第5話 カルマの正体

 作戦決行まで間もなくとなり、夜更けは濃くなっていく。


 『転生者殺しヴィジターキラー』の執行部隊は武装して密かに身を隠している。燃一前もえいちまえ焼輔しょうすけがターゲットとするのは、今日戦った相手に間違いない。

 範知はんち平拳ひらけんの身柄はすでに執行部隊で確保し、今回作戦で使用する宿のオーナーごと避難済みである。


 そのため、燃一前もえいちまえが狙う『範知はんち平拳ひらけんが泊まっているとされる宿』には誰一人おらず、奴の到着を見計らってフィールドが展開されるのだ。



 宿近辺で待つエミリア含む一部執行部隊隊員は“転生者”の訪れを待っていた。



 そのころ、トーヤとカルマは“転生者”が止まっている宿近辺の茂みから様子を眺めていた。


「……おかしい」


「どうしたの?」


 トーヤは双眼鏡で宿の方を見ている。

 目視のためではなく、この双眼鏡による魔力検知で、データベース上にある個人や物質などの濃度を確認しているのだ。


「燃一前の魔力は視えるが、事件現場にあったほどじゃない。それに今のアイツは宿に入ったきり出てこない……」


「疲れて寝てるのかも」


 くだらないと一蹴する気も起きず、ガラス板を取り出して耳に当てる。


「トーヤだ。そっちの様子は」


『は、隊長。エミリア班は未だ“転生者”を確認できません』


「そうか。こちらも動きはない。だがこれから作戦を実行する。所定の配置に着いてくれ」


『はっ!』


 ガラス板を耳から離す直前、誰かが肩をポンと叩いた。


「お待たせ、トーヤ」


「ネロか。ようやく解析出来たんだな」


「解析? どういうこと?」


 カルマは首を傾げて尋ねる。


「徳地カルマくん、さっきはいろいろ教えてくれてありがとう。転移方法とか不思議な力『ヌース』とか、ステータスとか。正直、完璧に法則を解いたわけじゃないんだけど、だいたい見えてきたよ」


 どういたしまして、と言いたそうに、カルマは無言で会釈する。

 ネロは人差し指を立てる。


「一つ目、転移方法。一番難解だったけどキミは『通信端末』を介して移動することが出来るようだ。ここからは推理だけど、『通信』が届く範囲だけではなく、全ての異世界と繋がる『通信端末の道』からここに通って来れるんじゃないかい?」


「うーん……どうだろう」


 言葉を濁すように応える。ネロは人差し指と中指を立てて、構わずカルマに尋ね続ける。


「二つ目、心の力『ヌース』。不思議な本によって得た守護霊のような力は一人一つしか使うことが出来ない。けれど『ヌース』に込められた属性を発揮することで、様々な技に応用できる」


 次にネロは二本の指に加えて、薬指を立てた。

「そして三つ目、ステータス。キミのもそうだけど、何らかの方法でステータス表示を改変出来る。トーヤには通じなかったみたいだけど、キミはあのステータスを改変する必要があった」


「なるほどな。それが事実なら、お前は犯人蔵匿及び証拠隠滅の罪ってことになるな」

 目の色を変えてトーヤはカルマを睨みつける。


「協力関係であるなら教えてほしい。キミの本当の目的はなんだい?」


 トーヤとネロに詰め寄られカルマは下を向いて口をきゅっと閉める。


「僕の目的……それは」


 カルマが顔を上げた。そこには普段のおとぼけたような彼はいなかった。他の“転生者”のような愉悦や享楽とは違う、覚悟や矜持を彷彿とさせる目が隠れた前髪から覗いていた。



「絶望から人を救うことだ」


 カルマは青白く発光し始める。

 トーヤたちが思わず目を細めた瞬間、カルマの体はガラス板の中へと入っていく。


「クソ、逃げやがった! ネロ! アイツの移動先はわかるか?!」


「そのために解析したんだから!」


 トーヤのより一回り大きいガラス板を取り出して画面を指で叩く。画面上に映し出されたのは赤い丸と青い丸であった。


「燃一前は赤い丸、徳地カルマは青い丸にして、二人の魔力データから移動先が解るようにした。トーヤの方でも確認できるよ」


「ちょっと待て。ここにあるのはなんだ?」


 赤い丸と青い丸が点滅しながら交互に表示されている。そして現在位置を指し示す矢印マークのすぐそばにあった。


「まさか────」


 ネロは絶句する。


 トーヤは駆けだして扉を開けながら宿の奥へと入っていく。燃一前が泊っている部屋へと急ぎ、扉を思い切り蹴り破った。



 ベッドで横たわっているのは『燃一前が着ていた鎧をつけた土くれ』だった。


「土……アイツがやったのか」


  “転生者”はどいつもこいつも信用できないとわかっていた自分が、あのような能天気のガキにいっぱい食わされたのだ。


 やはり会った時に仕留めておくべきだったと後悔と苛立ちがこみ上げてくる。



 突如、ガラス板から音声が聞こえ始めた。


『隊長、大変です!』


「エミリア班どうした?!」


『それが……端末から例の青年が出現し、直後に大量の土人形が宿の周りを闊歩し始めました!!』


「あの野郎……そっちに逃げていきやがったのか。どっちの方角に行ったか分かるか?」


『国外の森林地帯へ逃走したと思われます! こちらの掃討が完了次第追います!』


「ああ、わかった」


 通信を終えると、すぐさまトーヤも走って宿を出た。宿の入り口で待っていたネロが声をかける。


「トーヤ、もしかして燃一前は…………」


「ゴミ人形をつかまされた」


「一番警戒していたつもりだったけど、不覚をとったよ。ま、それは彼もそうだと思うけどね」


 ガラス板を指の関節でコンコンと叩く。


「明らかに別の方向へ移動する赤い点と青い点がある。きっと燃一前とカルマは合流するんだと思うよ」


「そのようだな。ネロはエミリアの方に応援を呼んでくれ。“転生者ども”は俺がやる」



「待って、トーヤ」


 走り出しかけたトーヤをネロは呼び止めた。


「徳地カルマの能力について、話しておかなければならない」







時は戻る。


 トーヤの目の前には徳地カルマが立っている。一度は同じ敵を倒すために戦った人間が、互いを睨みあっている。


「何してんだ……」


「僕は、僕の役目を果たしに来た」


「そうじゃねぇ……なぜ止めたんだ、徳地カルマ!!!!」



 深夜の森の中をトーヤの怒声が響いていった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る