13. 拙者と廃人との共通点はUNKOガチプレイヤーだということだ(キリッ)

「おめぇら……ッ!!」


 俺たちは今、戦争をしている。

 それはつまり、食うか食われるか。


 6階のボス、ビッグフット。

 丸太のような棍棒を振り回す、全身を真っ白な毛で覆う雪山にでも出てくるような巨大な獣人。


 そうだ。獣「人」だ。


「こんな攻略方法考える人間は一度仏門にでも入るべきですわ……ッ!!」

「グダグダいってねえでさっさとヒールとキュアをかけ続けろッ!!!」


 バ美・肉美にくみがドン引きしながらひたすらにスキルを連打している。


 連打しているスキルは回復ヒール解毒キュア

 通常ならこんな連打MPが尽きて速攻で何もできなくなるが、自分のスキル再生の羽リジェネレイトフェザーで永久機関となったヒーラーはぶっ壊れたスロットマシーンのようにスキルを連打していた。


 俺たちは、バ美・肉美が呼び込んだアイスゴーレムの群れを打ち破った後。

 その奥に続くクリスタルキャッスルよろしく輝く宮殿の玉座にいたビッグフットを、あっさりと


 斬殺した。


 そう、すでに殺した。


「うおおおおおおおおおお……!!!(小声)」

「早く……!! 早く食べないと満腹値が……!!!」


 俺たちはいつものごとく。

 人倫って何でしたっけという蛮族の聖餐をしていた。


 人っぽいものを食うと、ペナルティなのか毒を食らう。さすがのUNKOUnknown Online食人行為カニバリズムはお認めにならなかったようで、これはオークに続いてビッグフットもそうだった。食ったそばから頭上に「毒」というステータスがピコーン! と出てくる。ものすごい勢いでHPがゴリゴリに削られていく。


 だが「ヒーラーがいるなら毒は治癒できるんでは?」というしょーたろーのひらめきサイコパスにより、俺たちはでろ~ん☆ と横たわるビッグフットの肉を焼く暇もなく生のままのどに流し込んでいた。


「なんで食料が別にあるのにあえてそれを食うのか理解が追い付きませんわ……!!」

「この先何があるかわかんねえのに貴重な食料使ってたまるか!!!」


 抗議する俺の横、しょーたろーが無言で死肉の中に顔面を突っ込んでいる。とうとうダガーで肉を切り分けるという作業すら捨てて直接食い始めたようだ。



 俺たちの…… 俺たちの戦いはまだまだ続く……



「何なんですのッ! 鳥肌が止まりませんわッ!!」



 かゆ…… うま……










「で」


 顔面にべっとりとついたビッグフットの血をぬぐいながら、俺は声を上げた。


「ボスは倒したわけだが」

「ろくなドロップ品がないですね」


 歯に挟まった肉片をダガーの先端で取り除きながら、しょーたろーが口を開いた。


 ぺっ!


「しかしまぁ(小声)」


 隣に立つモブ子が、困っちゃったっていうような感じで大きくため息をついた。


「あんなんでドン引きするとは、まだまだ拙者たちの理解が足りないようだな(小声)」

「一生理解できなくてもいいですわ」


 汚いものでも見るような表情のバ美・肉美が、インベントリからパンを取り出して優雅なおティータイムをしている。お前も人肉食えや。


 そんな下品一直線なバ美・肉美のお上品な満腹値補給をよそに、俺はボスエリアにそそり立つ墓標をいくつかチェックしていた。


「なんか使えそうなものあります?」

「いやぁ……」


 となりに来たしょーたろーが、墓標の前に開かれたウインドウをのぞき始めた。



■ 革の鎧

■ ふんどし



「クソですね」

「あらかたまともなもんは取られてんだろうなぁ」


 俺は、アイテムウインドウを閉じて、メッセージウインドウに切り替えた。



 —— ユリーッ!!!! 結婚してくれーッ!!!! ――



「こいつローグダンジョン入る前にもいただろ……」

「別人だったらどうします?」

「え?」

「別人だったら、どうします?」


 え? 何が?

 ユリが複数人いるの? それともユリが二股かけているの?


 しょーたろーがすっ……と身を引いた。え? マジで何? ホラー?

 俺はなぜその質問をしてきたのかも含めて真剣に思考回路に恐怖を感じたが、深く考えることはやめてウインドウを閉じた。


「まあ、あまり深く考えても仕方がないと思うぞ(小声)」


 きらめく宮殿のような大広間の中、氷のように反射する床に涅槃ねはん像のように寝そべるモブ子がぼそっと口を開いた。ユリについて?


「ハル殿の墓標がないかを確認していたのだろう?(小声)」


 俺は一瞬、ぎょっとして目を見開いたままモブ子を見てしまった。

 意外とこいつはよく見てんだな。害悪プレイヤーのくせに。


「ヒロよ。あまり深く考えるな。そもそもハル殿はお前が想像するような理由で出ていったとも限らんのだし(小声)」


 ブッダのように寝そべったままのモブ子が、アラビアンな格好のくせに釈迦のように説法してきた。

 なんだろう。もしかしたらこいつなりの励ましなのかもしれない。


「そうもいってらんないんですわ」


 バ美・肉美だった。

 おティータイムを終えたクソヒーラーが、ナプキンでお上品に口を拭きながら近寄ってきた。


「クソハルさんと一緒にいたあの戦士。あの戦士が生きてるか死んでるかでこの先の状況が相当変わりますわ」

「お前は……(小声)」


 寝そべったままのモブ子が、ため息をつきながら声を上げた。


「さっきからずっと何なのだ? ずっと含むような内容ばかりで全く分からん。莉桜りお殿が生きてるかどうかでどう違うのだ。拙者でもよいといっていたのも関係があるのか(小声)」


 モブ子が、思ったよりもきつめにバ美・肉美をにらんでいた。


「拙者たちは6階のボスも問題なく倒した。おそらくお前を連れて上層階を駆け抜けていく。そろそろお前が知っている情報を話せ(小声)」


 しばらくの沈黙の後。

 バ美・肉美の視線が、でろ~ん☆ と横たわるビッグフットの死体に向いたかと思うと。


 ぽつりとこぼすように口を開いた。


「10階の最後のボスは、私たちそのものですわ」

「そのもの?(小声)」

「おめぇら、ウォーターガーデンでフル装備の私と戦ったでしょう? もう一度、あの状況でどっちかが死ぬまで戦うとなったらどうなると思います?」


 誰も、口を開かなかった。


 そんなもん言わなくてもわかる。

 確実に、俺たちが死ぬ。


「10階のボスは、このローグダンジョンに入る前。リセットを受けていない完全状態での、私たちの複製体コピーとの闘いですわ」


 全員の、背筋が凍った。

 その意味するもの。


「私は、一瞬で殺されましたわ。私に」


 ローグダンジョンでLVがリセットされる。

 そんな仕組みの中で、最後のボスがもともとのステータスと装備品で固めた自分自身との戦闘。


 勝てるわけがない。まともにプレイをしてきた人間であればあるほど。


 なんだこの仕様はッ! 初見でクリアさせる気一切なさすぎるッ!

 そらローグダンジョンの入り口で抗議の隕石を召喚する集団までできるわ。


 誰一人声を出せなくなった中、しょーたろーがかすれた声で沈黙を破った。


「それで……。ハルさんに絶対にクリアできないって言ったんですね」

「あのクソハルさんをぶち殺せる人間、そんなのいやしませんもの(笑)」


「なるほどな(小声)」


 横になっていたモブ子が、起き上がってバ美・肉美をにらんだ。


「それで、拙者でもいいといったのか(小声)」

「まさか、LV23だとは思いもしませんでしたわ(笑)」


 バ美・肉美が、軽く笑い巻き毛をかき上げた。


「何がどうしてそうなってるのかわかりませんけども、あなたの場合、コピーが出てきたところでLV23。もうとっくにそのLVは超えてしまってるでしょう?」


「じゃあ、お前はどうなんだ……?」


 俺は、つい、口をはさんでしまった。

 恐ろしい事実にふと。気が付いてしまって。


「クリアできないってわかってるのに、なんでお前はまたこのダンジョンに戻ってきたんだ……?」


 バ美・肉美が、軽く鼻で笑った。

 かと思うと、フレッシュ☆すりおろしわさびでも丸呑みしたかのような表情で、絞り出すように声をひりだした。


「私は、そもそも10階に行く気がありませんの」

「は?」

「この仕様、どうあがいても私にはクリアができませんわ。ですから、私のローグダンジョンは9階までで終わりなんですの。私は9階で死ぬ。その続きはありませんわ」

「じゃあ、あなたはローグダンジョンはクリアするつもりがないっていうんですか……?」


 一瞬だった。

 一瞬で、しょーたろーの言葉を聞いたバ美・肉美の表情が、強く俺たち全員をにらむものに変わっていた。


「ただ諦めてるだけなら、おめぇら捕まえてまでここに来るような真似はしてませんわ」


 怒声を放つクソ廃人。

 だが、その怒声は俺たちに向いたものではなかった。


 バ美・肉美が、その手に持つ金属製の極太☆メイスを強く握りしめていた。


「私は絶対に! こんなUNKOを真剣に遊んできた人間のほうが不利になる、そんなクソダンジョンを作った運営の顔面に! 何としてでも「クリア」の文字を叩きつけてやりますの……。そのためだったら生きたポーションタンクでもなんでもして差し上げますわ」


「事情は分かった(小声)」


 起き上がったモブ子が、謎の背伸びをしたかと思うと、寝そべったせいでずれてしまった黒い一枚布をふぁっさ~と巻きなおした。


「お前が話したこと、全部が全部本当のことだとは拙者は思わん。でもまあ、莉桜殿や拙者が必要だという理由は、確かに腑に落ちた(小声)」


 立ち上がったモブ子の視線が、バ美・肉美を貫くように見ていた。


「お前の怒りは、廃人としてのプライドから来たのだろう?(小声)」

「プライド……?」


 バ美・肉美が、突然のモブ子の言葉に唖然としたように口を開いたまま沈黙した。


 だが、一瞬で。

 決意を込めたような表情でモブ子をにらみ返していた。


「そうですわ……。私は、私のこのゲームで積み上げてきた廃人としてのプレイを否定されたかのように感じてしまったんですわ」

「ならば、今までの話は嘘ではなかろうよ(小声)」


「なら、急いだほうがよさそうですね」


 しょーたろーが、ウインドウをにらむように見ながら口を開いた。


「ここに来るまでに、僕たちはハルさんたちを見ていない。墓標があったわけでもなかった。そうですよね?」

「ああ……」


 しょーたろーの確かめるような質問に、俺は小さくうなずいた。


「フレンドリストではまだローグダンジョンにいることになってます。どういう理由なのかわかりませんが、ここまでに見なかったってことは僕たちよりも先にいるはずです。なら、下手に死んでしまう前に急ぎましょう」


「あと、ヒロ(小声)」


 7階へと続くポータル。

 その方向へと足を向けていたモブ子が、思い出したように俺を振り返ってきた。


「ハル殿が死んでしまってないかは、お前が都度確認するのだ(小声)」

「は?」


 なぜ? 自分でやればよくない?


「お前がやればよくないか……?」


 何言ってんですか? っていうような俺の質問に、突然モブ子がモジモジしはじめた。


「拙者はほら、キャラデリ食らって作り直したから、ハル殿フレンドリスト入ってない……(小声)」


 俺は無表情で。

 クソ忍者モブ子のブロックを解除して、一応のためにフレンド申請を送っておいた。

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