第三十話『昨夜の騒動』




 今日の朝はどこか騒がしかった。

 宿屋の食堂と受付を兼ねた一階にて、セリカは宿屋の従業員に頼んでいた朝食が来るまでの間、周りの騒がしさに不思議そうに周りを見渡していた。




「なぁ、昨日の夜になんかあったみたいだぞ?」




 何気なく、セリカが同じテーブルに座るノワールとルミナに話し掛ける。

 ノワールは眠そうな顔をして、珈琲を飲むだけで特に反応を見せることはなかった。

 しかしルミナも、セリカと同じように周りの違和感に気づいたのだろう。不思議そうに周りを見渡しながら、彼女も首を傾げていた。




「なにかあったのかな?」

「さぁ? それにしても随分と騒がしいんだよな」




 周りの状況をよく理解できないセリカとルミナの二人が揃って呆けた顔を見せる。




「はいよ、お待たせ。今日も腹一杯食べてよね」




 そんな時、ふと三人が座るテーブルに宿で働く従業員が頼んでいた朝食を運んできた。

 三人分の食事を器用に乗せた右手に持つトレーから、ノワール達のテーブルに食事を置いていく。




「ねぇねぇ、お姉さん。昨日、なにかあったの?」




 手慣れた仕事をする女性の従業員を見つめて、ふとルミナは何気なく彼女に訊いていた。

 唐突にルミナから話し掛けられたことに、女性の従業員が不意を突かれたように僅かに驚く。

 しかしすぐに驚いた顔を人懐っこい笑みに変えながら、女性の従業員はルミナの質問に答えていた。




「そうみたい。私も聞いた話だけど昨日、この辺りの住居地区で大きな爆発があったらいいわ。噂だと魔法だとか」

「魔法? そういうこと、よくあるの?」

「全然、この辺りで魔法を使える人間なんていないわよ。運良く街に被害が何もなかったみたいだけど……原因がなにか憲兵団と依頼を受けた傭兵さん達が総出で捜査してるらしいわ」

「それでこんなに騒がしいんだ」

「この街も夜は物騒になったわ。あなた達もあまり夜に出歩くのは控えた方が良いわよ」

「うん! 大丈夫!」




 他愛無いルミナと従業員の会話を聞きながら、セリカは置かれた朝食を食べ始める。

 朝の食事はパンと野菜スープ、そしてサラダと自分には豪勢過ぎる食事を食べ進めながら、セリカはルミナ達の会話を頭の中で反芻していた。




「ふーん、魔法ねぇ」

「なんだよ。急に変な目で俺のこと見て」

「……別に」




 ルミナと会話を終えた従業員が立ち去った後、セリカが怪訝な視線をノワールに向けていた。




「随分と今日は眠そうだったな。昨日、何かあったのか?」




 珍しく、今日のノワールは眠たそうにしていた。セリカはここ数日一緒に居て、初めて見る彼の様子に疑いの目を向ける。

 魔法。確かにこの街で、魔法を使われた大きな事件などセリカは聞いたことがない。そもそも、魔法を使う為の魔法石を持っている人間など、簡単にいる訳がないのだ。

 セリカの目の前に座るノワールは、魔法石を持っている人間である。彼女の聞いた話だと、魔法石を持っていることを他人に知られることは御法度というのを聞いたことがる。




「昨日はちょっと夜更かししただけだ。久々に酒でも飲みたくてな」

「あ! 駄目だよ、ノワール! 夜更かしは健康に悪いんだよ!」

「そうだな。たまにと思ったが、控えることにする」




 ルミナに戒められて、ノワールが苦笑しながら朝食のサラダを食べ進める。

 セリカはそこで、ふと思い出した。確かノワールは深夜にアタラクシアと酒を飲んでいることが多いと。

 それならば、ノワールが寝不足でも何も変なことはない。たまにはいつもより遅くまで起きていることもあるだろう。

 加えて、ルミナにはアタラクシアのことを話せないという点もセリカは知っているので、ノワールが彼女に誤魔化した話し方しかできないことも理解できた。




「気になることだが、爆発って魔法で起こすなら難しいのか?」




 食事を進めながら、何気なくセリカがノワールに問い掛ける。

 ノワールはいつの間にか食事を食べ終わり、珈琲を飲みながら答えていた。




「やろうと思えばできるが、条件が難しい」

「へぇ、どうやるんだよ」




 話しながらも、セリカは食べる手を止めなかった。

 セリカの食事を見守りながら、ノワールは淡々と答えていた。




「ルミナから聞いてるとは思うが、魔法には種類がある。第一から第七魔法まで、それに対応した魔法石がいるのは知ってるよな?」

「ああ、ルミナに聞いたけど」

「まぁここから難しい話になるんだが、聞く気はあるのか?」

「そこまで言ったなら言えよ。気になるだろうが」




 セリカが不満そうにノワールを見つめると、彼は溜息交じりに話していた。

 魔法には種類がある。第一から第七魔法まで、またそれを使用するには使用する魔法に対応した魔法石を必要とする。

 第一魔法は、外界への簡易な干渉。主に威力の低い火などを出す魔法などがこれに当たる。

 第二魔法、これは内界――身体への簡易干渉。身体の身体能力を上げることが主な効果となる。

 ここから第三と第四魔法は、外界への干渉。中位、高位と数字が大きくなるにつれて、魔法の強さが変化する。

 第五魔法は、内界への最高位の干渉。第六魔法では、外界への最高位干渉だと言われている。




「騒ぎになるような爆発なら、第四魔法くらいからだろうな」

「それ以上の魔法ってならないのか? 第六魔法ってのが一番強いんだろ?」

「第六魔石なんて大層なモノ持ってる人間は一握りだ。それこそ、各国の騎士団が厳重に所有者を管理してるほどだ。一般の人間が持てるような代物じゃない」

「……確か魔法石は貴重って言ってたな。そんなに魔法石って貴重なのか?」




 セリカの疑問に、ノワールは頷いた。




「第四までくらいなら頑張れば手に入れることもできなくないが、面倒ごとを抱えやすい。まず持ってることが知られれば、命くらいは狙われるからな」

「物騒だな……そんなに大事か?」




 それからのノワールが話す説明は、セリカの興味を少し惹くものだった。

 魔法石があれば、魔法が使える。それは戦闘において、相手よりも優位に立てる。ならばそれを奪うという発想になる人間も大勢いるらしい。

 持っている魔法石が多いほど、他の人間よりも強い立場になれる。そう考える人間は、魔法石を持ってる人間から無理矢理でも魔法石を奪うこともあるらしい。

 魔法石を持っている人間の寝込みを襲う。または油断しているところを襲い掛かるなどなど、考えられることは多くある。

 第一魔法石ですら、持ってない人間からすれば奪う対象になり、危険を伴うモノだということをセリカはしみじみと理解した。




「そういや、第七魔法って? 聞いてねぇけど?」




 ふと、セリカがそんなことをノワールに訊いていた。

 先程から一通りの説明をノワールから受けたセリカだったが、第七魔法に関しての説明が一切なかったことに彼女は疑問を感じていた。




「それは別に知らなくていい。どうせ知っても関わることないからな」

「おいおい、そこまで言って話さないとかないだろ?」




 しかしノワールは、そのことについて話す様子はなかった。

 セリカが不満そうに顔を顰めて、決して話すつもりのないノワールに彼女が睨むように見つめる。




「第七魔法石って、すっごく貴重なんだよ」

「おい、ルミナ」




 そんな時、今まで話を聞いていたルミナが唐突に口を開いた。ノワールがルミナを止めようとするが、彼女は気にもせずに話を始めていた。




「第七魔法石は、色んな国が大事に保管してるんだよ。第七魔法ってすっごく強い魔法を使えるから、大事な時にしか使えないのがほとんどなんだよ」




 ルミナの説明を聞いて、セリカが渋々ながら納得した。

 セリカには想像はできないが、とてつもなく強い魔法を使える代物で、厳重に保管されているというのだけは理解できた。




「でも、持ってる人もいるみたいなの」

「へぇ……持ってるの、どんな奴なんだ?」




 そんな貴重な物を持っている人間がいる。そのことがセリカの興味を惹いた。

 ルミナが思い出すように考える素振りを見せる。そして思い出しながら、彼女は口を開いていた。





「えっとね、確か魔石兵――」

「ルミナ、それ以上は言わなくて良い」




 しかしルミナの言葉を、ノワールが遮っていた。

 急に話を止められてルミナは驚いたが、何かを察して気まずそうに苦笑いする。

 だがセリカはそんな表情を見せるルミナに気づかず、話を中断したノワールに目を細めていた。




「なんだよ。もったいぶって」

「知らない方が良いこともある。それを知ってる奴にロクなことがないんだよ」




 そこで話は終わりと言いたげに、ノワールが口を閉ざした。

 それと同じように、ルミナもセリカに訊かれてもその話題に答えようとはしない。

 何かを隠されたような感覚に、セリカは不服そうに頬を膨らませていた。

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