3話.要塞癖

 二日目の朝は、早々にホテルをチェックアウトし、京都への高速道路を車で走っていた。一時間走っていると、東から長い一日を告げる朝日が差し上がる。


 「皮肉ですわね」


 染毬は、冷静な口調で朝日を眺めながら、呟いた。私は、その一言が染毬との会話の中で最も人間味を、感じせざるおえなかった。


 「ん?」


 「 わたくしたちを数年間、縛りつけていた地に自らの足で再び向かっているの……ですわ」


 「京都は嫌いかい?」


 染毬が、そういう意味で言っている訳ではないことを私は知っていた。


 「そうね。京都は嫌いじゃないけれど、 あの・・建物を見るのは嫌いですわ」


 「私も同意見だ。でも、君はその無限坂 玲衣 がNBlエヌビーアイにいると考えたんだろ?」


 「ええ。その略称も久しぶりに聞くですわ。初めて、聞いた時は内視鏡検査の施設かと思ったけれど」


 私にはNBI━━非営利生物学研究所が、医療で使用されるところの内視鏡とは一切の関連性を生み出せないが、染毬のような天才にとってはそうなのかもしれない。 


 「なぁ、一応……染毬の知っている限りで無限坂 玲衣について話してくれないか?」


 無表情だった染毬の表情が露骨に嫌悪感で満ちた。しかし、瞬く間にその表情は元の無機的な さまに切り替わった。


 「……そうね。アレを一言で例えるのなら、『最も天才らしい 超能力者サイキック』ですわね」


 染毬にとっては最も妥当な例えなのかもしれないが、NBIという施設ではありふれたモノなのではないのだろうか。


 「アレは……以前の わたくしのような天才とは百八十度異なる存在かもしれない。あの試験体は、とてつもない欠点を見に宿す代わりに、全知全能という唯一無二の能力を持ち合わせているのですわ」


 「欠点?」


  染毬は、天才 らしい・・・と表現した。常人と比べて、計り知れない努力に打ち込め、生まれながらに輝く物を持つ━━それらに人間としてのステータスの殆どのベクトルが傾けられているという天才らしさ。そういうことだろうか。そう定義するのであれば、最も天才に近いのは、 現在いまの染毬自身なのではないのだろうか。


 「そう。欠点ですわ。 わたくしが命名した症状━━要塞癖でしたっけ?」


 「何で疑問形なんだ?」


 「 わたくし…………何十個も新しいモノを発見、研究して生み出したから。その都度に名前を決めていると……つい、忘れちゃうので・す・わ」


 科学者たちの万年の夢を何十個も、この生意気娘は叶えてきたというのか。人間離れした点においては、染毬もいい線行っているだろう。

 しかし、根っからの、このような可愛げのない性格だったのであれば、敵も多かったはずだ。しかし、私の知っている過去の染毬は 、 現在いまよりも表情一つ変えない、本物のアンドロイドのようだったことを私は覚えている。


 「その……要塞癖は、どんな 神経症ノイローゼなんだ」


 「よくぞ聞いてくれましたわ」


 いや、そりゃあ聞くだろう。


 「要塞癖っていうのは開放的空間を過剰に嫌い、故意に人との接触を避け、逆に狭く隔離された空間を好む傾向を持つ精神疾患ですわ。まぁ、単に狭い所が好きというわけではなく、完全に広いスペースに恐怖を感じてしまう点も特徴的と言えば、そうかもしれないですわね」


 「なぜ、くだんの少年━━玲衣はその……要塞癖になったんだ?」


 「まぁ、あくまで私の推論ですけど、全知全能が故に全ての ことわりに触れてしまったのだと考えられますわ。そして、周囲の世界との繋がりに恐れて、内面から崩壊したんじゃないかしら」


 やはり、染毬は抑揚の無い声色で淡々と説明する。


 「 わたくしたち研究者とは違い、理屈よりも先に全ての段階をすっ飛ばして あらゆる結果や既存とする概念が探究心のままに脳へと流れ込んでくるのだから、まぁ、そうなっても不思議じゃなさそうだけれど」


 「私の隣に、そんな超人がいたとはな」


 「あなたも十分なくらいに、超人な気がする。照望と玲衣、あなた達……二人だけだったのよ」


 「ん?」


 「 わたくしNBIあそこの連中が、研究をしても科学で立証できなかったのは」

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