410字な物語

戸画美角

しゃべるピアノ

 その男は毎日のように路上でピアノ演奏のパフォーマンスをしていた。


 彼の演奏はそれは素晴らしく、ピアノでの演奏の限界を超えているようにさえ感じさせるその音色は人々を魅了し、多くの投げ銭による収入を得ていた。


 しかし、ある日のこといつものように彼が演奏していると急に演奏が止まってしまい、それと同時に咳き込んだような音が聞こえてきた。


 彼の演奏を見ていた観客たちが何事かとピアノに駆け寄る。彼は日頃からピアノに近寄ることを禁止していたが、一度起きてしまった流れは止められない。


 そして、彼も観念した様子になって何事か声を掛けると、なんとピアノの中から男が出てくるではないか。


「はい、あっしは口でピアノの演奏を真似してまして……こうやって裏方として収入を得ているのです」とその男。


 唖然とした表情でその男を眺めていた観客だったが、そのうちの一人がようやく口を開けた。


「あんた、その特技で一人で食っていこうとは思わなかったのかい?」

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