悪役令嬢プレイヤーになったので、好みのストーリーに書き換えます

工藤 流優空

筋書き通りに婚約破棄されたら、求婚されました

「エルフリーダ・クローネリア。君との婚約破棄をここで宣言する!」

「はい喜んで!! むしろ、ありがとうございます!!!」


 私の言葉に、目の前の端正な顔立ちの金髪碧眼美青年の表情が醜くゆがむ。

 おお、せっかくのイケメンが台無しですよ、王子。

 そのイケメン王子の傍らに立つ、黒髪の美少女が悲劇のヒロインよろしく言う。


「エルフリーダ様、あなたの嫌がらせにはもううんざりです。クルト様も、あなた様とはもう、一緒にいたくないと申しております。あなたが拒否されても……」

「拒否しておりませんわ、ユリナ様。あなた方の要求を受け入れる、そう申し上げていますの」


 私、ちゃんと顔を見てお話できてるだろうか。ちょっと不安になる。

 でも相手の黒髪美少女が唇をかんでいるのが見える。

 これってつまり、顔は見て話せてるってことでいいよね。

 大丈夫、今の私は絶世の美女。自信を持っていい。

 呼吸を整え、目の前に立つ二人を見比べる。


「君はっ! 僕のことを愛していないのか!」

「……すみません、クルト様。おっしゃっている意味が分かりません」


 勢い込んで言う王子……――、クルト様に私は苦笑いを向ける。


わたくしがあなた様のことをお慕いしていようと、そうであるまいと、婚約破棄を言い渡されたのですから、関係はないかと存じます」

「エルフリーダ様、なんてことを! クルト様を侮辱なさるのですか!?」


 ヒステリック気味に叫ぶ、黒髪美少女。彼女の名前は、藤岡友理奈。

 現代日本から記憶、年齢その他もろもろ引き継いで転移してきた少女という設定。

 、私と同じ現代日本人だろうか、違うだろうか。

 そんな疑問が頭に浮かぶけれど、今はどうでもいい。


 私……――エルフリーダ・クローネリアに文句を並べ立てているこの少女になら。

 性格上悪役に向いていない私でも悪役令嬢、務まるかもしれませんわ。

 私、人をイライラさせるのに長けてましたから。

 どこか皮肉っぽく心の中で思いながら、笑う。


「侮辱なさったのは、どちらでございましょう?」


 感情表現なら任せてください、元演劇部です。分からないようにセリフを言いながらあくびをすれば、あら不思議。涙目令嬢の出来上がり。


「こんな公衆の面前で婚約破棄を突き付けるなんて。クローネリア家、末代までの恥さらしになってしまいました! あんまりですわっ」


 顔を抑えながら、出口へと走る。え? 顔を覆ってるのにどうやって走るのかって? そんなの、走る前に出口の方向は確認済み。

 それに、走っている最中に人とぶつかれば、さらに悲劇のヒロイン感が増す気がするもんね。いい感じ、いい感じ。演劇部の時の感覚が、戻ってきた。


「いくらクルト様といえど、クローネリア家のご令嬢に婚約破棄を告げるとは……」

「クローネリア家が、王族を支えてきたのは言うまでもない事実だろうに」


 周りの貴族たちのひそひそ声が私に活力を与えてくれる。

 そのまま出口扉から、廊下へ飛び出す。

 よし、あくび効果のおかげで本物の涙が出た。完璧。

 ごしごしと目をこすりつつ、歩く。

 通り過ぎていく貴族たちもまた、何事かと振り返りながらすれ違っていく。


 婚約破棄のイベントで誰も乱入してこないんだよね。

 最近の悪役令嬢モノの小説だと、ここで別のキャラクターが登場して求婚されたり、新しい目的を見つけて頑張る、みたいなお話が多いらしいけど。

 私、あまり恋愛ゲームをやってこなかったから、よく分からない。

 


 そう思っていると視界の端に、ハンカチが映り込んだ。

 差し出された方向を見る。


 見覚えのある顔。冷たい印象の、イケメン。間違いない。

 ここ最近、毎日顔を合わせている、だ。

 

「……」


 名前も知らない彼は無言で、ハンカチを差し出してくる。相変わらず、無表情で。


「ありがとう……ございます……」


 そう少し震えた声で告げれば、きっと泣いている理由を尋ねられるだろうと思った。けれど、彼の返答は私の予想の斜め上を行くものだった。

「本当はこんなもの、不要だろうが。……うまくやったな」

「へ?」


 私が見上げると、彼は無表情のままで言う。


「……傍から見れば婚約破棄された悲劇のヒロイン。しかし、それはお前のシナリオ通りだ」

「……なんですって?」


 さっきのユリナ嬢ならこんなとき、すぐに甲高い声が出せるんだろうけど。

 残念ながら、私は現代でもそんなかわいい女子ではなかったもんで。

 きょとんとした表情で彼を見上げる羽目になってしまった。


「……オレと結婚しろ」

「はい?」


 予想もしなかった言葉に思わず、すっとんきょうな声が出た。今、なんて?


「聞こえなかったのか。オレと結婚しろと言った」

「も……、モ……」

「モ?」


 目の前のイケメンが不思議そうに首をかしげる。


「モテ期、キター!!!!」


 私の口から飛び出た心の叫びは、付近の人々を別の意味でたちまち振り返らせる事態となった。

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