4. この後に控えてくるクライマックスへ続く惰性のようなお話だよ~☆

「まさかこういうルートだったとは思いませんでしたね」


 驚いたようなしょーたろーの笑い声がとなりで聞こえた。


 聞こえただけで、俺にはどういう表情をしているのかはわからない。


「さっきのアサシン、地味におしかったんだね~☆」


 強烈な滝の水が流れ落ちる大轟音の中で、しょーたろーとハルが和やかに会話を続けている。


 滝からこぼれた水しぶきが容赦なく俺の絹のようなつるすべ柔肌を襲ってきている。すごい冷たい~。何もわからない状態でいきなり冷水がぶっかかってくるので本気で嫌なのだが、残念ながら俺にはどういう状況なのかは一切わからないので耐えるしかない。このなんとなく「落ちている」ような感覚が終わるまでは、俺はただひたすらにじっと座ったままで地蔵のように固まるしかできないので。


 なぜならッ! 俺は高所恐怖症で目が開けられないからだッ!


 ここは巨大な蓮の上。

 本当に巨大な蓮の葉の上。

 人間が10人以上乗っても余裕で耐えられるほどのクソでかい蓮の葉の上で、俺はただただ寒さと恐怖に震えながら、噴射するように弧を描いて落ちていく大瀑布だいばくふの奥の空を、ゆっくりと落ちるように降りていた。


「そろそろ目を開けても大丈夫だと思うねぇ」


 滝の大轟音が少しだけやわらいだ中、妙に落ち着いたゆっくりした調子のおっさんの声が俺の耳に入った。


 全く信用できないまま、俺は少しだけうすめを開いた。


 新緑がまぶしい蓮の葉の下は、清流が死ぬほどの勢いで渦を巻いていた。確かに高さはビルの5階建て程度には縮まってはいたが、それ以上にヤバいのが視界に入っていた。

 落ちていく先、滝つぼの中は大量に落ちてきた滝の水流で洗濯機の真ん中をクソでかくしたような状況になっていた。死にたい。


「ほかにもルートあるかもしれないけど、このルートは一応正規ルートなんじゃないかなぁ」


 ゆっくりと滝つぼへ向けて落ちる中、謎のコック帽をかぶりもわもわした白髪と口髭をつけたおっさんが、しょーたろーとハルの間に座っていた。


「確かに、このルートなら蓮が生えてた理由も説明つきますもんね」


 なるほど~とかいいながらしょーたろーがクソでかい蓮の葉の上で確かめるように飛び跳ねている。やめろ。冗談抜きでやめろ。VRのキャラは吐かなくても中の人が盛大にマーライオンになる。


 何があったかというと、こうだ。


 エリアに入ってすぐの池、アホみたいにすくすく育っていた背の高い巨大な蓮の葉は、別に担当したデザイナーが何か変な薬をキメてデザインしただけのファンタジックあたまのおかしな造形物というわけではなかった。

 背の高い、バカみたいにでかい巨人が丸太で地面ごとえぐるようにフルスイングしていたのも、別にデザイナーが浮気した夫をドライバーで撲殺する練習をするために実装したわけでもなかった。


 蓮の葉は、乗り物だったのだ。

 遠く、巨人が根元から刈り取とったバカでかい蓮の葉が、浮遊するようにゆっくりと俺たちのいる滝の近くまで届いてきた。


 上に乗った、謎のコック帽をつけた白髭のおっさんとともに。


「もうここまできたら安心だねぇ」


 渦にのまれたらどうやってログアウトするべきかをひたすらシミュレーションしていた俺をよそに、思ったよりも蓮の葉は何事もなかったように着水した。さすがに滝つぼから流れる地獄のような流れにはもまれるのか、バカでかい蓮の葉も上下左右に揺れながら下流にむけて流れを進めていた。


「……でもよくこんなの見つけましたね」


 激流☆川下りアトラクションに必死に耐えながら俺は口を開いた。


 白い口髭のおっさんが、何事もないように笑って答えた。


「高いところがあったら上りたくなっちゃわない?」


 なんで? バカなのかな?


「上って様子でもみようと思ったらさぁ。目の前にいたジャイアントに根元から刈り取られてさぁ。そしたらもう、飛んでくこれにしがみついてたら、滝つぼにいつの間にかたどり着いちゃったんだよハハッ」


 ハハッじゃなくて。


 ところで皆さんゲロルシュタイナーっていうの知ってますか? そうですミネラルウォーターです。どうしてその話題がいきなり出てきたか? まあ、湾曲な表現がないかなって思ったら商品名が思いついただけです。ゲロルシュタイナー。おいしいお水なので飲んでくださいね。僕はそろそろ限界が近いです。


 そんな俺が人としての尊厳をかけた戦いをくり広げている中、しょーたろーが質問を投げていた。


「それじゃ、エリアボスとも戦ったことがあるんですか?」

「あったけど、無理だったねぇ。私じゃしばらくは勝てないと思うねぇ」


 おっさんがしみじみと答えている。


「ならどうして、一人でこんなエリアボスのところに行こうとしてたんですか?」

「友人がねぇ。『エリアボスのいる場所に行くにはどうすればいいか』って聞いてきてねぇ。生えてる植物に乗れば行けるよっていったら、なんか手順間違ったらしくてさぁ。滝つぼから救援要請が届いちゃってまいっちゃったよハハッ」


 間違いなくさっきのスナイパーのことだと思う。


「お」


 おっさんが小さく声を上げた。


「島が見えるよ~☆」


 ハルが蓮の葉の先端に手をかけ水しぶきの中をのぞいていた。


 激流の先に、小高い丘のようになった何もない草原だけの小さな島があった。


「あそこがエリアボスが沸くところだねぇ」

「もしかしたら、ほかに誰もいないんじゃないですか!?」


 興奮したようにしょーたろーが声を上げた。


 瞬間――


 島の中央から、キャンプファイヤーのような地獄の業火が火柱のように巻きながら爆発音とともに吹き上がった。

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