黄色い土ぼこり

やまとには むらやまあれど りよろう あま香具かぐやま のぼりたち くにをすれば くにはらは けむりつたつ うなばらは かまめつたつ うまくにぞ 蜻嶋あきずしま やまとくに

 

 やまとがわのぼりするすいは、崗本天王おかもとノてんのうせいはじめに、やまのぼってくにをしたときんだとされるうたうたう。このうたは、ふねのいつものきゃくさかなりのおんなからおそわった。さかなりのおんなは、このうた中臣連なかとみノむらじしきいた。おんなは、なかとみりをしている。にわがったばかりのさかなを、まずしまべっそうり、それからしおけをはこんで、やまとがわのぼり、飛鳥あすかがわわかれて、弥気子みけこいえってる。

 弥気子みけこは、鎌子かまこあつかいにこまっていた。いいとしをしてぎょうぐことをおもわず、なにかとわけをしてはしまべっそうってしまい、いえることがすくない。またそれをあながちにめることもできずにいる。しょうらいたいするぼうちいささにちからうばわれてしまう。

(むしろててしまわばこころやすからぬや)

 と、すげなくおもってみることもある。それはけっしてくちにはさない。

 さかなりのおんななどがると、弥気子みけこときどきみずかあいをすることもある。しまにはってたか、なにいたかな、とう。鎌子かまこにはどうしたものか、きしたことをじょなんどにはなくせがある。じょはそれをりのしょうにんたちとのだいにする。それでしま鎌子かまこしょうそくが、弥気子みけこにまでれる。弥気子みけこはそのわりに、きゅうちゅうのことで、つたわってもつかえのないようなことを、みみちしてやるのであった。

 

 鎌子かまこが十九さいとしに、そうみんというひとからみちからこくした。

 そうみんは、ぞくみょう新漢人いまきノあやひとにちもんといい、かしきひめノてんのうせいだいじゅうろくねんに、がくもんそうとしてうみわたり、州々くにぐにめぐることじゅうねん、ようやくくにかえったのであった。

 崗本天王おかもとノてんのうせいだいねんじゅうがつよっそうみんなにぐちいた。そうみんとうこうてい使しゃであるこうひょうじんなるひとおくられてた。こうひょうじんむかえるために、てんのう大伴馬養連おおともノうまかいノむらじつかわして、かざせんがくだんそなえた。

 鎌子かまこは、そのにぎわいをはるかにのぞんだ。ふえつづみひびいて、いろ采々とりどりはたしおかぜなびく。そうみんこうひょうじんというひとが、どこにいるのか、とおくてわからない。ただこうひょうじんつかわしたこうていというそんざいが、あたかもそこをあるいているかのようながする。いつかこうていというものをてみたいものだとおもう。

 こうていがおわすちょうあんというくにつちは、いろくてさらさらしているとう。そのつち行人たびびと草鞋わらじいてきたかもしれないとそうぞうする。


めずらしき ひと吾家わぎえに すみの きしおうを むよしもがも


 こうひょうじんよくねんしょうがつまつにわからふなしてこくいた。それをとおまきにおくると、鎌子かまこやまとがわのぼふねる。やまと国内くぬちはいり、みなみして飛鳥あすかがわれ、高市たけちきしりると、ふとこころまって、まずいえにはかえらずみなみあるいて、飛鳥あすかでらことほうこうというところす。


いとまあらば ひりいにかむ すみの きしによると わすがい


 鎌子かまこは、みなといたうたつぶやきながらあるく。


 そうみんは、いそがしい。

 ながたびからかえれば、かつてのろうじんえ、わかものしわきざむし、らぬかおえている。ざいあいだなせるというこうをしたことをった。そしてひさしぶりにやまとひとびとうと、どうやらひょうじょうぐさくちぶりもわってしまったらしいぶんく。きょうなかじんだ。もとよりらいじんあいだまれたではある。ならばこのくにらぬものをつたえるきたきょうざいとして、いつかかいするまでのいのちささげよう。とうげみちからやまとくにはらかいけたとき、そうめたのであった。

 ここほうこうこうどうりて、ぶんによらずひろひとあつめてがくもんおしえるということは、てんのうゆるしをはじめられることとなった。ただそうみんとしてはちいさくげるつもりであったのが、おうたからノ王女みこのぞみで、せいだいにせよとのことで、うじさえさだかなものであればにゅうがくみとめると、てんのういてれいされ、だいしょうさまざまうじがくせいさねばならないこととなった。

 ほうこうもうけられたしょに、しょもつはこまれる。そうみんこんふねかえったものなどのうじからきょしゅつされたものや、あらたにもとめられたものもある。ぶっきょうきょうてんはもちろん、しょきょうろんからもんぜんせんもん。もっとていひくものも、しょがくものおぼえるのにやくてばいとおもってれてある。

 ひとり、しょもつせいをしながら、さきのことをおもう。

 このぞくほんひつようとするほどに、ざっひとびとがここにあつまるはずである。こうがくしんたかものはどうしてもすくなかろう。がくせいとなるものせとおおせをけたから、なにならいたいではないがかおす、むしろそんなのがおおくなることもやむをえない。さてやるりないせいをどうさばくかである。

 そとから、うたをささやくようなこえのかすかにただようのをく。


うまめて 今日けうつる すみの きしおうを よろず


 にわをやると、そこにそだったつきのあたりを、あるいてぎようとする、りょそうらしいひとかげがある。ていると、こちらにいた。

 そのわかものかさげて、

みんほうわれるのは」

 とうた。

しょもつみけるなり)

 とそうみんた。さよう、とこたえて、

「これにみたしとおもしょもありや」

 とかえす。わかものこたえてまず、

中臣連なかとみノむらじ鎌子かまこ

 とのる。そうみんは、そのをついせんじついたのをおぼえている。るはずであった。

 鎌子かまこは、ちちによってしまからもどされた。ちち使つかいをしてたのは、従弟いとこかねであった。いつもならかえれといううながしなどは、どうにかしてことわりたいところだけれども、こんばかりはしゅちがっていた。それですぐにさかなりが使つかふね便びんじょうした。弥気子みけことしては、鎌子かまこがくもんなどというらぬものに、まだたわむれるのをこころよおもうではないが、そうみんいてまなばせよとは、しゅくんめいじるところであるので、もなく使つかいをったのであった。

がくもんきわめたるなるや)

 そうみんる。このくにおおい、うじしばられてきることにばかりれて、あらたなることをすすんでしないようなひとびととはちがっている。ぶんまれるまえから、唐土もろこしゆうがくしていたというじんぶつなかていたかい、そこをげんじつあるいてかえった姿すがた

とするにるべし)

 そうさだめた。

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