5. おいお前横殴りやめろ ~そんなこと言われたので拙者は仕方なく~

「あれがこのダンジョンのボス、ヒドラだ(小声)」


 モブ子の視線の先(モブ子は見えませんが)、暗いじめっとしたダンジョンの奥のほうで、クソでかい3つの頭をつけたドラゴンが闊歩かっぽしていた。


 しょーたろーがテンション上がったような声を出した。


「僕、エリアボス初めて見ましたよ!」

「哲也↑です↑」


 テンション上がってるしょーたろーと哲也をわきに、俺のテンションは洞窟と同じくらい湿り気に包まれていた。


 いや勝てないでしょ。ただのでかいヘビのサーペントですら生きるか死ぬか二つに一つなのに、どうやってあんなのと戦えと。記念特攻して死ぬかな?


「お」


 よく見たら、気が付いた。

 ヒドラの近くの岩陰で、俺たちと似たようにエリアボスの様子をうかがうPTがじっと固まっていた。


「先客がいるな(小声)」

「あいつらどうすんのかな」


 そんな俺たちに気が付いたのか、岩陰にいた人影がこっちを向いた。

 向こうのPTの一人――長髪で剣を握ったおそらく戦士が、そろりそろりと俺たちのほうへ歩いてきた。


「よう!」


 陽気な掛け声が来て、何となく察した。


 得意じゃないタイプの気がする~。


「あんたがたもエリアボス狙ってる?」

「え?」

「いや、俺たちここ初めて来たんだけどさ。どうやればいいかわかんないから、ほかに人数いるんだったら大規模PTにできないかな~って思って」


 戦士が、くいっとあごで岩陰の別PTを紹介した。いやな紹介の仕方する~苦手だこういうの~。


「はぁ」

「俺たちはVIT型戦士、STR型戦士、魔法使い、ヒーラー、バックパッカーの5人PTなんだよ。そっち4人だろ?だったらちょうどいいんじゃないかって思ってさ」

「俺は別にいいっすけど」


 後ろを向いた。

 しょーたろーと「哲也です↑」も問題なさそうだった。


「ただ――」

「ただ?」

「俺ら全員アサシンっすよ」


 沈黙が流れた。


「拙者もいるから5人だぞ(小声)」


 戦士が全力でのけぞった。

 ハイドしていたモブ子が、戦士の真横に張り付いたままハイドした状態で戦士に耳打ちしていた。


「……なんかのイベントやってる?」

「イベント?」

「なんかアサシンだけの特攻大会みたいな」

「やってないです」


「――ちょっとほかのPTメンバーにも確認してくるね!」


 乾いた笑いを浮かべながら、戦士がゆっくりと後ずさりして岩陰に戻った。


 まま、帰ってくることはなかった。






「意外とやるぅ~☆」


 ハルが面白そうに声を出した。


 結局、さっきのPTはあの後ヒドラに突っ込んでいった。

 最初のほうは死人が出ていたが、復活薬を使いながら戦っていくうちにパターンを理解しだしたのかしぶとく粘っていた。


「おいヒロ(小声)」


 SOUND ONLYから声がした。


「このままいくと、エリアボス倒されるかもしれないぞ(小声)」


 俺はしらけ切った表情でヒドラを見ていた。


「まあ、いいんじゃねえの? どうせ俺らじゃ倒せないし」

「何を言ってるんだ!(小声)」


 モブ子が感情をむき出しにして声を出した。

 っていうかエクスクラメーション(!)使った小声ってなんだよ。お前ずっと小声って自分で言ってて声量でかいんだよ。忍べよ。


「せっかくここまで来たんだからエリアボスのレアドロップ狙わないなんてないぞ!(小声)」

「レアドロップ?」

「指輪ですね!」


 横からしょーたろーが会話に割り込んできた。


「近接ステを上げる『力の指輪』か、魔法ステを上げる『魔法の指輪』のどっちかを落とすんですよ!」

「へぇ~」

「取引もできないから、ここで手に入れないと手に入らないんです!」

「よく知ってんな~」

「根性なしめ!(小声)」


 乗り気のない俺の返事に、モブ子が予想外に声を荒げた。


「せっかくエリアボスまで来たっていうのに、お前はいかないのか!(小声)」

「おいおい」

「拙者はあんな連中にアサシン(笑)とかされたままで終わる気はないぞ!(小声)」

 

 そういった後、SOUND ONLYが流れるようにエリアボスのほうに突っ込んでいった。

 ハイドしたまま。


「……あいつどうする気なんだ?」

「ヒドラでも横殴りしてくるんじゃないんですかね」


 しょーたろーが返した。

 ちなみに横殴りというのはすでに占有権をとったモンスターを勝手に殴るという和をもって尊しとなす日本文化になじまない嫌がらせ行為です。


「さすがにそんなひどいことはしないんじゃねえかなぁ」


 俺たちの視線の先で、モブ子がヒドラの方向からくるっと90度変えてどこかへ突っ込んでいった。


「どこいった?」


 しばらく真っ暗な中をモブ子がぐるぐる回った後、再びヒドラと戦うPTのほうに戻ってきた。


「あれ? あいつハイドしてないぞ」

「あ……!!」


 しょーたろーが小さく声を出した。


「あいつッ……!!」


 ハイドを解いたくのいちのようなモブ子の後ろから、死ぬほど大量のモンスターがモブ子をめがけて追いかけてきていた。

 

「拙者はアサシンとして生きる!!!!!(小声)」


 絶叫のように(小声)叫んだあと、モブ子はヒドラと戦っていたPTの寸前でハイドした。


「あいつMPKモンスターPKしやがったッ……!!」


 ターゲットを失った大量のモンスターが、ヒドラと戦っていたPTにそのまま突撃していった。


「ああああああああああああああああああ!!!!!」

「殺す! アサシン絶対殺す! 晒す!!!」

「通報します! 絶対通報します!」


 突然ぶち込まれた大量のモンスターを相手にすることになったPTから、呪いのような絶叫が上がったかと思うと



 ヒドラが火を噴いた。



 一瞬でモンスターもろとも全部焼け死んだ。



「ふぅ(小声)」


 SOUND ONLYに戻ったモブ子がゆっくりと戻ってきた。


「やっるじゃ~ん☆」

「これでエリアボスは拙者たちのものになったな(小声)」


 俺としょーたろーはドン引きしていた「哲也です↑」

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