第44話 妹には姉が




「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ!」

「……」

「起きてよ、ねえ。ひ、一人にしないで……」


 理子の声がした。

 寝てたのか? あのまま仰向けで空を眺めてたところまでは覚えてるんだけど。まだ夢を見てる気がする。すぐ近くで聞こえる涙声にぼやけた意識を傾けた。

 姿は見えていないが、さっき呪いのバケモノが肩に触れた時とは全然違う。この必死さだけで正真正銘の妹だと伝わってくる。自分を連呼する声も昔から少しも変わっていない。ってことは、理子はこのお姉ちゃんって言い方をずっとしたかったのかもしれない。

 こんななりふり構わず泣きじゃくる理子なんて、いつ以来だろう。一人になんてするわけないのに。何をするのも一緒で……子どもの時は本当にそうだった。今は少し関係や形は違うけどさ。理子を勝手に置いてった覚えはない。両親もそうだ。公園で遊んでる時だって、あんたが急に不安になって辺りを見回したら、家族の誰かは必ずそばにいたよ。


「死なないでよぉ……」


 何言ってんだ?

 落ち着け。落ち着いて確かめろいつもみたいに。呼吸とか脈とか……いくらでも調べる方法あるでしょ! ひとまず理子の頭に手をやろうとして、身体がぜんぜん動かせないことに気付いた。顔も同じで、目も開けられない。まぶたすら持ち上がらないってどういうこと? 金縛り……とも違う、むしろ緩んでる感じだ。地面に倒れているとは思えないくらいふわふわとして心地がいい。子どもの時、遊び疲れてテーブルに突っ伏した自分を、父が寝室へ運んでくれてる時みたいな――


 あれ? ちゃんと息してる? 

 呼吸が浅い? 貧血の時もここまではいかないぞ? あまり苦しさはないから、精神的に消耗したってこと? 涼くんにその辺を聞いてみたいが……理子とここまで来てるはずだし。


 まずい事態だ。どうにかして伝えないと。

 手を握り込むくらいはできそう。声は……ホントに少しも出てこない。口を開けようとしても感覚が全然ない。麻酔が全身に回ったらこんな感じなんだろうか。

 目だけに意識を集中すると、なんとか薄く開けられた。

 まつ毛越しに見えた理子は自分の胸元でめちゃくちゃ泣いている。これじゃ自分が少し動いたくらいじゃ視界が滲んで分かりっこない。後ろにいる涼くんに視線を向けると、奇跡的に目が合った。


 理子は無事なの?

 絵の呪いが完全に解けて、もう何も心配は要らないんだよね?

 そうアイコンタクトで伝えてみた。


 涼くんは一瞬驚いたような顔をしたが、力強く頷いてくれた。

 本当に? マジで信じるからね? 都合よく解釈して。

 異常があるかないか、涼くんならすぐに判別がつく。その力を理子も自分も信じたからここまで辿りついたんだよな。それに、何か必要ならとっくに動いてるはず。なら大丈夫だ。そう思うことにした。

 それだけ分かれば……まあ……いいかぁ。




 泣かないで?

 昔のお姉ちゃんみたいだったでしょ。見直した? 


 妹がずっと頑張って、それでも何ともならない時にはお姉ちゃんが助けるモンって決まってるんだから……そうだ。倉田さんの未練を残したものが何か、ずっと考えていたんだよ。考えているうちに自分に置き換えるようになって……あたしにとってはそれは家族だった。妹を守れたんだから、その妹が大泣きしたって勝ちってことに間違いない。


 理子。

 あたしが死んだと思い込んでる。そろそろ起きないと。

 目を開けたらどんな顔するかな? 声かけたら安心してくれるかな?       

 それとも怒って何も聞いてくれなくなったりして。

 でも許してよ。わざとじゃないから。


 胸が苦しい。

 たいした傷もない。どこも痛くないのに。

 自分の胸を理子が思い切り叩いているけどそれも違う。 

 このあふれ出て来る気持ちはなんだ?

  

 分かっているのは、やれるだけやったってこと。

 そして、もう何もしてあげられない。


 そりゃあ自分が家族にした行いが、ぜんぶ正しいとは言えないけど……たぶん母と父もそうだ。だって二人には、どんなことがあっても生きていて欲しかったんだからさ。もっと他にいい方法はあったかもしれない。でもね。自分だって両親と同じようには出来たんだよな。




 ああ、そうか。

 なんで、どうして……こんな気持ちになるのか分かった。

 理子に憶えていて欲しいことが、あるんだった。

 泣くだけ泣いて、そのうち思い出してくれればいいから。

 もう誰を頼ったっていいからさ。

 忘れないで。




 あんたには、あたしが――



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