第11話 医者、薬師、狩人

 次の日、祐治たちはサーラの母親を看るために早速彼女の村へと向かった。着いたのは時刻は夕方を迎え始めた頃。森の外では綺麗な夕焼けが広がっていることだろう。昨日の疲れが残っているサーラを祐治が途中から背負う羽目になったせいか、想定よりも到着は遅れていた。

 そして3人はその中に入る前に誰を先頭にして村に入るかを話し合っていた。些細なことではあるがその違いで村人に与えるメッセージは異なるものになる。村の子供が魔女を連れて来るのか、魔女が子供を連れてくるのか。どちらにしても正確な印象を与えはしないだろうが、違いはある。


「だから、私が先頭を歩くと言っておるじゃろ。お主らは後ろから付いてくればいいのじゃ。それに、この格好ならいきなり撃たれることもあるまい」


 リルリーシャは座ったまま見せつけるようにスカートをつまみ上げた。いつも着ていた怪しいローブ姿ではない。修繕した跡は見えるものの美しい衣装だった。森から出てくる人間が着ているには不自然過ぎるくらいに。

 黒と白を基調としたその衣装はフリルやらレースで過剰なくらい飾られており、コルセット状の胴衣も目を引く。そんな目立つ服装をしながらも顔を隠すためか、頭を包み込むようなボンネットを被っており、その下では包帯を頭に巻いて赤目を隠している。美しさという点で言えば満点だが、隠れ潜む魔女としては疑問が出る外行きの服だった。

 とはいえ、この見た目だけで彼女を赤い目をした魔女だと認識することは出来ないだろう。加えて、仮にいきなり撃たれるようなことがあっても彼女なら対応することができる。その点から祐治としても反対ではないのだが、今日のリルリーシャはあまり調子がいいようには見えなかった。ここに来るまでも上の空であったり、根に躓いたり、完全無欠の魔女様には見えない。


「私が先頭を歩きますって。私が魔女様たちを連れてきたんですもん。当然ですよ」


 それを知ってなのか、特に何も考えていないのか、サーラも譲ろうとはしない。話し合いはリルリーシャとサーラの2人の意見のぶつかり合いとなっており、少し聞き方を変えれば2人の少女が列の先頭を取り合っているようだ。

 このままでも埒が明かなさそうなので祐治はとりあえず口を挟んでみた。


「……俺が先頭ってのはどうかな?」

「却下じゃ。お主が一番ないな。何の意味もないじゃろ」


 リルリーシャが祐治の思いつきを一蹴した。


「じゃあやっぱり私が……」

「サーラ? サーラか!?」


 不意に割り込んできた声によって作戦会議は終わった。3人が声の方向に目を向けると一人の男が立っていた。手には長銃。祐治の背筋が冷たくなる。


「お父さん……」


 そうサーラに呼ばれた男はリルリーシャに銃口を向けた。リルリーシャは少し考えるように頬に手を当て、震える声で話し始めた。視線も定まらなく、まるで必死に何を言うのかを考えているかのようだ。


「ひっ、久しぶりじゃな。えっと……お主の娘は無事じゃぞ。私たちの館でしっかりと眠らせたからな。食事も、と言ってもエイプルの実だが、食べさせておる。ここに来るまでに少し足を痛めてしまったが……」

「お父さん、やめて!!」


 男とリルリーシャの間サーラが飛び込んだ。


「サーラ、退くんだ。こいつは魔女だ。殺さなきゃならん!」


「その魔女にこやつは助けを求めに来たのじゃ。いつ獣に襲われるかもわからず、ずっと森を彷徨ってな。……すまんがどいてくれ。これでは私がお主を盾にしているようじゃ」


 リルリーシャはサーラを横に押しのけて前に出た。


「殺すならとっくに殺しておる。今だってできるぞ? だが、私はそやつの母を救うためにここに来たのじゃ。どうする? 撃つか? 命をかけて掴んだ娘の希望をここで砕いてみせるか?」


 リルリーシャの声の震えが徐々に収まっていき、逆に劇を演じているかのように言葉から感情が薄れていく。リルリーシャはセリフを読み上げながら男に近づく。男の銃が迷うように揺れた。


「私のことを信じろとは言わん。だが、自分の娘なら信じられるであろう?」


 遂にリルリーシャは男に手の届く距離まで近づき、男の銃に触れた。優しく諭すように銃口を下に向けさせる。


「……お父さん。魔女様はいい人だよ。私を助けてくれて、一人で眠るのが怖いって言ったら一緒にいてくれたの」


 祐治の額に冷や汗が流れる。初めて会った男のベッドで寝たなんて言われれば魔女でなくても撃ち殺されそうだ。

 サーラの父親は自分の娘とリルリーシャの顔を見比べ、銃を完全に下ろした。


「わかった。サーラの言うことを信じよう。……付いてこい」


 男はそう言って村の入り口を向き、少し考えるように固まってから再び祐治達の方向を向いた。


「そこのお前、魔女の下僕か? お前も目を隠してくれ。お前たちは薬草を採取しに来た旅人で通す。誰かに話しかけられても黙っていてくれ」

「隠すって……」


 役立ちそうなものは周囲にはない。どうしようかと悩んでいるとリルリーシャが満足気に包帯を眼の前で引き伸ばしてみせた。


「念のため持ってきておいたのじゃ。……ま、単にそやつが怪我でもしたときに使うつもりじゃったがな。ほれ、巻いてやろう」


 そう言ってリルリーシャは祐治の後ろに回ると頭へ斜めに掛けるように包帯を巻き始めるが、手元はがおぼつかない。

 それにしてもこんな風に包帯を巻きつけられると祐治の忌々しい前世の記憶が目覚めてしまいそうだった。邪眼などは持ち合わせていなかったため、こんな風に包帯で目を隠すことはなかったが、中学生の頃、少し怪我をしたついでに左腕に封印された古の魔の力を封じたことくらいはある。思い出すと胸が張り裂けそうだ。気をそらさなくてはならない。


「……リルリーシャ」

「何じゃ?」

「お疲れ様。頑張ったな」


 言ってから祐治は言葉の選択を誤ったと気付く。普通に労ってあげたかったのだがこれでは小さい子供に対して言うようだ。リルリーシャは小さくて時折子供っぽいところもあるが、その精神力は称賛すべきものである。自分を殺しに来ている相手を諭す、そんなこと自分にできるはずがない。それなのにこんなに軽い口を叩くなんて、自分にそんな権利があるように思えなかった。。


「……ふふっ、そうか。うん、もっと頑張らなくてはな」


 だが、リルリーシャは祐治の言葉に気を悪くするどころか嬉しそうに笑った。そんな反応を返されて、祐治は言葉を訂正することも出来なかった。


「おい、早くしてくれ。見つかったら不味いだろ」


 男のその言葉にリルリーシャは手を早め、巻き終えると一行は村の中に入っていく。幸運にも村の中で誰かに呼び止められることもなく、一行はサーラの家にたどり着いた。

 小さな木の小屋だった。中は寝室と居間の二部屋。食事と睡眠を取るための家と言っても過言ではない。水道などが無いのは当然にしても、仮にあったとしても炊事のスペースすら無い。


「ごっほっ、がはっ……あら……可愛らしい……魔女様、なのね。もっと、お婆さんなの、かと……ごほっ……」


 サーラの母親、アンナがリルリーシャを目にして第一声がそれだった。かすれ、苦しげな声は彼女がどんな状態なのかを雄弁に語っている。


「話さなくともよい。少々体に触れる。よいか?」

「はい……」


 リルリーシャは触診するかのようにアンナの体に振れた。まるで医者のように迷いなく、額、喉、腹部、脈を測り、胸元に耳を当てる。アンナが苦しそうに咳き込んだ。


「うう、すまぬ……だが、紅咳じゃな」


 リルリーシャが振り返り、紅咳とやらに関して説明を始める。症状としてはまず咳が止まらなくなり、物を食べるのが困難になる。やがて咳に血が混じる頃には体力は消耗と栄養失調で体が衰弱しており、徐々に死に至る。現在の状態としては今すぐではないが、放っておけば確実に死ぬ、といったところだそうだ。よくわからないが多分呼吸器系の病気なんだな、と祐治は納得した。


「お母さん、治るよね?」

「当然じゃ」

「どれくらいかかるんだ?」


 そう自信満々に言うリルリーシャに祐治は不安げに尋ねた。怪我と病気、どちらが魔法で治すのに楽なのかはわからないが、サーラを癒やしたときの様子を見るに簡単なものではないはずだ。


「それはわからん。だが、治癒魔法をかけ続ければいずれは治るじゃろう」


 どこか投げやりな推測に対し、最初に反応したのはサーラの父、カールだった。


「わからないだと!? お前ふざけているのか!?」

「本気じゃよ。本気で治るまで癒やし続けるつもりじゃ」


 そう言うリルリーシャの真剣な表情に気圧されたのか一瞬カールは口どもる。


「だっ、だが、そんなに家に置けないぞ。魔女を家に上げてあるなんて知られれば……」

「魔女に邪法で病を直してもらったと噂でもされれば問題か。ふふっ、魔女には人を助けることも許されんのか?」


 自嘲するように笑うリルリーシャはいつもの魔女として威厳を放っていたが、どこか悲しげだった。


「……お母さん、助けてくれないの?」


 泣きそうな顔でサーラはリルリーシャを見つめた。


「心配するな。他の方法もある。薬でも作るとするかのう。それならお主が心配しているような事態にもなりにくいじゃろう」

「リルリーシャ様、お薬つくれるんですか?」

「それくらい魔女の嗜みじゃ。問題は材料か……」


 サイヴィア、ベイザル、レイロル、祐治にはよくわらからない単語をリルリーシャが並べていく。


「……それらの薬草なら俺が余すくらい採ってきている。まだ残っているはずだ」


 カールがボソリと呟いた。


「ならば残りは魔獣の血か……」

「血だと? そんなものアンナに飲ませるのか!?」

「直接飲ませるわけではない。蒸留して一部を薬の材料にするのじゃが……安心しろ。ごく普通の方法じゃ」


 リルリーシャにそうはっきりと言われカールは言葉を返せなかったようだ。悔しそうに視線を落とす。リルリーシャの言葉に迷いがあるようには見えない。薬の知識があるというのも嘘ではないようだ。


「とりあえず、明日の夜明け前までは私ができるだけ治癒魔法をかけよう。その後に魔獣を狩って、そのまま館に戻り調合かのう」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃよ。狩りは……いや、狩りも魔女の嗜みじゃ。魔女は多趣味なのじゃよ。森の中でできることなんてそう多くはないからのう」


 そう言ってリルリーシャは小さく笑った。祐治が聞きたかったのはそんなことではなかった。サーラのときですらだいぶ消耗したというのに、夜明け前までなんて無謀としか思えない。だが、彼女が大丈夫と言うならそれ以上祐治に何ができようか。こんなに頑張ろうとしているのに止めることなんてできるはずがない。

 他の2人それは同じようでもリルリーシャを止めることはなかった。

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