからないんだよね~☆」

「このクソおチビ!!!」


「お」


 隕石群が降り注ぐ中。

 ローグダンジョンの塔の先端、立ち昇る強烈な光の柱から、再度一つの光の粒がこぼれるように俺たちの前へ飛んできた。


 ずしゃぁ。


「……え?」


 目の前の地面に落ちた後、光を失った中あらわれた一人の戦士♀。


 全員の視線が集まる中、地面に座り込んだ莉桜が視線を泳がせながら口を開いた。


「何……? どういう状況……?」


『え~、何? 今回の10階クリア者のハイライト?』


 ゴンドラの左に立つ栗色ショートが、マイクの握りながらどっから取り出したのか全く意味不明なカンペのようなものを読み始めた。


『見せる価値あると思う?』

『晒す価値はあると思うかな』


 どんな基準だよ。


 クソみたいなブーイングの吹き荒れる中、塔の前で映し出す青白いウインドウ。

 そのクソでかい画面の中にあらわれた、謎のシークバーのようなものが少しだけ巻き戻るようにスキップした後。


 ローグダンジョン前のくぼ地に集まる全プレイヤーの視線を受けた画面の中で、戦士♀と魔法使い♀のローグダンジョン最上階での会話が始まった。


『私は……。莉桜が地下アイドル活動にのめり込んでいくのが、本当は怖かった。ただ地下アイドルになりたいってだけじゃなくて、莉桜がのめり込んでいった理由はそうじゃないってのは気がついてたから……』


「ちょ……!!!☆」


 地面に座り込んでいたハルから、緊迫した声が漏れた。


『ごめんね。このゲームが終わって本物に会っても、私がこんなこと言ったのは秘密にしておいてね』


「ちょ待てや!!!!!!☆」


 恐ろしいほどに全プレイヤーが沈黙して画面を見守る中。


『だって……!! 私は……!!』


 画面の中の魔法使い♀が、強く叫んだ。


『誰よりも私が!!! 莉桜の夢を応援してるから!!!!』


「いやあああああああああ!!!!!!!!!☆」


 画面の中の魔法使い♀が強く声を上げる中、ローグダンジョンの前に降り立った魔法使い♀が全力で叫び声をあげていた。


「プライバシイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!☆」


『いや~まさかね~。こんなクリア方法があったなんて思いもしませんでしたわ~』

『いや~、これはもう私ももうドン引きですわ~』


 どよめきたつ大地の上、ゴンドラに乗った二人の地雷系アイドルがマイクを握り和やかに動画の解説を終えた後。

 そろったように謎のポーズを決めた。


『これはもう、友情ではないね。ラブだね!』

『くっさ!』


「てっめえええええええええええ!!!!!!☆」


 立ち上がったハルが勢いよくステッキを回転させたかと思うと、強烈なオーラのような光がハルの体全体を包み始めた。


「あ!」


 はじけるようなオーラをまとったハルが飛び出す瞬間。

 小さなウインドウを開いていた莉桜から、強く驚いた声が漏れた。

 

「ハル!!!」

「何!!?? 後でもいい!!??☆」


「ハル!!!!!!」


 画面を開いた莉桜が、今までに見せたことのない表情でハルに飛びかかるように抱きついていた。


「クラウドファンディングが成立してる!!」

「え?☆」

「クラウドファンディングが!!! 成立してる!!!!」

「えぇ……?☆」


 一切要領を得ていない。

 そんな表情のハルに、莉桜がウインドウを広げて押し付けるように何かを見せた。


 かと思うと、ゆっくりと。

 鬼のような形相になっていたハルの顔が。


 莉桜と全く同じ、泣いているような笑っているような、何とも言えないくしゃくしゃの笑顔に変わっていった。


「何!? いつのまにこんなのやってたの!?☆」

「やってたんだよ!」


 小柄な魔法使いの体を抱えた莉桜が、全力で振り回すように飛び跳ね始めた。


「こんなのだまってやってたなんて何考えてんの!?☆」

「だってさぁ! サプライズっていうか~!」


 泣きながら、回転し続ける二人の戦士♀と魔法使い♀。

 を見ているだけの、私たち。


 全く、わからん。

 クラウドファンディングってなんだ。いや制度は知ってるけど。

 だがこのメリーゴーランド状態の二人の世界に突っ込みを入れる勇気は、今の俺には全くございません。


「なんか、よくわかりませんけど……」


 俺のとなりに来たしょーたろーが、二人を見ながら小さくつぶやいた。


「僕たちローグダンジョンクリアしてたんですね……」

「ぜんっぜん実感ないな……」

「拙者なんて9階すら行ってないからもっとないぞ(小声)」


 バ美・肉美がカァーッ! ペッ! っと淡つばを地面に吐き捨てた。


 まるで、空へビームのように突き上げるローグダンジョンの光の柱がゆっくりとその筋を消していく中。


 大輪の花火が、勢いよく上がった。


『それはそれとして~しかしてお前らは~』

『夢と希望の年末ジャンボに~』


 マイクを握るゴンドラの二人が、同時に声を上げた。


『全員当選しませんでした!』

『ざまぁ!』


「ぶっ殺す!」


 方々からあがる怒声とともに、再度誰が召喚したかもわからないメテオがプテラノドンごとゴンドラへ降り注いでいく。どっから飛んできたのかもわからない新手のティラノサウルスに、これまた誰が召喚したのかもわからない巨大な石のゴーレムが迎え撃つかのように咆哮を上げた。


 年末大イベントだなぁ。ある意味この状況が一番盛り上がってんな。


「莉桜! 私たちもあいつらぶっ殺してこよう!☆」

「待って!」


 ハルを持ち上げ回転させていた莉桜が、両手をクロスさせて無理という意思表示を見せた。


「私LV1だから!」

「しょうがないなぁ……!☆」


 そういうと、ハルが初期装備の莉桜を担ぐかのように背中に乗せたかと思うと。

 再び魔法を唱えたハルが、全身にオーラをみなぎらせた。


「つかまっててよ!」

「またなの!?」


 莉桜の抗議を無視したまま、地面を叩き割りゴンドラへ向けて一瞬で跳び去っていった。


 なんだったんだ。

 なんなんだ一体。そんな飛翔魔法とか魔法あんのか? っていうか地面割れてるしもしや物理なのでは? 相変わらずローグダンジョンでもない限りむちゃくちゃなステータスしすぎではないだろうか。


「MMOの面白さとはなんなのか」


 あっけに取られたままの俺たちの後ろから、ふいに声がかけられた。


「そこのクソアサシンは、そんなことを言ってましたわね」

「バ美・肉美にくみ……(小声)」


 まき毛をかき上げた金髪縦ロールのクソヒーラーが、ゴンドラめがけて飛んでくハルを見ながら口を開いていた。


「PTを組んでいた戦士がいなくなって、私はやることがなくなってましたわ。結局どんなにステータスをあげたところで、一緒に遊ぶ人間がいなければMMOなんてただの劣化メタバースにすぎねえんですの」


 バ美・肉美が、いつもの高慢ちきなつらでモブ子の顔をじっと見た。


「MMOの面白さなんて、そんなものとっくにわかり切ってますわ(笑)」

「それはよかった(小声)」


 え? 何? こいつもポエム仲間なの?


「賞金は、残念でしたわね。でもまあ、もともとたいして期待もしてませんでしたから別に構いませんわ(笑)」


 何一人でぶつぶつ言ってるのこいつ。


 そんなバ美・肉美が、インベントリから小さな青白い羽を取り出したかと思うと。

 俺たちの目の前で、光を放つ青白い羽を強烈な握力で握りつぶした。


 瞬間、クソヒーラーの足元に小さな青白い環が広がった。


「私は、そろそろ寝ることにしますわ。おめぇらとはまた、そのうちPTでも組んでやってもいいかなって程度には思ってますわよ(笑)」


 私は全く思っていません。


「フレンド登録、送りますね」


 小さく笑ったしょーたろーが、青白い光を立ち昇らせるクソヒーラーに右手を差し出した。

 目の前のクソヒーラーが、俺たちを見ながら鼻で笑った。


「ご遠慮しておきますわ。私そういうのは得意ではありませんの(笑)」

「自分で誘っておいて何をいっとるのだこいつは……(小声)」


 クソヒーラーの足元が、強く光を放った。


「それではおめぇら……。アビエントですわッ!」


 バ美・肉美を包んだ青白い光が、真っ青な空の彼方へと飛び立っていった。


 本当、なんだったんだこいつは。


「ははっ」


 遠く青白い光が消え去った中、空を見ていたしょーたろーが小さく笑った。


「フレンド申請、しっかり速攻で承認されてるんですけど」

「MMOのステータスを極限まで上げると、人生のコミュニケーション能力が極限まで下がるのかな?(小声)」


 隠れて承認するところがガチ陰キャ感ある~。


「それじゃ、ちょっくら俺も」


 俺の周囲に飛んでくる、隕石の破片。

 近くで暴れまわる、奇声を発する謎のティラノサウルスとゴーレムたち。


『A Happy New Year~~~!』


 爆音をとどろかせる花火の下、プテラノドンに吊るされた突然コンサートのごとく歌い始めるクソ地下アイドルズ。


 俺は、ローグダンジョンの中に持ち込めなかった、いつもの愛用するダガーを握りしめて仲間を振り返った。


「あいつらぶっ殺しに行ってくるかな!」

「行きましょう!」







 俺たちはそのあと解散した。


 相変わらず俺は、ソロ主体の陰キャライフを満喫している。ローグダンジョンの実装に伴ったアサシンのPT需要なんてものは微粒子レベルでも存在していない。なぜならローグダンジョンにうまみなんてものはございませんし、アサシンの価値は常にミジンコレベルでしか存在しませんので。早く……!! 早くアサシンだけの強烈強化パッチかいっそ転職システムでも実装してください……!!


 モブ子はどうやら、アサシンゲームでキャラデリ食らったNINJAの新キャラの育成を手伝っているらしい。このゲーム、キャラデリは平気でするくせにアカウント凍結はあんまりやらないからこうやって害悪プレイヤーがエンドレス復帰してくるのよね。まあ俺は別に俺に迷惑させかからなければなんでもいいんだけど、とりあえずNINJAの新キャラはこの前見かけたので念のため通報しておきました。いいことした実感ある~。


 しょーたろーは最近ローグダンジョン前によく出没している。理由はあの言葉にすることがはばかられる形状うんこのローグダンジョン焼きを作っているからだ。なぜ? だが奴は小麦の生成からはじまる完全に自己完結生産体制を完備して、ローグダンジョンに入るプレイヤーに片っ端から売り込みをかけてるらしい。本当にどうしてアサシンになったんだろう。その行動力とコミュ力はもっと違うところで生かすべきだと思うなぁ。


 ハルは、あの後しばらく見ていない。あのローグダンジョン前で晒された動画が拡散されたせいで何となく出歩きづらいのだろう。別に人のうわさなんてすぐ消えるのにね。




 あの後俺は、金髪縦ロールクソ巻き毛ヒーラーからストーキングを受けている。

 隙を見せれば、なぜか突然PTに組み込まれ、いつの間にか見たこともないエリアのダンジョンに斥候係として無理やり組み込まれるので、俺は今やつから隠れるようにとあるシアターに来ていた。







「いや~ごめんね~☆」


 いつもの酒場のある、プレイヤーの集まる街の中。

 その街のはずれにある、こじんまりとした古びた洋館っぽい建物の前。


 真っ青な快晴~。VRMMOには花粉症も、曇り空も、何一つ実装されておりません。


 そこの入り口の前で、ピンク色の髪をした悪魔がいつも通りのへらへらとした笑いを浮かべながら待っていた。


「本日はようこそおいでくださいました☆」

「本日は一体どのようなご用件で……」

「莉桜がね~。ローグダンジョンでお世話になったみんなにっていうからさぁ~☆」


 お礼参りかな?

 そういって困ったように笑うハルが、重厚な木製の玄関ドアをゆっくりと押し開けた。


「中で皆様、すでにお集りいただいておりますので☆」







 薄暗い石造りの通路を抜けた先。


 重めの分厚いカーテンのような布を抜けると、中は近代的な小さな映画館のような作りになっていた。


「お」


 建ち並ぶ、100席程度のこじんまりとした観客席。

 その赤いベルベットの椅子の上に、見たことのある4人の戦士ズが俺に声をかけてきた。


「久しぶり。どう? 元気してる?」

「えっと……」


 もじゃひげをつけた、蛮族のようないでたち。ものすごい巨大なキャラデザのわりに、装備している鎧が強烈にきらびやか~。もっと武骨にバケツ兜でもかぶってるのがお似合いではないかっていうような風貌の——


 もじゃひげバーバリアンが、手でハートマークを作りながらウインクした。


「どうも~♡ 私、『神原かんばらあかり♡14歳』です♡」


 ♡の量が多い~。


 俺は適当に会釈した後、比較的離れた舞台を見下ろせる奥のほうに無言で座った。こういうやからには基本ノータッチで生きていたい。


 一息ついた瞬間、奥のほうから見知った顔の小さなアサシンが走り寄ってきて隣に座ってきた。


「よっ」

「ヒロさんも呼ばれたんですね」

「しょーたろーも?」

「モブ子さんも呼ばれてますよ」


 しょーたろーの視線の先、二つだけ奥の何もなかった空間から突如黒装束のポニーテールが座席に出現したかと思うと、俺たちを振り返り軽く手を振った。


 かと思うと、再びハイドで消えた。なぜ?


 しょーたろーが、耳打ちするかのように手で押さえて俺にこそっとささやいた。

 

「となりにNINJAもいるそうです」

「絶対呼ばれてないだろ……」


 大きなブザーが、会場全体に鳴り響いた。


 空間が、真っ暗になっていく。


 それでもわずかに見えるどんちょうのような舞台のカーテンが、ゆっくりと開いていくのが見えた。


 黄色味がかったスポットライトの下。

 見知ったピンク色の髪の魔法使い♀と、その隣にいる何となく見覚えのある相変わらず初期装備から変わりのない作ったばかりの戦士♀。


『え~、え~、マイクテス、オッケー☆』


 ステージに立つド素人かよっていうようなハルの声が、シアター全体に広がった。


『え~、本日は皆さまお集りいただきまことにありがとうございます☆』


 真っ暗になった観客席の中、スポットライトの中の二人が静かに説明を始めた。


『このたび、皆様のおかげで無事ローグダンジョンのクリアを果たすことができました。ありがとうございます☆』


 ハルのとなりにいた莉桜が、静かに頭を下げた。


『隣にいる莉桜がクラウドファンディングの成立を果たしました結果、なんと! 有名Pに新曲を作っていただけることとなりました!』


「ほう(小声)」


 いつのまにそんな話に。

 というか動画配信だけじゃなくそんなものクラウドファンディングまでやってたのか。


『皆様には感謝してもしきれないということで、直接謝辞を述べるべくお集りいただいた中、大変残念なお知らせがございます☆』


「残念なお知らせ?」


 どうしてこの流れでいきなり残念なお知らせを?


「なんか……」


 となりのしょーたろーが、小さく声を上げた。


「ものすごい嫌な予感がするんですけど……」


 突然、ミニシアター全体に青白い光が走った。


「ほう?(小声)」


 目の前から聞こえる、小さなモブ子の声。

 遠く、4人で固まっていた戦士ズからざわついた声が聞こえてくる。よく見たら、また別の場所にいた見知った真っ白なコック帽のおっさんたちが静かにサイリウムを折りながらひそひそと何かを話していた。っていうかサイリウムとかなんで持ってんの。


 足元、青白い光がその光を強め始めた。


 あ、これ見たことある。

 魔法陣だ。しかも転送系。ローグダンジョンで言うならポータルで毎回見たあのギュインギュイン回転して吸い込んでいくやつ。


 ってなぜ? シアターの中でこの転送系魔法陣?


 突然、ごく普通の小さな映画館のようだった風景が、まるで映写機に投影されたものが連続で変わるかのように姿を何度も変えていく。エジプトの砂漠のような、海中アクアリウムのような、宇宙のような。


 最後に、まるでルーレットが止まったかのように固定された先は、一つの熱帯雨林。ジャングルで止まった。


『みんなほんとごめんね~☆』


 かと思うと、座席も何もかもが消滅した。


「ちょ……!!」


 いきなり消えた座席の中、何一つ舗装という概念のないただの地面に落ちていく。


「なんだこれッ!!!!」


 一瞬で、空調のきいた室内環境から放り出された、恐ろしいほどの蒸し暑さのジャングル。遠く、かすみがかったように薄く見える火山からは、謎の爆発音とともに煙がもうもうと吹き上がった。


「なんなんだこれ!!!! 説明しろ!!!!」


 もはや舞台の椅子もない中、ステージがあったであろう場所にいたハルめがけて俺は突き進んでいた。


「いや~☆」


 もはや何一つ用をなさなくなったマイクを持ったままのハルが、困った顔で笑いながら俺に手を振って弁明をする。


「これにはちょっと事情がありまして……☆」


『諸君』


 突然、ジャングルの中に見知った声が響いた。


 真っ青な空。よく見たらプテラノドンが飛び交う空中、空の真上に、巨大な青白いウインドウが出現している。


 その枠の中、また案の定のごとく。

 眼帯をつけた何とも言えない銀髪ツインテールのAIが、俺たちに向け声を上げていた。


『諸君たちには【ドキドキ☆原始時代でサバイバルシミュレーション】を行ってもらう』


 俺の目の前、背の高いうっそうと生えるシダ植物の王様のような樹木が、突然何かになぎ倒された。

 いつか見たティラノサウルス。型のモンスター。


 強烈に口を開けたそれが、本能から呼び起こさる恐怖を喚起するような咆哮を俺たちに向け上げた。


「どういうことなんだよッ!!!!」


 ドキドキ☆じゃねえぞせめて土器時代にしろッ! なんだこの明らかにやばめのジュラ紀の生物たちは!


「いや~」


 いつの間にかマイクからステッキに変えていたハルが笑いながら口を開いた。


「新しいゲームシステムのテストプレイをしたら、UNKOUnknown Online公式が莉桜たちとコラボしてくれるっていうからさぁ~。いけにえに呼べるのっていったらお前らくらいかなって思って~☆」


「うける(小声)」

「まさか今度は我々がいけにえになるとは」


 突然沸いたNINJAとともに、クソみたいに両手を肩に上げたモブ子が笑い始めた。適応能力高すぎだろ。


『なおこのテストプレイは、耐久プレイのため個人の実体に負荷がかかる仕様となっている。当然だが安全性を確保するためのプレイなのでどのくらいの負荷がかかるのかはわからない。諸君らには頑張って耐えていただきたい』


「クソじゃねえか!!! 金払ってテスター雇えや!!!」


「ほんとごめんね~」


 ハルのとなりの見知った初期装備の戦士♀が笑いながら俺たちに声をかけてきた。


「メジャーデビューしたらチケット無料で送り付けるから許してよ」

「ぜんっぜん興味ないんでッ!!!」

「そんなこと言うなよ~☆」


 殺す勢いで噛みついてきた、ティラノサウルス。


 そのあごをただのアッパーカットで吹き飛ばしたハルが、俺たちに向け笑いながら声を上げた。


 死ぬ。死んでしまう。また仕様も何もわからないゲームが始まってしまった。


「僕あさってから単位認定試験なんですけど!!!」


 しょーたろーが発狂するように声を上げた。


「これちゃんと今日中に終わってくれるんですか!!!???」


「まいったなぁ」


 遠くにいた白いコック帽をかぶりわたあめのようなひげをつけたおっさんが、困ったような笑顔で銃を取り出していた。


「もし僕たちしばらく出勤しなかったら、心配した会社の人が自宅に見に来たりするのかなぁ」

「そうしたら、俺たちが同棲していることもばれてしまうぞ」


 コック帽のおっさんのとなり、極太眉毛のおっさんが同じく銃を取り出しながら口を開いた。


「それはまあ、これを機に僕たちもいろいろと、今後のことを考えてみるのもいいんじゃないかな」

「ははっ」


 二人のおっさんが見つめ合いながら笑い始めた。


「そうだな」


 何の話だ。

 なんか結構重要そうな人生のターニングポイントっぽい話をされてるが大丈夫なのか。


『それでは諸君、生き残りをかけた戦いの健闘を祈る』


「おい……!!」


 そういって、空に浮かんでいたAIの画面が閉じた。


 遠くで、火山が再度爆発した。

 空一面を飛ぶ、なんだかよくわからないサイズ感も理解できない怪鳥のような爬虫類。


 耐久プレイってなんなんだ。クリア条件すらわからんぞ。

 こんなところにいたら俺の精神は崩壊してしまう。いやすでにもしかしたら崩壊してしまっているのかもしれない。


「なんかね~、とりあえずボスがいるらしいから、そいつを倒せばクリアらしいよ☆」


「畜生……!!」


「でもサバイバルって、ちょっとだけわくわくしますね……!」


 絶対しない。なんでそんな前向きなの。バックパッカーみたいなスキルとっちゃったからなの?


 俺は、インベントリからいつものダガーを取り出し装備していた。


「やってやろうじゃねえか……!!!」










 俺たちの冒険じごくはまだまだ続くッ……!!

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