10. - Modulation - Der Hölle Rache kocht in meinem Herzen.

 ローグダンジョンの下層を駆け抜けた俺たち。

 そのLVが、およそ30前後。


 にもかかわらず、ハルのLVがいまだ10☆


 であるという衝撃の事実を聞いた俺は、地獄の黙示録のような表情で席にもたれかかっていた。よだれが洪水のように俺の口から垂れ流しになっているが気にしてはいけない。今俺は無我の境地に達するために何も考えないようにしているので。


 ダァン! と酒場のドアがけやぶられた。


 なんだ?

 滝のようによだれを流しながら、俺は目だけで入り口のほうを見た。


 全員の視線が集中する中、サングラスをつけ葉巻のような草を口にくわえたしょーたろーが、成金かよっていうようなクソ笑いを浮かべたまま大量の荷物をかかえてズカズカと俺たちのテーブルにやってきた。


「戻りました」


 しょーたろーの持つ山のような品々が、相変わらず死人のようによだれが垂れたままの俺の前に一気にどばっと投げ込まれた。


「このあたりが鑑定品ですね。で、こっちが今回交換してきたものです」


 どっさり☆

 なんか武器やら防具やら食料やら、はてには何に使うのか全く想像もつかないビンやら調合器具やらを丁寧に並べている。


「結構な量になるもんだな(小声)」

「使い道がないって思ってたモンスターの素材が、思ったよりもいろんなものに交換してもらえました」


 アイテムを手に取るモブ子に、しょーたろーがマックにいる塾帰りのクソガキみたいに得意げに口を開いている。


「これは……!(小声)」


 シーツくらいはありそうな黒い布を手にしたモブ子が、感動したように声を上げた。


「それは、対魔法防御の補整がついてる——」


 しょーたろーの解説を聞き終わることもなく、モブ子が黒い布を一瞬のうちに全身に巻き付けた。

 かと思うと、黒い布をその身にまとったままダガーを構えて一回転した。


 ちゃら~ん☆


「おお……(小声)」


 頭から。布。

 口にも。布。


 全身を覆う、黒い布。


「アサシンらしい……(小声)」

「ヒジャブじゃないですか……」


 聖戦ジハードでも始める気か。何が起こっても俺は一切の責任はとれんぞ。


 完全にアラビアンな黒づくめになったモブ子が、ことのほか満足げに椅子に座りなおした。


「拙者的にはもうクリアした感じ(小声)」


 さいですか。それはようござんした。


「なあしょーたろー」

「はい?」

「ヒーラーの知り合いとかいない?」


 アイテムの中から調合器具を取り出していたしょーたろーが、突然何を言ってるのだといわんばかりの表情で俺を見て笑った。


「この休憩エリアにいるのに限定して?」

「そうそう」 

「油田を掘り当てるより難しそうですね」


 そうだよなぁ。わかりきっております。


「それよりも——」


 アイテムを握っていたしょーたろーが、あたりを見回しながら口を開いた。


「ハルさんたちはどこいったんですか?」

 







 予想をしていなかった。


 酒場を飛び出した俺たちは、温室のようなだだっぴろい休憩エリアの中で、ただただ山のように行きかうプレイヤーを見回していた。


 ハルと莉桜りおがいない。


 いつからいなくなっていたのかわからない。だがすでに俺たちのPTの中からハルと莉桜の名前がすでに消えていた。


 失敗した。


「これだけの人数の中で探すなんて無理ですよ……!!」


 しょーたろーから小さく、焦ったような。それでいてなおあたりを見回しながら、あきらめのにじんだ声が小さく出ていた。


「でもなんで突然……」


 しょーたろーの疑問の声に、俺は何も言えないままただひたすらにあたりを見回していた。


 失敗した。全く見つからない。


 当たり前だ。こんな中から探すなんて、新宿駅で待ち合わせもせずに見つけ出すようなもんだ。


「多分、俺のせいだ」


 半分、懺悔ざんげのような声になっていた。


 多分じゃない。間違いなく俺のせいだ。

 今まで一度も、自分の呪いについて説明してこなかったハルが。そんなハルがぽつりと話した身の上話に、どうしようもないような態度をとってしまった俺のあの態度が。

 初心者を連れ、呪いまでかぶっていたことで引け目を感じていたハルにとどめを刺したのだ。


「ヒロ(小声)」


 全身黒ずくめになったモブ子が声を上げた。


「ここで探すよりも、6階行きのポータルで待ったほうがまだいいかもしれない(小声)」


 俺は無言でうなずき、ポータルへ向かって走った。








 温室のようなバカでかいフロアの奥、6階へ通じるポータルの周りには人だかりができていた。


「先に行った可能性はどうなんですか?」


 しょーたろーの声に、俺はフレンドリストのウインドウを広げ名前を確認した。


 ハルの名前の横、今いる所在地の場所に【ローグダンジョン】とだけ記入されている。少なくともログインしてこのダンジョンにいることだけはわかるが、それ以外のことは何一つわかりようがない。


 だが、突然だった。


「クソハルさんをお探しですの?(笑)」


 聞きなれた、クソみたいな声が俺の耳に入った。


 ポータルの近く、草むらに置かれたただの石の上に座ったバ美・肉美にくみが、面白いものでも見るかのようなツラで笑いながら座っていた。


「お前……!!」

「けんかでもなさったのかしら?(笑)」


 俺は、無意識にバ美・肉美の胸ぐらをつかんでいた。


「お前! ハルが今どこにいるのか知ってんのか!」

「もちろん知ってますわ(笑)」


 小ばかにしたようなバ美・肉美が、見下したような笑いとともに俺の腕を握り返してきた。


「でも——」


 一瞬で、手首をひねられた。

 かと思うと、巻き込むかのように俺の腕をねじりとったバ美・肉美の上半身が、体重を乗せるかのように俺の腕にのしかかってきた。


「――ッ!」

「人に質問するのにこういう態度はよろしくないんでは?(笑)」


 腕ごとへし折ろうとする圧。何らかの武術をやってきた人間でもなければ取りようのない巻き取り方に、俺は逃れようがなくなっていた。


 だが、バ美・肉美の込める力が止まった。


 モブ子だった。

 いつの間にバ美・肉美の背後に回っていたモブ子が、バ美・肉美の首に静かにダガーの切っ先を押し当てていた。


「悪いが、これでもうちのリーダーなのでな(小声)」

「へぇ……(笑)」


 バ美・肉美から、楽しくてたまらないというような小さな声が飛び出していた。


「この行為に何の意味がありますの?(笑)」

「意味はない。だが——(小声)」


 モブ子の切っ先が、小さく。

 だが確実に、バ美・肉美の首にめり込み始めた。


「また1階からやり直しになれば、PTもいないお前はクリアが間に合わなくなる。少なくともお前にとっては大きな意味があるのでは?(小声)」


 軽く笑ったままのバ美・肉美が、一瞬の沈黙の後、ねじ切らんばかりに掴んでいた俺の腕からゆっくりと手をはなした。


 俺の解放を確認したモブ子が、慎重にバ美・肉美の首から切っ先を元に戻し口を開いた。


「なぜ、お前が一人ここにいる?(小声)」

「PTを探しているだけですわ(笑)」

「お前クラスの廃人ヒーラーなら、誰とでも組めるだろう(小声)」

「組めればいいってもんじゃねえんですのよ」


 かすかに笑うバ美・肉美が、ゆっくりと。

 背後に立つ、自分に刃を突き立てていたモブ子を挑発するように覗き込んだ。


「別に、あなたでも構いませんわ」

「その基準は何なんだ……?(小声)」

「私をPTに入れるのなら教えますわ(笑)」


「おい——」


 俺は、思わず割り込むように声を出していた。


「ハルはどこにいった!」


 あきれたように笑うバ美・肉美が、俺を見て無造作にポータルのほうを指さした。


「私のPT申請を断って、あの初心者戦士と二人だけで行ってしまいましたわ。追いかけるなら早めでないとクソハルさんくたばりますわよ(笑)」


 だが、突然。

 バ美・肉美が、言葉の途中で何かが吹っ切れたかのように落ち着いた調子で口を開いた。


「でもクソハルさんの話なんて今するようなことですの? 問題はこのローグダンジョンをどうクリアするかでしょう?」

「関係あるから聞いてんだよ!」


 俺は、無意識に怒鳴っていた。


 息を、繰り返した。慎重に、何度も繰り返した後、選ぶように口を開いた。


「ハルにかかった呪い、あれはお前が絡んでる。そうだな?」

「クソハルさんから聞きましたの?」


 バ美・肉美が小ばかにしたように笑い始めた。


「だったら何だっていうんですの?」

「ハルが、PTを抜けて出ていった」

「で?」

「でも、そんなん別にどうだっていい。抜けたいなら勝手に抜ければいい。初心者を連れて上層階いって、速攻で殺されようがどうだっていいんだよ。でも原因を作ったのは多分俺だ!!」


 他のプレイヤーが、俺の怒号で振り向くのが見えた。


 いつのまにか俺は、無表情になったバ美・肉美とにらみ合いになっていた。

 

「あいつは最初、一回もプレイしたこともないようなド素人連れてこのダンジョンをクリアしたいとか言ってきやがった。バカげてる。ありえるかそんなもん。しかも俺たちがリスポーンされたタイミングで見計らったみたいに。絶対、俺たちが出てくるのを画面見ながらずっと待ってたはずだ。そんなもん、よっぽどの理由がなきゃそんな真似やるわけがないだろ!」


「ヒロさん……」


 怒号のような俺の言葉の後、俺の隣にいたしょーたろーが何気なく俺の腕を握ってきた。


「そのくせ、途中で邪魔になるなら切ってもいいってすら言ってきやがった! そんなのが自分からPTを抜けて出ていくなんてよっぽどなんだよ!!」


 バ美・肉美が、無表情のまま俺を見ていた。


「それが、私とどう関係するわけ?」

「あいつは、このダンジョンをクリアしないとダメなんだ」

「そんなもん、全員そうでしょ」

「俺は、お前が気に入らない」


 俺は、深く。

 深くため息をつくように深呼吸をした。


 無表情のままのバ美・肉美が、ただだまって俺を見据えていた。


「今わかった。俺は、お前が心底嫌いだ。あいつもお前のことが大嫌いなんだろう。でも、今はそんなクソみたいなこといってる場合じゃない。このダンジョンをクリアするにはお前みたいな廃人ヒーラーが絶対に必要なんだよ!」


 俺は、目の前に開かれたウインドウに全力でこぶしを叩きこんだ。


 バ美・肉美の頭上に、場違いにクソでかい「!」のマークが表示された。


「今だけ共闘してやる……。そのかわり、お前の持ってる情報全部渡せ!!」

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