新モンスターor新マップ

 水の流れる音が聞こえる。

 雨でも降ってるのかと思ったが、ちょっと違う気がして、ユノアは身体を起こした。

 硬くゴツゴツとした場所に横たわっていた事が分かり、心臓が跳ねると共に目を見開く。

 衝動的に立ち上がろうとするが、天井が低い事に気付いてビタリと身体を硬直させ、一気に覚醒した目で、光の漏れる方を見た。

 甲殻類って、美味しそうな印象を持つけれど、その内側をじっくり見ると、虫っぽくて気持ち悪く見える時、あるよね。

 そんな感じな事を、槍で形成されたバリケードの向こう側、崖をよじ登っている生物を見て、ユノアは思った。

 次の瞬間には、その生物を四方からの槍の攻撃で貫き、滝壺へと落としてみせた。

 バリケードから恐る恐る外を覗くと、始末した生物がザリガニだと分かった。

 大きさはハサミから尾までで1mくらいだろうか。寝込みを襲われてたら色々と一溜りもなかった。

 ホッと一息吐くと、改めてユノアは異常事態を実感する。

「夢……じゃない?え?戻ったの?こっちの世界に」

 困惑しながら、ユノアは槍の柵を解いて、穴の外に飛び出した。

 周囲は、広い滝壺が存在感を放つ、森の開けた空間。

 ザリガニの残骸を除いて、昨日最後に訪れていた場所だと分かる。

「すごい。何コレ……」

 高揚感に胸を熱くさせ、ユノアは噛み締めるように呟く。

 眼を瞬かせながら、四肢を動かし体中に触れる。夢とは思えない醒めた感覚を体感し、ユノアは確信した。

「寝てる間……私、異世界に来てる……」

 フィクションでしかないような状況を口ずさみ、頭を整理しようと思わず声に出して思考する。

「現実に戻ってたから、転生系じゃない?転移?寝てる間に?あっ、アバター系!?魂か思考だけがこっちの世界に来てる!?」

 思いついた事を羅列られつするが、正解を教えてくれる声は無い。

 湧き立つ感情も時間が過ぎると共に収まっていく。

 そうして冷静な判断力が戻ってくるが、テンションは依然高めだった。

 これからどうしようかと、ユノアはマップを開こうとする。

 横穴に置いておいた事を思い出し、振動のカード共々回収して、改めて地図のカードを発動する。

 大きく広げて空中にディスプレイさせ、ユノアは腕を組んで思案する。

 昨日、森の中を駆け抜けた事で、それなりに表示範囲は広がったが、目立ったポイントは見当たらない。

 まずは当ても無くマップを広げるのも悪くないかな、とユノアは考え、すぐに行動に移った。

 崖に槍を突き立ててスリリングな階段を拵える。

悠々とそれを登って、ユノアは滝の源流にでも向かってみようと思った。

 取り敢えず、身体を洗いたい。

 滝壺で水浴びするという案もあるが、如何せん、先程のザリガニの残骸ざんがいが漂い、生理的に無理だと、綺麗な水辺を目指す事にしたのだ。

「あっ、ドロップ」

 倒したザリガニがカードをドロップしていないかと戻るが、滝壺を探したところ、何も見つからなかった。昨日の猿のように倒したザリガニのカードすら無い。

 水の中に落ちて沈んでしまったのか、と考えながらユノアは嫌そうな顔でザリガニの死骸を一瞥し、すでに水面に広がっている肉片を眺めて残念に溜め息を吐く。

 カードは諦め、改めて崖を登った。

「それじゃあ、気を取り直して~」

 マップの開拓、その方針で進行を開始する。その一歩目を踏み出した直後だった。

 マップに青い凸のシルエットが未開域の黒塗りエリアから、踏破とうはした森のエリアに現れた。

「何コレ!?」

 気付いたユノアは吃驚すると共にマップに顔を近づけ、移動する凸がある方向を確認する。

 当初の方針をすぐに放棄し、凸のシルエットに向けて急行した。

 道中、望遠のカードを使用しようと、台座とバインダーを出現させ、どれと交換するかを少し悩んだ。

 自衛の為に硬化と槍は外せない。地図を見なければ凸の位置を見失いかねない。ちなみに、地図は空中にディスプレイしている状態だと、移動するユノアに自動で追従し、スワイプ操作で拡大縮小も可能なので便利だ。

 最終的に、ビルドアップと望遠を入れ替える。

 そして、ユノアはジャンプのカードの効果で高く跳躍。その先の空中に、槍カードによる真紅の槍を横向きに出現させ、それを足場として更に跳躍し、移動距離を伸ばした。これにより、ビルドアップを外した事による失速をカバーし、木々などの遮蔽物を無視した進行を可能とした。

 そこでふと、ユノアは気付いた。

 青い凸のシルエットは、現在のユノアの移動速度と同じくらいのスピードで、森の広がるマップ上を動いている。つまり、木々の妨害をモノともしない機動性を持っているか、今のユノアと同じように、木よりも高い位置で進んでいるかだ。

 やがて、マップ上での現在位置と凸のシルエットとの間隔が縮み、望遠によってその正体を捉える事が出来た。移動手段も、後者の可能性であったと判明した。

 圧巻の光景に息を呑み、危機感から進行を止める。その為に出現させた横向きの槍に足を掛けて直立を試みるのだが、バランスが取れずに姿勢を崩す。ワタワタするユノアだったが、追加で手元にも横向きの槍を展開し、手摺てすりの代わりにして身体を支えた。

 そうして、スポーツ観戦のような体勢で、ユノアは状況を静観する。

 目標としていた青い凸シルエットの正体は、飛行する船だ。

 所謂ガス袋、楕円状の風船のような部分で船体を浮かせる飛行船ではなく、その造形は海を渡る客船、フェリーのような外観だ。底部の辺りはフラットな感じになっており、SFチックなデザインのブースターのようなパーツが前部の下側に1基と、後部に2基備えられ、それを推力として飛行している様子だった。

 だから飛行する船、という印象をユノアは抱いた。

 その存在だけでも驚く気持ちがあったが、もっと凄まじかったのは、その飛行する船のすぐ傍で繰り広げられる戦いだった。

 それらは、きっと地球上には存在しない怪物だ。

 片や、オーロラのような虹色を発した体表の竜。西洋のワイバーンと言った、手足や翼を持ったタイプではなく、東洋の青龍みたいな、長くしなやかな胴体部分。ワニのような頭部には、髭なんか付けていれば馴染みのある造形かもしれないが、その口には猪や象のように大きく反った2本の牙が天を突くように生えて、細かく堅そうな角が鬣のように展開している。そしてその尾は、研ぎ澄まされた宝石のような物体があり、それを花弁のように包む、3本の禍々まがまがしい爪が伸びていた。

 片や、こちらは情報量が単純すぎる。姿勢から犬猫と言った四足歩行の獣のようだが、その全身を、白く濃い体毛で覆っており、ちょっと足の伸びた毛玉にしか見えなかった。だがよく見れば、体毛は部分的にヌルヌルとした春雨か糸こんにゃくみたいな質感をしている。モフモフとヌメヌメが無造作に混じり合っているそれは、人によっては結構な嫌悪感を誘うかもしれない。

 便宜上、ドラゴン、キモケモ、とユノアは呼び分ける事にした。

 ドラゴンは翼も無いのに、空中を自由に飛び回り、キモケモに向けてブレスのような攻撃を繰り出している。巨大な牙の間にエネルギーみたいなバチバチが収束し、咆哮する事によって射出している様子だ。

 青白い謎ブレスが、キモケモを襲う。

 対するキモケモは、飛行する船の上に陣取り、体毛を触手のように伸ばして、ブレスを迎撃する。

 しかし、ブレスの威力を完全に殺しきれないのか、衝撃に身体を軋ませ、度々怯んだような挙動を見せた。

 防戦状態の目立つキモケモだが、時折、抜けた体毛が束ねられて槍のような武器が形成され、それをドラゴンに向けて射出されていた。

 一度に複数発放たれる攻撃だが、ドラゴンは機敏に身体をくねらせて回避し、幾つかを尾の薙ぎ払いで弾き飛ばした。

 ブレスと毛の撃ち合い。

 字面としては微妙だが、近寄って巻き込まれればタダでは済まないだろうなぁ、とユノアはしみじみ思った。無駄に指で輪っかを作り、望遠鏡を覗いているっぽい仕草も加えて、高みの見物を決め込む余裕感を堪能しながら。

 とは言え、乱入するのも選択肢の一つではあった。

 ブレスや毛が、初めて戦った恐竜ロボのミサイルと同等の威力であれば、ドラゴンとキモケモの体表が、恐竜ロボの装甲ほどの硬さでなければ、手札を増やした今ならば戦える、とユノアは考える。

 問題は、この化け物どもの戦いが、どんな理由で繰り広げられているかだ。

 パッと見た感じでは、キモケモがドラゴンから飛行する船を守っているようにも見えるが、それにしては、キモケモは反撃に移る際、毛の射角を取る為に短い移動をかなりアグレッシブに行い、船にそれなりの衝撃を与えていた。

 加えてドラゴンの方も、飛行する船を破壊するのならば、キモケモにとって完全な死角、船の下側から攻撃すれば良さそうなのだが、狙っているのはキモケモだけのようであった。

 それだけの知能がない可能性もあるが、だとすれば、どこか慎重さを感じさせる動きも妙だ。キモケモの動きに荒々しさが感じられるのもあって、ドラゴンは攻撃も回避も、一つ一つの動きが丁寧に見える。

 単なる縄張り争いや、遭遇した獣同士の喧嘩ではなく、何かしら因果関係をはらんだ戦い。

 だとすれば、迂闊に乱入するのは危険過ぎる。

 理想的なのは、どちらかに加勢して敵を撃滅し、カードのドロップを期待する事だ。

 だが、よく分からないまま乱入し、怪物2体からヘイトを買えば、それはもう最悪だ。

 やぶを突きたい気持ちをグッと堪えて、ユノアは引き続き静観する事にした。

 槍の上を渡る跳躍で追従しつつ、十分な距離を保ち、望遠による監視を続ける。

 しばらくドラゴンとキモケモによる攻防に変化はなかった。だがやがて、フィールドに異変が起きて、状況が動いた。

 飛行する船の右側のブースターが煙を上げ始めた。好き放題躍動するキモケモの踏み込みに耐え切れなかったのか、軽くひしゃげていた。

 このままでは、いずれ飛行する船は墜落するだろう。ユノアがそう思った直後、ドラゴンの動きが変わった。

 助走を付けるかの如く上昇すると、滑り降りるようにキモケモへと突っ込んでいった。

 迫りくるドラゴンに、キモケモは迎撃の毛の槍、毛槍を放つ。

 それに対しドラゴンは、謎ブレスによる対処を選んだようだ。

 青白い光と毛槍が激突し、爆発する。

 くすんだ煙が広がり、ドラゴンを一気に呑み込んだ。そこへキモケモが追撃の毛槍が放たれるが、それらは空を切り、煙から飛び出た。

 煙の中に、ドラゴンがいない証拠だ。

 その様子はユノアの位置からしか確認できず、キモケモは攻撃が外れている事に気付いていないのか、毛槍による攻撃を続けた。そうして煙の方に気を取られているうちに、飛行する船の下を這うようにして、ドラゴンがキモケモの背後を取った。

 キモケモの側面からドラゴンは牙を突き上げる。

 硬い物質がぶつかり合う事による鈍い音と衝撃、火花が発生し、その派手さに比例したダメージがキモケモを襲った。

 瞬く間の出来事を、ユノアは食い入るように見て、それを分析した。

 ドラゴンは、飛行する船の損傷に反応し、自身と相手の攻撃をぶつけ、それにより生じた爆煙に身を隠して、死角に回り込んだ。

 それは、近距離で爆発の衝撃をモロに浴びる捨て身の戦法だ。もしかしたらドラゴンの体表がアホほど硬くて、ほぼノーダメージの可能性も捨てきれないが。

 ドラゴンの奇襲を受け吹っ飛んだキモケモは、1枚のカードをドロップして、船から落とされ、地面に着地する。

 忌々いまいましく思ったのかのようにドラゴンを見上げるが、キモケモはすぐに地を蹴って、逃走を図った。

 ドラゴンは船には目もくれず、キモケモを追いかける。

 やがて、望遠でも捉えられない距離まで、2体の化け物は離れていった。

 ここでユノアは、目に見えない心の選択肢を表示させる。

 怪物たちを追う。

 飛行する船を調べる。

 同時に、制限時間を知らせる時計も思い浮かべた。

 それはそうだ。怪物たちは、驚くべき身体能力で移動し、船から離れているのだから。

 事前に調べていなければ対応できない速度で時計は一周し、時間切れと共に選択が強制的に確定される。

 怪物を見失ったユノアは、小さな溜息を吐いて、煙を上げる船へ向かった。

 ブースターが破損して速度が落ちたのか、すぐに接近し、ユノアは真っ先に後部デッキにあたるヵ所へと急行した。

 目的は、キモケモのドロップしたカードである。

 望遠を使って辛うじて目撃し、船に落ちた事は確認できた。

 飛ばされて落ちている可能性の方が高いかもしれないが、ワンチャンに賭けて捜索する。

 思いのほか早く、ユノアは賭けに勝利した。

 キモケモが飛び回った事でベコベコに歪んだ後部デッキ、その歪に引っ掛かる形で、1枚の赤いイラストをしたカードが残されていた。

「ラッキー」

 喜びの声を上げ、ユノアはデッキに降り立ち、船に乗船する。

 その際の衝撃が影響したのか、微かに揺れた床がカードを弾き出し、ユノアの心臓が跳ねた。

「ちょぉぉぉぉぉっ」

 素っ頓狂な声と共に飛び込み、ユノアはカードをダイビングキャッチした。割と余裕はある状況だった。

「セーフ」

 ガッチリとカードをホールドした事を認識すると、ユノアは声に出して安堵する。

 入手したカードを確認すると、またも効果の解読に難儀するイラストだった。

 それは、5ヵ所に炎のようなエフェクトを描いたカードで、恐らく4ヵ所は、手足にあたる位置に合わせられている。

 最後の一つは、他の4ヵ所と比べて炎のサイズか少し小さく、位置もユノアのイラストの顔に近い場所に描かれていた。

「なんか、バフっぽい?」

 イラストに対する所感を呟き、ユノアは手に控えていたビルドアップのカードを用いてバインダーを出現させ、新しいカードを収納した。

 新カードの考察よりも、優先する事があるからだ。

 立ち上がり、ユノアは視線を巡らせた後、マップを確認する。

 案の定、ユノアの現在位置を示す赤い矢印は、青い凸の上に表示され、同時に移動していた。

 次いで、ユノアは船の中に通ずる扉を発見する。

「うわぁ、どっかでセーブしたい」

 などと冗談を零しつつ、ユノアは扉へ近付いた。

 よく見ると、ドアノブに当たる物が無く、引手のような窪みがあった。

 なんとなく、その引手に手を寄せると、扉はユノアの接近を感知し、自動で開いた。

「自動ドアって……」

 一歩下がり、ユノアは監視カメラでもあるのかと周囲を観察するが、それらしい物は見当たらなかった。

 入っていいのかな?と不安を抱きつつも、勇ましく踏み出して、船内へと侵入した。

 すると、空中にディスプレイしていたマップに変化が生じた。

 広大な土地を大まかに表示していたマップが、通路の一部分のみの表示に切り替わったのだ。

 丁度ユノアが扉を通った先も廊下のような通路であり、マップが飛行する船の内部を表示している事が分かる。

 高揚感を胸に抱いたユノアだが、すぐに目に見える範囲の間取り図しか反映されないと察し、ここも自力でマップを開拓しなければならないのかと、ちょっとだけ億劫おっくうな気持ちになった。

「おっと、その前に」

 ユノアは台座とバインダーを再度出現させ、カードを入れ替える。

 船の中では必要ないだろうと、ジャンプと望遠を抜き、ビルドアップを装填する。

「あと一枠をどうしよう」

 台座に一つ空いた窪みに、ユノアはどのカードを差すべきか悩む。

 無理に入れる必要もないのだが、ダメージを受けて自分からドロップし、喪失してしまう可能性を考慮すると、使わなくても差しておいた方が安全だ。

 悩んだ末、ユノアはブーメランのカードを装填し、武器として装備した。

 空いた手にはジャンプのカードを控え、船の探索に踏み出す。

 ガンッ!

 ブーメランが通路の壁に衝突し、間の抜けた空気を感じたユノアは立ち止った。

 無言で台座とバインダーを呼び戻し、ブーメランのカードを抜いて進行する事にした。

 船の中でまた新しいカードを見つけるかもしれないし、いいよね。と誰もいないのに、胸の中で圧のある言い訳をする。

 気を取り直したユノアはマップを横目に、慎重な足取りで通路を進行する。

 曲がり角ではより警戒を強めて、壁際に寄って姿を隠すように位置取りし、前方の 安全を確認する。完全に気分だけの動き、工作員ごっこである。なんだったら、ドレスの袖が余裕ではみ出ていた。

 そうして、ユノアは船の中を探索し、マップも広げていった。

 どうも船の中に人の気配は無く、その痕跡も見つからない。

 いぶかし気な顔を作りながら、ユノアはある場所を目指す。

 船の構造から、大まかな位置を想像し、その方向へと進んでいく。

 途中、区画ごとに仕切っていると思われる自動ドアを通ったり、壁に備えられていた消火器と思われる缶や、緊急時に押しそうな赤いボタンを見つけたりした。気になったが、一先ずはスルーする。

 何の障害も現れないまま、ユノアは目的の場所へと到達した。

 開く自動ドアの陰に隠れ、そのエリアを注意深く観察する。

 飛行機であれ船であれ、その場所には人がいて然るべきだ。乗物を操縦するパイロット、この場合は乗組員が。

 船橋せんきょうと思しきに場所に辿り着いたユノアはそう考えていた。

 しかし、そこには制御盤のような機械が一つ、ポツンと設置され、人の姿は無い。

 中に侵入して室内をザっと見回すが、ガッカリするほど綺麗で質素で、静まり返っていた。

 ユノアは更に進んで、大空が展望できる窓に近付いた。流れゆく緑の景色と、船体の前方部分が一望でき、迫力を感受できる特等席だった。

「やっぱ、ここがブリッジだよね」

 自身に言い聞かせるように呟いて、ユノアは振り返り、唯一目立つ機械を眺める。

「見た感じ、操縦する風には見えないし……自動操縦的な?」

 首を傾げながら、機械に近付く。

 液晶と思しきモニターが二つ、大型と小型の物が備えられている。

 大型の方は、分かりやすく注意勧告を促す黄色い枠が表示され、その中に簡易的な船の立体図があり、その右側ブースターの部分が赤く点滅していた。

 損傷を受けている事を表しているのだろう。39%という微妙な数値が、危険なのかまだ大丈夫なのか、ユノアを何とも言えない気持ちにさせる。

「……っえ!?」

 何となくでモニターの情報を処理していたユノアだが、ある事に気付いて驚愕し、声を上げた。

「……数字に、パーセント」

 飛行する船というだけで高い技術力を感じ、最初に目覚めた場所にあった廃墟からも、文明があるのだと理解できた。

 恐竜ロボや毛むくじゃらの猿に巨大ザリガニ。キモケモにドラゴンと、地球ではない別の世界だと確信していたユノアだったが、表示されている数字や単位は、ユノア自身にも馴染み深い表記だ。

 この世界は、自分と同じ世界の文字が使われている?

 興味深そうな顔で考えるが、説明してくれる声は無い。

 とりあえず新しい情報を得られたと満足し、小型のモニターへと視線を移した。

 こちらも分かりやすく、船の周囲を簡易的に表示するレーダーのように表示していた。

 自身の使うマップと比較したいユノアだったが、カードにより表示しているマップはユノアの居る船のブリッジの簡易的な間取り図だ。ポツリとある四角に矢印が向いていた。

 ゆっくりと、ユノアは小型のモニターに手を近づける。

「さすがに、ここで自爆シークエンスとか、無いヨネ?」

 微かに引きつった笑みを浮かべながら、ユノアは小型モニターに触れ、スワイプしてみた。

 だが、カーナビのように地図の表示域が移り変わるといった変化はなかった。

 代わりに、画面の隅に白い矢印が表示された。上向きで、矢印の下には四角があり、飛び出すような描かれ方がされている。

 どことなく、排出、取り出し、と言ったニュアンスのアイコンに見え、ユノアはそれをタップする。

 すると、小型モニターは電源が落ちたように画面が消え。蓋が開くように展開して、画面の裏側にあたる場所から、1枚のカードが出てきた。

 唖然としながらユノアはカードを引き抜き、イラストを確認する。

 丸い地図のような絵に赤い棒があり、回転している事を伝える軌道のようなエフェクトが描かれている。

 どう見てもレーダー。そう思いながら、ユノアは手に入れたカードで台座を出現させ、装填した。

 直後にマップを確認する。ユノア自身を表示する矢印のほかに、赤い点が一つ、新たに表示された。

 しかし、そこはまだマップに表示されていない領域のようで、赤い点は黒塗りの部分によく分からないまま浮かんでいるだけだ。

 恐らくはこの船のどこか。この赤い点の正体を知る為には、船の探索を続ける他に道は無い。

 好奇心と面倒くささが混じった気持ちを落ち着かせるべく、ユノアは小さく息を吐いた。

 そして、出入り口である扉に目を向けた。

 ふと、扉の横に掲示板のような物がある事に気付く。

 見落としちゃってたか、と少しだけ恥じると、ユノアは掲示物に近寄った。

 どうやらそれは、船の構造を記した見取り図のようで、これも簡易的な立体図だが、先程制御盤で見たものよりも細かく区画が分けられて、詳細に表記されていた。

 何より、一部の区画には、それがどんな場所かを示す英語表記がされていた。

「英語も使われてる……ていうかそれより」

 意外な発見に驚きつつ、ユノアは見取り図を凝視した。

 shower《シャワー》。laundry《ランドリー》。dining《ダイニング》。

 多少ズボラな気のあるユノアだが、それでも年頃の乙女であり、食べ盛り。

 我慢できる範囲だから無視していた空腹感や、気にする余裕のなかった身体のベタ付き感を解消できるかもしれないと、気持ちが浮ついてきた。

 現状までで開拓した地図と照らし合わせて場所を確認、覚えようと、ユノアは自身のマップをスワイプし、掲示されている地図の横に持ってくる。

 立体図で表示される掲示板と、平面図で表示されるマップ。

「は?」

 脳の処理が追い付かず、ユノアは掲示板とマップを交互に見る。

 なんとユノアのマップには、さっきまで黒塗りで隠されていた、ユノアがまだ足を踏み入れていない船の内部エリアの見取り図も表示されていたのだ。

 掲示板の立体図と比較して、マップに新たに表示されたのが、掲示板によって得られた船の構造情報であると理解する。

 恐らく構造物などに限るが、見取り図、あるいは設計図などを見れば、その情報を元にマップも更新されるのだろう、とユノアは納得した。

 同時に、レーダーのカードにより新たにマップに表示された赤い点の場所も探す事が出来るようになった。

 残念ながらマップの方にはエリアの詳細までは表示されず、立体図も見れない。スワイプする事で表示する階層を変更できるくらいだ。掲示板の見取り図を頼りに、赤い点がどんな場所にあるのかを確認する。

 忙しなく手と視線を動かして、赤い点が船の中心部分の場所にあると判明した。

 メチャクチャ重要な何かがある雰囲気に、ユノアは高揚感を覚える。

 ここに行けば何かある。それは間違いないだろう。

 粛々しゅくしゅくと胸の内で決断し、ユノアは行動を開始した。

 だが。

「まずは、早く身体洗いたい」

 心身のケアを優先し、ユノアはshowerと表記されているエリアへと向かった。

 

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