報酬の要求

 頭上に爆音が響いた頃に、ユノアは我に返った。

 どうして自分は、効果の知らないカードを使ったのか?

 焦燥しょうそうに呑まれ立ちくしていると、ボトボトと何かが落ちてきた事に気付く。

 思考が鈍りながらも興味に従い落ちた物を確認すると、それは2枚のカードだった。

 赤い炎が描かれているカードと、グレーの輪郭をした人型の頭部から、波紋のように円弧が並ぶイラストのカード。

 どうやらボスの使っていた火球は、炎とは別に、ブレスとして成り立たせるこのグレーのカードの効果があったのだとユノアは推察する。

 そして、先刻ルミルが見つけ出してくれた橙色のカード。

 これは硬化と同様に防御型のカードであり、炎を防いでくれる効果を持っていたようだ。

 耐炎、違うな、爆風も防いでくれたから耐熱たいねつも含まれるのだろう。その方が言い易いし。

 などと新しく入手したカードや効果の判明したカードについて考え、えつひたっていると、つい疑問を忘れてしまい、ユノアは気を取り直して勝利の決め手となった自分の謎の行動について考察しようとする。

「ユノア様!」

 声が届き、またもユノアの思案がはばまれる。

 けれども仕方がないと、ユノアは声のした方向に身体を向けた。

 次の瞬間、大切な仲間であり従者のルミルが、ユノアの胸に飛び込んできた。

 予想外で大胆なルミルの行動に、ユノアは面食らう。

 すると、スーハ―スーハ―と、大仰に匂いを嗅ぐような音が胸元辺りから聞こえ、ユノアはますます動揺する。

「ル、ルミル?どうしたの?」

「……大変でした」

「え……あっ」

 ルミルの奇行の理由を理解し、ユノアは気まずさと申し訳なさに打ちのめされる。

 野犬の怪人集団とそのボスを打ち倒すべく立案した作戦は、敵の嗅覚に対し、キモモチを燃やした際に発生する激臭を使った攻撃だ。

 結果的に明確な効果はボスに対してのみ見られたが、コンテナの下の穴に閉じ込めた怪人たちも、出てこない辺り、恐らく臭いにやられたのだろう。

 そして、この作戦を行うに当たり、激臭は発生させつつ、有効なタイミングまでそれを敵から隠す必要があった。

 その為、ユノアがルミルに命じたのは、そよ風を使用し、臭いが拡散しないよう調整しながら隠れている事だった。

 キモモチ処理用に作った穴の中に隠れ、その中でそよ風を駆使して、臭いを穴から出さずに留める。

 即座に激臭をぶつける為、キモモチはあらかじめ燃やしておく必要があり、それに伴う臭いに、ルミルは陰ながら耐え続けていたのだ。

 多少の息継ぎなどは出来ただろうが、ユノアとは別のベクトルで苦痛を強いられていた。

「まだなんか変な感じが鼻の辺りにするんです。ユノア様で上書きさせてください」

「いや、うん、ホントごめん。でもいいの?私結構汗臭いかもだよ?」

「役割が逆だったらどうしましたか?」

 鋭い指摘を受け、ユノアはルミルを抱き返し、まくしたてる。

「ごめんなさい、絶対間違いなく必ず同じ事します、頭頂部あたりに顔うずめてスーハーします、ホントにゴメンね」

 主の了解を得て、ルミルは更に大きな呼吸で、ユノアを感じていく。

 そうしてしばらく、ルミルの鼻息だけが木霊こだまし、二人は肩の力を抜いていく。

 やがて、気が済んだルミルが顔を離し、晴れやかな笑顔でユノアと向き合った。

「勝ちましたね、ユノア様」

「うん、ありがとう、ルミル」

 満足げな笑みと共に、ユノアも気持ちいっぱいの感謝を告げ、二人は名残惜しそうに離れた。

「あとは、穴に閉じ込めた敵ですね」

「そうだね。まあでも、ほぼ窒息してるだろうし、ワンチャンボスが消えたからアイツらも消えてるかもね」

 楽観的な話をするが、怪人が3体程度残っていた所で、ユノアたちの相手にはならない。

 普通に攻撃して倒せるのなら尚更だ。

 そこでようやく、ユノアは疑問を思い出せた。

「ねえ、ルミル。最後に私が使ったカードなんだけど……」

「はい。すごかったですね、ユノア様」

「えっと、あれの効果って、ルミルは知ってる?あのキラキラしたカード」

 質問に対し、ルミルは首を傾げて聞き返す。

「私は知りませんでした。ユノア様は把握していなかったのですか?効果の分からないカードを検証する時に、あのカードについて触れられていなかったので、私はてっきり知っているものかと……他のカードを私に預けてくださる時も、あれだけはずっと持っていたので、特別な物だとは思いましたが」

「え?あっ、そういえば……」

 自分が任意でバインダーを出せないため、一時的に使用しないカードをルミルに渡していた。けれど、キラキラのカードだけは、ユノアはバインダーから出そうと思わなかった。

「……え、なんで?」

 自分自身の行動が理解できず、ユノアは難しい顔になる。

 とりあえず、問題のカードを見てみようと、ユノアはルミルに渡していたステルスのカードを受け取り、イラストに触れて台座を出現させる。

「えっ⁉」

 驚愕してユノアは目を見開いた。

 現れた台座には、他のカードは残っているのに、問題のキラキラカードだけが消失していたのだ。

「なんで⁉私抜いてないよね⁉」

「は、はい。そんな様子は無かったと思います」

 ルミルに確認を取り、ますます意味が分からないと、ユノアは頭を抱えた。

「……ダメだ、大概たいがいわからん」

 戦闘後の疲労感からか、これ以上は考えがまとまらず、思考すること自体が億劫おっくうだと感じ、ユノアは問題を保留にした。

 せっかくまた強敵を倒したのだから、何か報酬として、新情報が開示されてもいいとも思ったが、相変わらず天の声のような都合の良い現象は起きない。 

 自分で考えて決断し、行動するしかないのだと、ユノアは悟った。

「よろしいのですか?」

「うん。あのカードの作り方自体は大体わかってるから、またその時に考えよう。ていうか、キラキラのカードじゃちょっとあれだから、なんか名前付けたいかな」

「カードの呼称ですか。スピリットみたいな」

「そう。新しく分かったオレンジのが耐熱で、あのボスが落としたのは火炎とブレスだね。それで、あのキラキラは……」

 どこかたのし気な顔で顎に手を添え、ユノアは考える。

 こういう好きな事に対してはまだ頭が回るのかと自分に呆れつつ、最後の決め手に使った事を踏まえて、ユノアは命名する。

「ファイナルカード。どう?なんか必殺技に使う感じでカッコよくない?」

「いいと思いますよ」

 子どものようにはしゃぐユノアに対し、ルミルはひどく穏やかに返した。

 そんな従者に対し、ユノアは更に子どもっぽく口を尖らせる。

「あんまり興味無さげですね、ルミルさん」

「実際、そういうことに関心は薄いですね。分かればなんでもいいというか」

「あー、そうですか……」

 残念そうに首を落としつつ、ユノアの口元は嬉しそうにニヤけていた。

「これからもよろしくね、ルミル」

「……はいっ、ユノア様」

 交わされる言葉と向き合った微笑は、歩く二人を照らすサーチライトの強い光にも負けないくらい、燦々と輝くものを宿していた。

 謎によって陰る雲も、忘れるようにかき消されていくほどに。

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