第1話 始まり

あの店のドアノブに手をかけ、外に出てから、もう5時間も経っている。

腕時計を眺めるとそこには12の数字に短針が針を示していた。

俺は今、先が見えない砂漠のような場所に一人、佇んでいる。

歩きにくい砂を、一歩一歩と歩みを進める。


(おかしい点は山ほどある。まず、あのドアから出た先が砂漠だった。

自分でも何を言っているのかわからないが、本当にそんな感じだったな)


夢の世界でもこんなリアリティな世界は生み出せないであろう。

確かに現実の空気を感じとる。


(次に、俺がここに来てから、太陽が一向に沈まない。

俺の左腕につけた腕時計だと今現在、12に針があるが、俺があの男の家を出た時は夕方の19時だったはずだ。つまり今は24時。日が沈まないはずはない)


俺はポケットにあるスマートフォンで時間を確認するも、答えは変わらなかった。

ジーンズの右ポケットにスマートフォンをいつものように入れると、ふうと一息する。


(そしてもうひとつある。

かれこれ、5時間ほど真っすぐ歩いてきたが、俺の身体はまったく疲れていない。

こう見えても、インドア人間の俺に、5時間の歩行はきついはずだが…)


まだまだ不可思議なことはたくさんあるが…

ひとまず、心の中で突っ込みすぎて精神的に疲れてきた。

おもむろに砂の上に思わず寝転がる。


(そういえば、暑さは…。あまり感じないな…

もし、これが夢じゃなかったらどうすればいいんだろう…)


ふと、自分が持ってきている持ち物に目が行く。

たまたま俺の目線の左側に転がっていたバッグを手に取り、手だけで中身をごそごそと漁る。

バッグの中身は、俺がいつも使っている漫画の道具と、

アイデアを記入するために使っているノート3冊しか入っていないのを確認すると、1つ1つ取り出しながら確認していき、バッグに物を元に戻して閉じる。


(あと持っているものがあるとすれば…あの本か…)


中身は白紙の本。

俺は分厚い本を目の前にかざす。

ふと、あのおじさんが言っていたことを思い出す。


(困ったことがあったら書けとか言ってたよなぁ…)


ぼんやり考えついた俺は、上体を起こし、砂に座り込むと、バッグから筆記用具を出す。


(今が困っている時だ。早くこんなゲームみたいな世界から脱出しよう)


俺は本に、“この世界から出してください。

もしくは、夢から覚めてください。”と記入する。


しかし、ペンで書いた黒い文字は、文章を完成させたのちに10秒ほどで、消え去って行く。

俺はその現象に目を丸くすると、その現象が気になり、もう一度、今度は違う文章を書き殴る。

“喉が渇いた。水がほしい”

ふと思ったことを書いてしまう。

極力、大胆に大きく書かれたその文字は、先ほどと同様に本へと消えて行った。

インクが下のページに移っているのかとも思い、ページを送るが、どのページもキレイに白紙のままであった。俺は諦め、本を閉じる。

すると、本を閉じた途端、さっきまで煌々と照っていた太陽があっという間に陰り、雨が降り始める。


「勘弁してくれ…。さっきまで太陽出てたじゃないか…」


当たり前のような愚痴を零しながら、バッグや本を濡らさないまいと身体で庇い、じっと雨を耐える。


「スコールってやつか?あんまり長いこと降らないでくれよ…」


そんな願いとは裏腹に、雨は延々と降り注ぐ。温い水が俺の背中に当たっていく。

ビショビショになった俺は、四つん這いの状態に痺れを切らし、濡れることがどうでもよくなってくる。


「もういいや」


そう呟き、四つん這いの状態を崩して座る。雨雲は相変わらず晴れない。

30分は経っただろうか。時計の針を見ると短針は1の部分に針が届きそうに傾いていた。雨は止む気配を見せず、ただ砂に降り注ぐ。手元にあったバッグや本を眺める。

バッグはビチョビチョに濡れ、黒い皮のバッグは、中身を濡らさないよう、水滴を弾いている。その横になったバッグの隣には先ほどの本が置かれている。

俺はその本を思わず手に取る。


「本…濡れてない」


濡れない素材でできているのだろうか…。

しかし本の表紙を手でなぞった限りでは皮製である。濡れないはずがない。

中に沁み込んでいるんだろうか?

ふと、本を開いてみる。

ただの紙のように見えたそれは、ただ真っ白な状態を維持したままだ。

本のページの感触はいつも触り慣れているコピー用紙の手触りとほとんど遜色ないものだった。


「なるほど。わからん」


本の触り心地を確かめつつ、ペンを取り出した俺は、白紙のページにぐるぐると乱雑に線を書く。先ほど同様と書き心地は変わらない。

ぐるぐると書かれていた線は、ペンをどけると先ほどと同様に消え、白紙のページになる。そんな中でも雨は、降りしきる。

俺は、いい加減鬱陶しくなった俺は、本に今の願望が筆に乗る。

”晴れろ”

そう白紙のページに記入すると、本を閉じる。

なんとも滑稽なことを書いてしまったんだろうと後悔する。

これがもし、何かのゲームなのであれば、ご都合主義展開くらい期待したっていいだろう。そんな願いも込めての記入であった。

その願いが叶ったのか

本に記入した通り、雨雲はあっという間に消え去り、

先ほど同様、太陽が真上に現れた。

俺は唖然とするが、ここまでくれば、察しの悪い俺でも大体検討がつく。


「なるほど。この本のせいか」


先ほど閉じた本を再び開くも、またも白紙であった。

もし、これがゲームの世界であったのなら、チュートリアルくらいあってもいいものだ。不親切が過ぎる。もし、あの男が制作しているゲームなのであれば、今すぐこのクソゲーを作り変えることを提案するくらいだ。

俺は再び本に書き記す。

”あの初老の男と話がしたい”

今度は本を閉じず、そのまま文字を書いたページをじっと眺める。

すると、書いた文字の下に、赤い文字が出現する。

その文字は日本語で

”私は、初老の男ではないアーノルドだ”

と記されていた。

本当に文字が現れたことにも驚きだが、思わずペンが走る。


”ここはどこだ?”


”その本の中だ”


本の中?何の冗談だ?

漫画や小説じゃあるまいし…

おじさんと俺の記した文字は書いた先から次々と消えて行く。


”日本に帰りたい”


”それはできない”


”なぜ?”


”お前がその本の主となったからだ”


理解できない。

暑くもないのに汗が額から溢れる。


”冗談?”


”お前が考えてることはわかる。

ゲームの中とでも考えているんだろう?”


大抵はそう思うだろう…

ただVRゲームでもここまでのリアリティを生み出せる作品は中々ないとは思うが…

俺は左手で近くにあった砂を一掴みすると、さらさらと地面に落としていく。

確かにそこには砂の感触があった。俺は続けて本に文字を書き記していく。


”やっぱりゲームの中なのか?”


”違う。もう記せる文字数も少ない完結に記す”


そう綴られた後、しばらくの間があり、

今度は青い文字で文字が出現する。


”お前のいる世界は、もうお前の世界。私がお前から対価を受け取り、お前が本の主となることを了承した結果だ。言うならば、お前はその世界の神である”


”どういうこと?”


”信じるも信じないもお前自身だが、

その本に記されたことはほとんど現実となる”


”じゃあ現実にならないこともあるのか?”


”今は質問をするな。私はもうその世界に干渉することもできない。

1つ役目があるとすれば、その本を完成させろ”


完成させろと言われても書き込んでも、ほとんど消えてしまう本を

完成させろなんて無理じゃないか?

ふと消えて行く文字達の羅列にそんなことを思う。


”私の店に置いてある本は半分辺りから、ほとんど白紙だ。

私は本の完成を待っているのだ”


“完成?意味がわからない。何を言っているのか理解できない”


頭が混乱してくる。一旦頭の中の整理が必要だ。

俺の中のファンタジー脳も、これが現実で起きていることであれば、焦るのも無理はなかった。


”とにかく、私はお前の物語の完成を首を長くして待っているということだ。

話はこれっきりすることはできない。お前を特別扱いすることもできない。

ただ一つ、言っておくことがあるとすると、本を完成させるには…”


途端に返事がなくなり、文字が消えてしまう。

しばらく本を凝視するも、白紙のままのページに、一旦本を閉じ、頭の中を整理することにする。


(おじさんが言っていたことがもし、仮に真実だとすれば…?)


ふと、自分のバッグに目を落とす。

表面が濡れているバッグを手のひらで水滴をすくうように撫でる。

手に当たった水の感触を指で何回か擦る。


「夢でもゲームでもないなら…」


もしかして、大変なことに巻き込まれてしまったのかもしれない。

そう思い、何もない砂漠の先を眺める。









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