親友

 雑多ざつた喧騒けんそうが渦を巻く人の営みの集積所しゅせきじょ老若男女ろうにゃくなんにょが行き交う大型ショッピングモール。その片隅の一角に、まるで隔絶されたような静粛な空間があった。

 書店エリアに隣接している喫茶店のイートインスペースだ。

 モダンなレイアウトで内装をいろどられた客席には、主に落ち着いて読書をたしなむ人々が客層の殆どを占めていた。

 そんな場所で、周囲に配慮して声を抑えつつも、ブレーキの利かない高揚感を顔に出して、ユノアは熱い口調で自身の体験を紡いでいた。

「それでね、自分でもよく分からないままだったけど、最後はその犬畜生のボスに左ストレートと右のアッパーをぶち込んだの」

 学校の制服姿で、極力控えめなジェスチャーを交え、黒髪を揺らしながら嬉々とした表情でユノアは武勇伝を語る。

 だが、直後にその顔が不満そうに曇った。

 聞き手がちゃんと聞いている様子を感じられなかったからだ。

「ちゃんと聞いてた?ツルキ」

 口を尖らせ、ユノアは対面に座る同級生であり親友、結髪したショートヘアをした、朗らかな雰囲気の少女、種田たねだ 弦祈つるきを問い詰める。シナモンパウダーをまぶしたカプチーノをゆっくりと飲んでいた所だ。

 コーヒーカップから口を離し、温まった息を吐いて、ツルキは笑顔を向ける。

「ちゃんと聞いてるよ。効果の分からないカードを、ユノアは身体が勝手に動いて使ったんでしょ。それでその~そのパンチ?は、必殺技か何かなの?」

「あー、確かにアレで倒せたけど、必殺だったのかな?ファイナルカードって名前にしたんだけど、あれ使ったら何でも必ず殺せるのかな?」

「別にそこまでちゃんと決めなくてもいいんじゃないの?必殺の設定にしといて、後からその必殺が効かない敵が出てくるとかにすれば」

 難しい顔をする友人をおもんばかって、ツルキは折衷案せっちゅうあんを提示してみるが、ユノアは唖然として、飲みかけのキャラメルラテを取ろうとした手が止まった。

「ちょっ、おい。何を私の創作の話みたいに言ってるの?」

 元々目つきの悪い顔を更に厳つく歪めて、ユノアは威嚇するようにツルキを睨む。しかし、ツルキは首を傾げて、事前にユノアが言っていた言葉を再確認する。

「え?夢で見た世界の話だったよね?」

「確かにこっちで寝てる時の話だけど、私の想像でもただの夢でもないの。ホントにリアルに異世界に行ってる感じなの!」

「そう言われても、さすがの私でもこの話しを鵜吞みにするのはちょっと……ねえ?」

「うっ、まあ言わんとすることは分かるけど、ホントにマジな話なんだってば」

 無垢な子供のようにユノアは主張するが、ツルキの言い分も納得できる。

 いくら親友の話とはいえ、未知の世界で冒険してきた、などと言われても、それを事実であると素直に受け入れるのは無理だろう。そんな夢を見たとか、そういった物語を空想したとかならいいが、本気の目でそれが実際に起きた出来事だと話されれば、頭の心配をするのが一般的だ。

 そんなことは当然だとユノアも思っているし、もっと身近にいる妹に対しては、まだこの話をしていない。

 それでもユノアは、自分が渡った世界のことを、ツルキに話したいと思った。

 たとえ世迷言よまいごとと思われても、それだけで終わらないのが、ユノアの知るツルキという人間だからだ。

 カプチーノをもう一口啜り、困り顔で考え込む。

「……私もそこに行ければ手っ取り早いんだけどね」

 それは、雑談で出す冗談のトーンではなく、真剣にそうあればと想う者の声音だった。 

 跳ねたくなるくらいユノアは胸が熱くなり、腕を組んで熟考する。

「まあそもそも私はなんでそうなってんだって話なんだけどね。まあそれは今は置いといて、来たら来たで危ないと思う」

「あー、人を襲う怪物ばっか出てくるんだよね。私には槍のカードちょうだい」

「ちょっ、図々しいこと言うな」

「だって聞いた感じメチャクチャ強いじゃん」

「ツルキは手持ち武器とかの方が合いそうなんだけど」

「うーん、ブーメランよりもっと単純な……剣とかの方がいいな私」

 両手を顔の横に運んで、ツルキは剣を構えるようなポーズを取る。

「ああ、ゲームとかでもそれ系選ぶよね、ツルキは」

「ユノアみたいに何でも扱えたらいいんだけどね」

 純粋な賛辞をユノアは素直に受け取り、得意げにふんぞり返る。

「まあ、いいカードがあったらちゃんと渡すよ。多分普通の剣とか普通にありそうだし」

 完全にご機嫌になったユノアを前に、ツルキは柔和な笑みを浮かべて言葉を送る。

「ホント、ユノアは楽しく生きてるね」

「おま言うなんだけど。何もかもギリギリで駆け抜けるアンタが何言ってんのだからねツルキちゃんさあ」

 肩を落としてユノアはまくしたてると、正論だとツルキは笑い、それに釣られてユノアも笑みを零した。

 同時に、ユノアは郷愁きょうしゅうにも似た安心感を覚え、全身が軽くなるような気分に浸ることが出来た。

 密度の濃い刺激的な時間を過ごしたばかりのユノアにとって、他愛のないこの日常はいこいの時間であり、幾度か訪れた窮地きゅうちですり減っていた精神を回復させてくれる。

 自覚こそしないものの、ユノアは程よくリラックスし、いつか本当にツルキと共に、かの世界を冒険できたらと思った。

 そんな淡い期待を胸に仕舞い、ユノアは冒険の続きを語り始める。

「話を戻すけど、ボスを倒してそれからね、また地図を広げることにしたんだけど……」

 無邪気に紡がれる冒険譚を、ツルキは面と向き合って聞き続ける。

 たとえ直接関われないとしても、熱く語るユノアを受け止めることで、ツルキもユノアの世界に入ることが出来るからだ。

 物語を堪能しようとする空間で、また一つの物語が口伝に広げられていった。

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