028.クリスマス

 翌日の昼休み。僕は昼食を食べながら新庄さんから昨日言っていた部品の不具合のことを聞いていた。

簡単に言うと、自社で製作したポットの中に清浄機で病原菌や花粉などを取り除いた空気を医療ポットの中に入れる装置のバルブが耐久試験中に誤作動を起こす確率が高く、また耐久面もあまり優れていないらしい。


「じゃあ、つまるところは急ピッチで必要スペックを満たしたバルブを作るか、外注するか、ということですか」

「ええ、そうなりますわね。ですが、わが社はバルブを専門で作っているところではありませんの。だから外注するとなると子会社の取引先などからしらみつぶしにやるしかありませんわね」


 これが示す結果は、どう頑張っても完成が遅れてしまうこと。ちょうど目の前に探し求めているレベルの部品が見つからない限り、スケジュールに遅れが出てしまう。


「とりあえず今は他の部品の耐久テストをしながら、並行してということになりますわね」

「もっと忙しくなりそうだね……」


 僕はバイトとはいえ、お互い社員をまとめる立場だからこそ表立ってマイナスなことを言えないため、ここでしか吐けないものもある。二人仲良くため息をつきながら今後どうしたものかと考えていると、こっちに珍しく西岡君がやってきた。


「あ、あの……」

「どうした?」

「い、いや! やっぱ……なんでも!」


 僕が目を合わせようと上を向いた瞬間に何かを取り繕うとしながら再び自分の席まで戻っていってしまう。いったい何がしたかったのだろうか。


  〇 〇 〇


 それからまた数日が経過した。バルブの試作品は2つできたはいいものの、やはり専門じゃないからか、どちらも一長一短といったような性能だった。そんなわけで僕と新庄さんは支社と工場とを右往左往する毎日が続いた。

 社員は残業するという日でも僕たちは学校があるため、遅くても8時には門の前に放り投げられて社員の誰かが車を出してくれる。


しかし、僕たちもどんどんと焦りが出てきてしまっていた。


 そんな12月のある日の夜。いつも通り家に帰ってきてからご飯とかを食べて自分の部屋に戻る。姉さんは僕が遅くに帰ってくるのを見てから「来年からの実習で私もあんなになるのかしらね」と独り言を言う回数が多くなった。つまるところ「お前はもうちょっとおとなしくできんのか」と言っているのだ。


 そうできたらいいんだけど、と思いながらも父さんから仕事関係もあるからと買ってもらったノーパソを開く。父さん曰く「特別ボーナス」だそうだ。


「ん……?」


 何か曲でもかけようとネットを開こうとすると、右下に1の文字が。不思議に思ってタブを開くと、そこには一通のメールが送られてきていた。そして、差出人は――西岡君だった。


「なんで僕のメールアドレス知ってるんだ?」


 実はあんまり西岡君とは喋ったことがない。というか西岡君自信があんまり人とは話さない主義だし無口だということもあったし。そんな彼が今メールを送ってくるのは何かがあったのだろう。若干背筋に嫌な感覚を走らせながらメールを開いてみると……。


『どうも、西岡です。なんか昼休みにバルブがなんとかって話を聞いて、高性能な耐久力の高いバルブの部品を作ってる会社知ってるんだけど……ほら、あんまり面と向かって言えないからこうやってメールで送らせてもらうよ』


 なんていう一文に加えて、おそらくその会社のHPと思われるサイトへのリンクが添付されていた。しかし、なんで西岡君がそんなことを知っているのかわからないが今はこういうのでもいいからしらみつぶしにやっていくしかない。


 そんなわけで、リンク先を開いてみると、きれいなアニメーションがついた企業ホームページが開く。株式会社オオイエと書かれた社名が上部の写真のところに書かれていて……どんなものを作っているかを見たらやはりバルブや金属加工だった。それにしてもちょっと聞いたことがある社名だ。住所を見てみると、四葉町の品長橋というところにあるようだった。


 ますます聞いたことがある。


『そうそう。その四葉町の品長橋ってところある株式会社オオイエってところの平塚専務って人が居るんですが、何か困ったら頼ってみてください。俺の名前を出したら相談に乗ってくれると思いますから』


 ……そうだ! 思い出した!

 僕がこの四葉町に来てから数日たって、初めて遥たちにここの話を聞かされて、大川に話を聞いてもらったときの最後に言っていた社名だ!


「だったら……大川を経由してサンプルを送ってもらうようにしよう……!」


 もしかしたら一つ希望が見えたかもしれない。僕は早速起きているであろう大川に向かってメールを出して今度はスマホで新庄さんにメールを打つ。ちょっとした高揚心を抑えながら、僕は返信を待つのだった。


  〇 〇 〇


 さらに数週間の月日がたった12月24日、クリスマス。すっかり何かしらのイベントをするならここという定番になった遥の家で、僕たちと新庄さんを含めた7人でささやかなクリスマス会が行われた。今日のために遥は一時的に退院してきたらしい。そんなことができるのかといささか疑問だったが、別によくあることだそうだ。


「今年もみんなでクリスマス迎えられたね~」

「そうね。このくらいの季節になるともう今年も終わるって思うわよね」

「そうですわね。毎年この時期になるといろんなパーティーにお呼ばれするのですが、今年はここ1つですわね」

「はえー……お嬢様となるとやっぱ大変なんだなぁ~」


 新庄さんは普段そういう面で忙しいらしいが、僕はいたってそんなこととは無縁だった。社交界なんて行ったことないし、なんなら企業のパーティーなんてものにも行ったことがない。だから幻想だとは思っていたが……年末になると関連企業とかが主催するものが多いらしい。


「お話は変わりますが、皆さんの出身ってどこですの?」

「そういえば聞いたことないなぁ……」


 というのも、四葉町は町が果たす特徴ゆえに様々な地方から人々がやってくる。だからクラスメートが北は北海道、南は沖縄の島育ちなんてことも十分あり得る。いうまでもなく、僕と新庄さんは東京生まれだが……。


「私と恵介は宮城よ。そうね~……有名なのは仙台の牛タンとかじゃないかしら?」

「確かかいちょーは岐阜だったか?」

「ああ、大垣の近くだ。それで、さっきから無言の西岡はここからだと比較的近い鳥取から大垣に来て……そして一緒にここに来た」

「ボクはね、稚内から来たんだよ~。そうそう、日本最北端のね」


 聞いてみたところ、それこそ様々な場所から集まっていた……北海道に東北、中部と山陰。ここまで故郷が違うと地方色は濃く出そうだが、実際そうでもないらしい。今では全員がしっかり広島色に染まってしまっているとか。それに全員が地元といっても病院にいることが多かったからそんな実感がないとも言っていた。


「う~ん、そろそろいい時間だね。ケーキ出しちゃう?」

「そうしましょうか。ここを使える時間も限られていますからね」

「オッケー。じゃあ持ってくるわね」


 時刻はすでに19時を回っている。遥の体調を考えたら早めに撤収した方がいいのは明らかなので、まったりしながらも少し急ぎめで。そんな時間がどんどん過ぎていった。




 頼むから、2つの針が”0”を指し示さないでほしいと願いながら。


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