2. 最近もうアサシンっていう定義がよくわからなくなっちゃった……

 真っ青な空。白い雲。一面に広がる静かな湖面。ファンシーに生えてくる謎の蓮の葉。


 しょーたろーに見せられたプロモーションビデオは、新エリアであるウォーターガーデンの販促にとってもよく役立っていました。


「ディ●ニーシーかよ……」


 つまりまあ新エリアは地獄のように過密になってたってわけよ。


 一面しずかであったはずの湖面の手前、ほとんど誰もいないススキのような草が生えたフィールドで、俺たちは地獄のイモ洗いを見ながら立ち止まっていた。


「夏の海水浴場かよ」

「またやべーのがいますね」


 双眼鏡を構えたしょーたろーの言葉の先、地獄のような過密空間の中で、50mはあるんじゃないかっていうようなバカでかい素っ裸の巨人が、クソでかい丸太を持ったまま歩き回っていた。


「なんだあれ」

「エリアボスかなんかなんですかね」


 巨人の足元で、わらわらと集まっている山のような数のプレイヤーが、巨人に向かって何か攻撃をしている。サイズ感的にネズミと人間くらいの差があった。


「あ」


 しょーたろーの声の先で、巨人がゴルフの素振りのするようなモーションをとった。


 緩やかに打ち下ろされた丸太が、足元でわらわら集まっていたプレイヤーのかたまりをぶち抜いた。イモ洗い会場ごとこそげとるようにもぎ取ったあと、プレイヤーを人生ゲームの棒人間を散らすかのように一瞬で成仏させていった。


「とんでもないアトラクション実装しましたね」

「絶叫系は俺マジで無理だわ」


「いってみないか」


 突然、ススキの中から声がした。

 となりのしょーたろーから小さく悲鳴が出た。


 一面生えているススキの中、極太の眉と糸のような目をした顔面だけが、周りのススキを無視してただそれだけが浮かび上がっていた。


「いってみないか」

「いやちょっと……」


 繰り返さないで。

 何? 何が起こっているの? 俺は今、この怪奇現象がバグとして通報するべきかどうか迷ってる段階なので。


 ススキの中で、やたらとくっきりした眉の男が、無機質な表情のまま続けた。


「あいつを殺すとクエスト達成になる。新しく追加されたクエストを見てみろ」


 男(?)の言葉に、俺たちはおそるおそるクエスト画面を開いた。

 ウォーターガーデンの項目に、確かに「ジャイアントキリング」というクエストが追加されていた。


「っつうかあんた誰なんすか」


 強烈に太い眉と細い目の男が、俺の言葉により一層きりっとした表情で口を開いた。


「俺はさすらいのスナイパーだ」


 スナイパー。またよくわからん職が出てきたな。アップデートで実装でもされたのか?


「お前もアサシンなんだろう?」


 お前「も」。

 俺は考えることをやめた。


 だが男は俺のこの気持ちを無視して勝手に話を進めてくれました。


「俺が遠距離からあの巨人の頭を吹っ飛ばす。その間お前がおとりになってくれればそれでいい。AGIすばやさ型のアサシンならあいつの攻撃はどうせ当たらん」

「はぁ」


 何となく予想はしていたが、俺の通知欄が音を立てて光った。

 どうしてアサシンは毎回無言でPT申請してくるんですか? なんかこのパターン毎度のことながら本当に地雷しかいないので、こういうケースは地雷ですという実用新案をどこかに提出できないのだろうか。


 顔面だけがススキの中浮いている男の上に、青い「!」マークが飛び出した。


 俺は知った。知ってしまった。

 男の上に「ゴノレゴ」という名前が新たに表示されるようになったことは大した問題ではなかった。


 顔しか見えないと思っていた男は、全身にススキをはりつけていたのだった。顔だけが浮いていたのではなく、体中に張り付けていたススキが、周りのススキと同化して顔だけが見えるようになっていたのだ。装備品ではなく自力で。


 発想が気持ち悪いッ!


「そうとなればこれの出番だな!」


 男がどこから取り出したのか全く分からないクソ長い狙撃銃を構え、巨人を見据えながら叫んだ。


「頼んだぞ相棒!」


 その相棒は俺なのか銃なのかわからないが、別に知りたくもないので俺は無言のまましょーたろーとともに巨人に向かって足を進めた。






 三回目の巨人のホールインワンが炸裂したあたりで、俺たちは巨人の射程距離内に入っていた。


「でかすぎんだろ……」


 極浅な水面の上を歩いている俺から、唖然とした声が無意識的に漏れていた。


 太陽が隠れるくらい、とっても、おっきい。


「最初、罠設置しようかなって思ってたんですけど、意味ないっぽいですね」


 となりにいるしょーたろーから唖然とした声が上がった。


「でもこれあれだろ? とりあえず攻撃してドロップ権とっちまえば、後はあの草むらでミミクリーごっこしてる新手の変質者があの巨人の頭を吹っ飛ばしてくれんだろ?」

「本当にあのサイズを打ち抜けるんですか? モデルガンで打たれた程度にしか感じない気がするんですけど」

「そこはまあゲームだからなんとかしてくれんじゃねえかな」


「おらッ! 早くいけよッ!」


 なんか怖い声が聞こえてきた~。


 巨人をはさんで遠く反対側、何度もフルスイングを食らってだいぶ減った人波の中で、PTなのか女戦士を中心にした小規模な集団が何かを叫んでいた。


「あの巨人の丸太がお前に当たった瞬間、軌道がそれたのを見たんだよ!」

「早くタゲとって丸太を防げよ!」

「そんなこといわれても~☆」


 見覚えのある髪の色があった。


 ピンク色のショートヘアーに、フード付きのローブを着ている小柄な魔法使い。


 見間違うわけがなかった。

 俺の背筋に嫌な汗が流れた。


「ガチでやべえのがいんぞ……!」

「ハルさんですね……!!」


 巨人が四度目のフルスイングの準備を始めた。


「ほら! 早くタゲとれよ!」

「ええ~☆」


 女戦士に突き飛ばされたピンク色の魔法使い(♀)が、困ったような顔のままで巨人の足の小指に突っ込んでいった。


「え~い☆」


 ぶっしゅう~。


 魔法使いから軽く振り下ろされた短剣が、えぐい効果音とともに大量出血を上げながら巨人の小指に深く信じられないほどにめり込んでいった。


 一瞬だった。一瞬で野太い叫びをあげた巨人のフルスイングが、その方向を変えてピンク色の悪魔に向けて放たれた。


「わぁ~☆」


 が、予想通りだった。


 巨人が振り下ろした丸太は、ピンク色の悪魔に当たった瞬間、恐ろしく固く重いものに当たったかのように弾き飛ばされ――


 クズ成仏スイングとなった丸太が、女戦士を捕らえたまま空の彼方へと吹っ飛ばしていった。


 空の彼方で「DEAD」という文字だけがでかでかと真昼に光る星のように残った。


「ざっまぁ~☆」

「お前……! 反射角度狙ってやっただろ……!」


 謎のポーズで空の彼方を見つめるハルへ、残ったPTメンバーとおぼしきヒーラーから叫びのような声が上がった。


「次に肉片になるのはてめえだ~☆」


「相変わらずとんでもないステータスしてんだな……」

「お☆」


 逃げ出したPTメンバーをよそに、俺の声に反応したピンク色の悪魔が振り向いた。


「前にPT組んだクソアサシンじゃないか☆」

「お前がこの新エリアにいるとは思ってなかったぜ」

「ちょっと寄る用事があるのだ☆」

「ヒロさん!」


 巨人をはさんで反対側、さっきまで俺がいた場所からしょーたろーが叫んでいた。


「次が来ます!」


 足元から真上、見上げた先で、巨人がさらに次のフルスイングの準備に入っていた。


「とりあえず何はともあれ――」


 俺は巨人の足に軽くダガーを叩きこんだ。


 小さく切れ目が入ったのを確認し、その場から急いで離れた。


「ハル! PT申請飛ばすから承認しろ!」

「どういう魂胆なのかな~?☆」


 モーションに入っていた巨人の頭で、何かが爆ぜるように連続して炸裂した。


 遠目でもわかった。

 ススキから飛び出した全身ススキまみれの新手の変質者が、銃を構えて巨人を狙撃していた。


 ハルの頭に「!」が飛び出すのを俺は見逃さなかった。

 まだ青いマークが消えるよりも早く、俺はハルのフードを掴み投擲とうてきモーションに入っていた。


「うおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」

「また粉みじんにされたいらしいな~☆」

「こいよ! 俺は何度殺されてもよみがえる! お前をラスボスにぶち込むまでは!」

「中身ごとぶち殺してぇ~☆」


 俺の右手がうなりを上げた。

 全身のバネから放たれたハルの体が、フルスイングされた丸太ごと巨人の体を貫ぬき輝くような軌跡を描いて吹き飛ばしていった。よくわからんけど。

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