2話.日和

 「照望さん!何で、修学旅行中の私の画像見てくれなかったんですか!」


 重たい荷物が部屋中央の低めのテーブルにどっしりと置かれた。前傾姿勢のまま私の仕事用のデスクをバンバンと叩き、可愛らしくピョンピョンと飛び跳ねて私を問いただし続ける。この少女を私は知っていた。


 敬語を使う姿は美人秘書のようにも見えなくはないが、制服姿で幼さの残る彼女を美人秘書と例えるのは いささか間違っているだろう。

 しかし、ボブの短めの髪をロングに伸ばし、化粧も上手くなったら可憐な少女はきっと、黒いスーツの似合う大人の女性だろう。私は、けばくないが方が好みなのだが、彼女に似合えばどうでもいいか。


 「聞いてますか?照望さん!私の名前…覚えてますか?」


 「忘れるわけがない。自分の名前を忘れても君の名前は忘れないさ」


 そうだ。私自身の名前なんかどうでもよくても、この目の前にいる少女の名前を忘れてしまうわけがない。

  矢子やこ日和ひより。晴れ空に産まれたような暖かい名前。つぶらな瞳を持ち、端麗な顔立ちだが少し気の強そうな雰囲気も垣間見える。


 「日和、学生寮に直帰せずに 此処ここに来るのは、あまりにも急じゃないかい?」


 「さっき、私のメッセージを見たんですよね?」


 私の前から二、三歩下がり、応接用である低めの机を挟んだ二脚の黒いニ人掛けソファの片方に勢いよく座る。それに合わせて、所々に傷のあるソファのバネが軋んだ。千客万来というわけではないにしても、事務所に近いと言えるこの部屋には来客は まれにいた。

 日和はスカートの重なりをきちんと正すと、自身の隣の座面をバンバンと叩く。『ここに座れ!』と言わんばかりに。


 「ああ、分かった。分かったから、ソファを叩かないでくれ」


 やれやれと、重たい腰を軽く持ち上げ少女の 隣席りんせきに座る。

 よくよく考えたら机を挟んだ、もう片方のソファーに座れば良いものをなぜ、 態々わざわざ広くもないニ人掛けソファに座らなければと疑問が浮かぶ。私はデスクのタブレットを持って来させられる。要するに話したいのだ。彼女は私に修学旅行での 出来事ストーリーを語り尽くしたいのだろう。


 三日間、昏睡状態だったのにも関わらず、私は日和の画像に対する 経緯いきさつを半分聞いた所で欠伸が出た。 それを見て、「照望さん。まだですよ!」と私に体を寄せて注意すると、ノンリロードマシンガンのように一生懸命に力説する。

 目を擦りながら、彼女のキラキラとした青春の一ページであるソレに相槌を打つ私に、可憐なうら若き乙女は私の顔を見て頬を膨らませた後、弾けるように笑った。

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