第3話 コード60はリミット値

「それは……」


 私は言葉に詰まる。

 いきなりボルヴィックのコードを訊かれたって分からないよ……。

 涙目でゴロちゃんを見ると、興味津々に瞳を輝かせている。

 それは決して意地悪ではなく、本気で私の回答を待ってる表情だ。


 ならば考えてみよう。私にも言えそうな答えのはず。

 ボルヴィックは確かフランス産と聞いたことがある。

 だったら――


「『FRA』? いや『+33』かも?」

「えっ?」


 一瞬ぽかんとしたゴロちゃんだったが、やがてケラケラと笑い出した。


「いやいや、国別コードとか国際電話の話じゃないから。あははははは……」


 何だか分からないけど、ゴロちゃんが笑ってくれて助かった。

 険悪な雰囲気ってやっぱ嫌じゃない?


「コードじゃなくて硬度。ほら、水って軟水とか硬水って言うじゃない。あの数値よ」


 へっ? コードじゃなくて硬度?

 だから話が嚙み合わなかったんだ……。


 軟水――というのは聞いたことがある。

 確か日本のミネラルウォーターは軟水で、外国のミネラルウォーターは違うって話だったっけ?


「水の硬さっていうのかな? カルシウムとマグネシウムの濃度で計算されるんだけど、このボルヴィックの硬度は60ミリグラムなの」


 なんかそんな数値なら聞いたことがあるよ。

 ダイエットでよく話題になるコントレックスは、その硬度がめちゃくちゃ高いんだっけ?


「この60という値が私のお腹のリミットなの。ゴロゴロしちゃう上限値ってやつ」


 ゴロちゃんって、本当にゴロちゃんだったんだ。


「じゃあ、狭山湖の水は60以下なの?」

「そうよ。それで所沢の水道水は70から90近くある。私には、学校や家の水道水は飲めないの」


 そうか、だからいつもボルヴィックを持ち歩いているんだ。


「日本のミネラルウォーターは飲めるんじゃない? 確か、どれも軟水って話を聞いたことがあるけど」

「そうね、日本の水は確かに飲みやすい。硬度も30から40くらい。でもそれって私にとっては罠なのよ……」


 ゴロちゃんは夕焼け空を見上げて、遠い目をした。


「日本のミネラルウォーターばかり飲んでいると、自分の体質のことをつい忘れてしまう。でも硬度60のボルヴィックは私に現実を教えてくれる。だって調子の悪い時はゴロゴロするから。そこで私は思い出すの。私は地元の水道水は飲めない。これはなんとかしなくちゃいけないって。だって所沢のこと、本当に好きだから……」


 ゴロちゃんの瞳にキラリと光るものには、背後の所沢の街並みが映っていた。

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