チュートリアルのさじ加減は難しい

 強い風の感触を受けて、ユノアは目を開いた。

 視界には渦を巻く小さなつむじ風に、ガラスのような物体がある。物体は風に巻き上げられ、暗く分厚い雲が点在する大空へと運ばれていた。

 寝起き状態のユノアは、ただ呆然と舞い上がる何かを眺め、緩やかに覚醒すると、飛び上がるように立ち上がった。

 そこで、自身が座って寝ていたのだと気付く。

 振り返ると、銀を基調として飾られた真紅の革張りの椅子が鎮座し、細部まで豪奢ごうしゃに飾られたそれを見たユノアは、反射的に言葉を零した。

玉座ぎょくざ?」

 王たるものがその威厳を表すべく座る席。そんな印象を抱いて口にすると、ユノアは異常な状況を肌感覚で実感し、周囲を見渡した。

 そこは、玉座を置くにしてはあまりにも廃れた場所だった。

 劣化したカーペットからは薄汚い石造りの床が覗き、そこが一つの部屋であった名残を見せる壁は、巨大な力に引き剥がされたように砕け、その場を野ざらしにしていた。

 そして、床の所々には、何かが描かれた透明な板が散らばり、今も尚、不自然な風に攫われ、次々と宙へ連れ去られていく。

 ふと、ユノアは近くに姿見がある事に気付いた。

 異様な状況に混乱しながらも、衝動的に姿見に近付き、吹きすさぶ風になびく髪を掻き上げながら、己の姿を見た。

「……うわぁ」

 軽く引いた。けれども、嫌という訳ではなかった。

 顔は確かに見慣れた自分の顔だ。しかしそれは、線画の段階までの話である。

 そう、所々色が違うのだ。

 長い髪は輝く星のような銀色に、目つきの悪い双眸は翡翠ひすい色になっている。

 その身に纏うのは、これまで着用した事のないドレスで、黒と紅紫色こうししょくを基調とした色合いが、ユノアのセンスに刺さっていた。細部も袖口とスカートにスリットが入り、コルセット風のベルトによって引き締められて動きやすいのもポイントが高く、靴のヒールも角度を付けつつ高過ぎない丁度よさがある。両サイドの横髪に付けられたドレスと同じ色合いの星と花を組み合わせたような装飾も、ユノアの好みにクリティカルヒットしている。

 フィクションのキャラクターになりきる快感は少しばかり知っているが、ユノアにコスプレの経験は無い。

 しかし、自分の好みにはまる格好が高揚感を生み、何故こんな場所でこんな格好をしているのかという疑問を忘れさせていた。

 そんなユノアを、背後から小さな衝撃が襲う。

「痛っ!?」

 テンションが高い故か、よく通る声が無意識に漏れる。

 何がぶつかったのかと視線を巡らせるが、そこかしこで飛ばされる物体が流れ弾になったのだと、すぐに理解する。

 またひとつ、透明な物体が自分に迫り、ユノアは反射的にそれを掴み取った。

 逆巻く炎のような、あるいは波打つ水のようなシルエットが紫色で描かれた透明な板だ、ユノアはそれをマジマジと見つめる。

「これ、アクリル?のスタンド?いや、カード?」

 触ってみた質感とサイズ感から、それをアクリル製のカードか何かだとユノアは思った。

 次いで、ユノアは描かれた絵に指を当ててみる。触り心地の良い塗料だと感じた。

 刹那、カードは輝きを放ち、微かな熱を帯びた。

 同時に風もピタリと止んで、幾つかのカードがその場に落ちる。

 急な展開に、ようやくユノアは吃驚きっきょうし、オロオロと無駄に視線を巡らせる。

 しばし沈黙が訪れ、ユノアは改めて手元を見る。

 先程のカードの輝きが原因だろうか。いつの間にか、目の前に台座のような物体が浮遊していた。

 台座には手に持つ物と同じようなカードが1枚差され、スタンドのように直立していた。パッと見ただけならば、完全にアクリルスタンドだ。

 ともすれば、それには何かしらのイラストが描かれて然るべきであり、やはり人型の線が鮮やかに引かれていた。

 描かれていたのは、今のユノアの姿だった。銀髪に目つきの悪い表情、黒と紅紫色のドレスを纏う、いわゆる立ち絵である。

 そんな自分のイラストを目にし、ユノアは動揺する気持ちを確かに抱いた。

 だが、それ以上に好奇心が勝り、自然と手が動いた。

 宙に浮く台座には、差込口にあたる窪みが全部で6ヵ所あり、その内の一つにユノアが描かれたカードが差し込まれている。

 ユノアは手にしたカードを器用な手捌てさばきで持ち直し、自身が描かれたカードの前にイラストが見えるよう差し込んだ。

 二つの絵が重なり、一つのイラストとして成り立つ。ユノアの周囲に紫の流動体が備えられた。

 力が湧く。具体的にどんな状態かというと、各関節の可動ヶ所が柔らかくなり、疲労感などで伴う肩の重さが霧散した。

 奇妙な快感を覚えながら、徐々に冷静になる思考が疑問を掲げる。

 どうしてこんな事が出来たのか?

 ユノアは台座を見た瞬間、それが何なのかも理解しないままにカードを差した。

 それはまるで、身体が覚えている作業を無意識に行うようなものだった。

 改めて台座を確認してみようとも思ったが、いつの間にか、台座は目の前から消えていた。

 まるで今しがたの行動が嘘だったような錯覚に襲われ、一度台座については忘れる事にした。

 考える。ここが何処で、今がどんな状況か。 

 首筋が脈打つ。リズムが刻まれ、脳に響いて来る。

「ダメだ、大概わからん」

 諦念すると共に溜め息を吐くと、先程とは別な意味で身体が軽くなるのを感じ、ユノアはトボトボと歩いて玉座に戻った。

 投げ出すように腰を下ろして、玉座に背中を預ける。見た目通りの上質な革に支えられ、ユノアは物理的な安らぎを感じ、以前パソコンショップでゲーミングチェアに座った事を思い出す。頭まで支えられる優越感のような気持ちだ。

 空を仰ぎ見て、どうしたものかと思い悩み、同時にとにかく冷静になろうと努める。

 数多の物語から影響を受け、空想を膨らませてきたユノアに取っては、異世界、或いは何かの事件に巻き込まれるなど、これまでに夢の中でなら何度も体験してきた、いわば日常の一部だ。今回もいままでと同じ夢のひとつだろう。そう決めつけようとするユノアだったが、胸の内に渦巻くのは焦燥感と高揚感である。

 今までと違い、自分の理性が、現状を受け入れていないのだ。

 夢の中でならば、どんな奇天烈な状況でも、何故か受け入れられて、勢いに流されるものだろう。今はハッキリと違いを認識している。例えるならば、引っ越し先の新居で、環境が変わった事によるリアルな違和感が全身を包み込んでいた。

 まさか自分が。けどそんなバカな。

 もしもを想像し、冷静にそれを否定する。

 転生?転移?いつ、何が原因で?

 不安より圧倒的に好奇心が勝っている。熱中してきた二次元コンテンツにありがちな展開に、自分が身を置いているかもしれない、と。そんな自分に呆れる事で、ようやくユノアは動き出そうと玉座から立ち上がった。

 どんな状況、または状態だろうと、今この瞬間を無為に過ごす事は、きっとプラスにはならない。

 そんな建前の下、ユノアは落ちていたカードの一つを拾い上げる。

「これ、さっきのと同じヤツだよね」

 言ってみれば誰かが教えてくれるかもと、蓄えた知識から無意識に期待し、独り言を零す。

 しかし、答えを示す者はいない。

 ユノアは先程と同じように、イラストの部分に指を当ててみた。

 薄い緑色をした数本の縦線と下の方に衝撃っぽいエフェクトみたいなデザインのカードは、先程の物と同様に輝きと微かな熱を帯び、それに呼応するように、ユノアの前にカードの差し込まれた台座が現れた。

「触ったら出てくる?」

 台座の出現する条件を考察しつつ、ユノアは台座に顔を近づけた。

 元々差されていたユノア自身が描かれたカードと、ユノアが初めて差した紫のカードがある。空いている窪みは、ユノアのカードの後方に二つ、紫のカードの前方に二つだ。

 ユノアは自身のイラストのカードの後ろに、緑のカードを差しこんでみる。

なんとなく、最初は前だったので、次は後ろに、という理由だ。

 奥まで挿入すると、固定されたような感触が手に伝わる。

 その直後、ユノアは足の辺りに見えない何かが纏わりつくような気配を感じた。

 不快感は無く、むしろしっくりくるような感覚。台座に並んだイラストを前からよく見ると、ユノアのイラストの足回りに、緑の縦線が加えられたように見える。

「えっと、これはつまり……」

 変化を察したユノアは、足を揃えて真上に跳躍した。

 力加減としては、立ち幅跳びを行うくらいの感覚だ。ユノアはオタクを自称する割に、運動能力は平均より僅かに高いレベルであり、体育の成績も悪くない。

 それ自体は生まれ持った身体が恵まれていたに過ぎず、出かける時は買い物かイベント、時々親友と遊びに行くぐらいで、基本は家にばかりいる。

 なので絶叫マシンやトランポリンなど、瞬間的に上下する体験には縁遠く、床を離れて約20mの高さに来たユノアは、混乱を通り越して澄み切った思考に至った。

 あっ、これ、日曜朝に見た気がする。

 遠くなった床を目にし、反射的にドレスのスカートを抑えながら、そんな事を思う。あとはそのまま、自由落下へと移行していくだけだった。

「っ~~~~~」

 声にならない叫びを上げながら、ユノアは慌てふためき四肢を捩り、グルングルンと身体を回転させる。

 結果、豪快なヒップドロップの姿勢で床に激突し、衝撃波をまき散らして、落ちていたカードや瓦礫の幾つかが転がった。

 震えながら、ユノアは亀裂の入った床から腰を上げ、患部をなるべく高い位置に来るよう四つん這いの姿勢になって苦悶する。

「痛い……だけで済んでるのかな、コレ」

 臀部でんぶを摩りながら、自分の状態を確認する。

 痛みの具合としては、それなりの勢いで尻餅を着いた程度だ。念入りに触ってみても、打撲したような感じはしない。

「ああ、うん。痛い、かなり……痛い」

 ハッキリと続く痛みに、ユノアは不安を抱く。

 そんな気持ちを振り払うように、すぐ傍に落ちているカードを掴み取った。

 イラストの色は同じような薄い緑色。亀の甲羅の模様、もしくは蜂の巣のような角張った線が左右に展開されるように敷き詰められている。

 覚えたての手順でイラストを触り、台座を出現させた。

 そして、ユノアは試しに、既に差されている紫のカードを引き抜いてみた。思いのほか、カードはすんなり外れた。

「ああ、まあそうなるよね」

 思った通り、全身に感じていた軽さ、好調さは嘘のように無くなった。

 重くなった身体を起こし、空いた場所に新しいカードを挿入する。

立ち上がったユノアは両手の掌を軽く動かした。

 紫のカードの代わりに差した緑のカードの効果を実感できず、首を傾げると、抜いたばかりの紫のカードのイラストに触れ、台座を出現させた。

 差し込まれたカードにより構成されたイラストを確認し、新しいカードの効果を考察する。

 自身の両サイドに展開されるハニカム構造の絵。自分ならば、どんな効果を持たせる時にこれを描くかを考え、答えを導き出した。

 紫のカードはそのまま手に持ったまま、ユノアはもう一度跳躍した。今度は少しばかり手加減したので、高さを稼ぐ事は無かった。とはいえ、常人が届く高さではないだろう。

 そしてそのまま落下していく。今度は冷静に姿勢を整え、足からしっかり着地した。

 カッと、ヒールが音を響かせ、ユノアはカードの効果を実感する。

 普通ならば、着地の衝撃が足を襲う所だが、ユノアが感じたのは、着地時の感触のみ。足には負荷が掛からなかった。

「……大体わかった」

 ちょっとだけ気持ちが浮つき、キメ台詞っぽく呟くと、ユノアは周囲に落ちているカードを拾い始める。

 よく見れば、ほとんどのカードが透明の白紙状態で、イラストの描かれたカードは最初の2枚と合わせて合計6枚しかなかった。

 少ねぇ。と不満を抱きつつ、ユノアは手にしたカードを次々と使用し、効果を確認してから、それぞれのカードに効果に沿った名称を仮で付けた。

 残っていたのは、望遠。振動。ブーメラン。

「ブーメラン!?」

 初見で思わず声を出したのは、また別の話し。

 望遠は、より遠くを見れる効果。目を凝らすように意識すると、通常の視力では見えない距離が見えるようになる。視力の強化というよりは、望遠鏡を覗いている感覚に近いので、望遠とした。

 振動は、身体の意識した部分を振動させる効果。ちょっと筋肉を力ませるような感覚で、手や足などが一時的に振動する。つまり身体の一部がバイブレーション、と思いついた所で、ユノアはあとでゆっくり検討しようと、考えるのを止めた。

 ブーメランは、その物が出現した。角度の広いⅤ字で、両端に持ち手になるような穴があり、鋭利な刃が、外側でギラギラと輝いている。

 そして、先に手に入れたカードをビルドアップ、ジャンプ、硬化と呼び分ける事にし、使っていく中で、ユノアはカードを組み合わせられるのだと理解した。

 といっても、手持ちが少ない為、ハッキリと効果が組み合わさっていると実感できたのは、ブーメランと振動。ビルドアップとジャンプの組み合わせだ。

 振動とブーメランは、ただ単にブーメランが振動するようになっただけだ。投擲とうてき後も振動はちゃんと継続するが、切断力が上がったというより、殺傷力が上がったような気がして、ユノアは何となく引いた。ちなみにだが、勿論ユノアにブーメランを嗜んでいた経験は無い。だが、ユノアが適当なフォームでブーメランを投げても、ブーメランは綺麗な回転をして飛んでいき、弧を描いて見事にユノアの元に戻ってくる。これもカードの効果なのだとユノアは判断した。

 もう一つの組み合わせ、ビルドアップとジャンプも分かりやすく、単にビルドアップを使っている時と、そうでない時のジャンプの飛距離が変わるというもの。ビルドアップの効果を併用すれば、同じくらいの力加減で10mほど高く跳べた。感覚を掴むのに難儀しそうだと、ユノアは嘆息した。

 意外な事に、ビルドアップと振動を組み合わせても、振動が激しくなるという事はなかった。

 カードによって、組み合わせられる種類と相性がダメな物があるのだ。とユノアは理解する。

 そして、カードは最大5枚までしか使用できない。

 カードのイラストに触れて出現する台座の仕様上、空いている窪みの数=カードの使える総数、であった。

 それと、追加した他のカードと違い、最初から差されていた、ユノアの描かれたカードは台座から抜く事が出来なかった。

 試しに引っ張ってみた時の異様な固さに、あっ、これは抜いちゃダメなヤツだ。とユノアは直感した。

 そうして、カードを弄り倒している最中に、ユノアは別の発見もした。

 台座に差していないカードをどこかに置いておこうかと、身を捩っていた時だった。台座の斜め上あたりに、突然バインダーが現れたのだ。

 B5サイズほどのバインダーは、空気を読めばカードのホルダーだろう。そう思って、ユノアはバインダーに触った。

 当然のように本を開く要領で手を動かすが、驚く事に、バインダーは触れていなくてもページをめくる事が出来た。スマホのスワイプのような直感的な操作感に胸を弾ませつつ、適当なページにカードを入れてみた。

 カードはすんなりと入り、取り出す際もスルりとストレス無く取り出せた。しかし、1ページにカードを1枚しか入れられなかった。

「……29、30。30ページか」

 数えてみて、多いのか少ないのかなんとも判断に困るページ数、収納枠だと思ったが、複数枚のカードをコンパクトに片付けられ、場所を移動しても、即座にカードを   手元に出せる便利さが、ユノアを感動させていた。不思議なポッケとはこんな感じの道具なのだろうか、という感じに感動していた。

 ある程度カードについて分かったつもりになったユノアは、手に3枚のカードを控え、望遠のカードを使い、周辺の状況を確認した。

 今いるオープンな部屋は、どうやら塔のような建造物の一室であり、見下ろした先には、塔を囲むようにして、石造りの住宅地が広がっていた。

 だが、よく見ればどの建物も荒廃しており、人の気配など皆無であった。

 ユノアは望遠を止め、今一度玉座を見やる。

 塔がどこかの国の王宮ならば、周囲に広がるのは城下町であり、ここは零落した国の跡地なのかもしれない。

 そう推察した所で、ユノアは途方に暮れた。

 自分がどうなっているのか、何をすればいいか全く分からない現状、目的を得る為には情報が必要であり、近くに散らばっていた不思議な力の使い方を模索した。

 それが済んだ今、次にどうすればいいかを考えた時、誰かにその答えを求めたくなった。

 けれど、見渡す限りは廃墟の群れ。人の営みは枯れ果てている。

 何かを教えてくれる人物がいる様子はないのだ。

「どうしろってのよ」

 髪を軽く掻き上げながら、悪態じみた声を漏らす。

 ここで何か、唐突に啓示の如き天の声が。

 などと期待したが、そんな気配は一切無い。

 はッ、と今度は吐き捨てるように息を漏らし、ユノアはまた玉座へ視線を移す。

 睨め付けるような顔で、自分が何故ここにいたのかを考えた。

 もっと言うと、何故この場所に座っていたのかを想像する。

 この玉座が、周囲に広がる街並みを治める王様の為の席ならば、そこに座っていた自分こそが、この国?の王様という事になる。

「この廃墟都市を復興しろとでも?」

 それらしい理屈を仮定してみるが、なんともしっくりこない。

 そもそも住民のいない国で復興も何もないだろう。

「実は人外的な住民がいて、唯一の人間の王様とか?」

 もう一度周囲を望遠し、今度は街道や裏路地なども念入りに確認するが、人の気配どころか動物もいない。カラスの2~3羽でもいてくれないのか、とユノアは落胆する。

「むしろ、この惨状は私が原因とか?」

 街、もしくは国の住民は、カードの力を使った自分によって既に消し去られ、なんやかんやあって記憶を失い、ここで眠りについたとか?そして、やんごとなき現象でカードの殆どが巻き上げられたとか?

 そんな妄想を繰り広げつつ、ユノアは鼻で嗤ってそれを中断する。

 考える余地はきっとあるのだろうが、やはり情報が足りないと、ユノアは腹を括る事にした。

 この場所から、移動する。

 周辺を探索し、何かしらの手がかりを見つける。それ以外には、現状を進展させる事は困難なのだろう。

 方針は決定した、しかし、すぐには動けなかった。

 答えを知りたい渇望はあるのに、それを知った先に何があるのだろうと不安が募っていく。

 本当に、今の自分はどうなっているのだろうか?

 新しいおもちゃで遊ぶようにカードの検証に没頭したが、頭が冷えればまた焦燥感が押し寄せてくる。

 だが、人は時として、頭を沸かせるものである。思春期であれば特にだろうか。ユノアに関しては、創作の見過ぎな所もあるかもしれない。

「止まってられないけど、やっぱ怖いかな」

 ユノアはビルドアップのカードを触り、出現した台座に装填した。

「惰性の方が楽なんだし。未知の領域に足を踏み入れるのはさ、それなりの勇気がいるよね」

 ユノアは硬化のカードを台座に装填した。

「まあもっと言えば興味かな。知りたい、試してみたい、そういう気持ち、好奇心が、人の背中を押すんだよね……と」

 ユノアはジャンプのカードを台座に装填した。

 そして、今度はうんざりした様子で、大きな溜息を吐く。

「独白ほど虚しい事は無い気がするけど、だって寂しいしね、テンションとかも、もうおかしいから、いいよね?うんホント、いいよね?」

 気持ち的には、免罪符のような言葉だった。

 衝動買いに近い、悪魔の囁きに耳を貸すような、その場の勢いによる行動。大抵が後悔に繋がるのがお約束だが、もはや我慢はできない。

 状況は分からない。やる事は分からないのだ。ならもう好き勝手してもいいヨネ。

 不安や恐怖を警鐘として掲げていた理性が瓦解する。

 軽快なスタートダッシュを決め、荒れ果てた景色へと飛び込むべく、盛大なジャンプを繰り出した。

 さっきまでのお試し感覚とはワケが違う、長距離跳躍。風が頬を走り、視界が流れていく。

 望遠により見定めていた広い屋上の建物に向け、ユノアは足を構える。

 靴で着地すると共に、身体は勢いに任せて滑るが、ユノアはビルドアップにより強化された体幹を活かして、立ったままの豪快なスライディングを完遂して見せた。

 舞い上がった土煙を背に、ユノアは綺麗に直立する。

 ヤバイ、気持ちいい。と完全に現状の異常さを忘れ、無垢な瞳で爽快感に浸りつつ、振り返って先ほどまでいた塔を眺めた。

 周囲の街並みに対して、やはり威厳を見せるように一番高く聳え立つ。

 目測は何十メートルだろうか、と跳躍距離を考えてみるが、よく分からないので気にしない事にして、その場を動いた。

 ぴょんッ、と可愛らしい感じに屋上から飛び降り、街道らしき道から、ユノアは街の様子を確認する。

 やはり人間はおろか、動物がいる気配もなく、虫の死骸すら見当たらない。寂れた雰囲気が充満しきっていた。

「さてと、探索パートと行きますか」

 ゲーム序盤のようなワクワク感と緊張感を胸に、ユノアは周囲の散策を始めた。

 足取りは軽く、けれども背筋は少し強張っていた。

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