022.驚いた

 楽しい楽しい夏休みが過ぎ、9月になった。感覚的には秋の初めのようなものだが、続いている暑さの猛威が収まるなんてことは一切なく、むしろ昨日の最高気温を更新するような勢いだった。

 昨日は忙しいはずの父さんが家に帰ってきて「なんとかひと段落付いたけどこれからさらに忙しくなるなぁ」とハイボールをグビグビ飲みながら言っていた。ひと段落ついたのはいいことだろうが、風呂上がりのコーヒー牛乳を飲むくらいの勢いで酒を飲むのは如何なものかと思った。


 そして、今朝。学校に行ってみれば僕の後ろになかったはずの席が1つ追加されていた。出入りが激しい学校とはいえ、このクラスでは1学期に 僕が入ってきて以来誰かが入院のために抜けたということはない。一時期遥が検査入院していたが、3日くらいで帰ってきたし。


「あの席、誰だろうねぇ~」

「確か橋本君はまだ戻ってきたいでしょ? 小野ちゃんもそうだったはずだし……見当がつかないわね」

「僕は誰が来てもわからないから……」

「だねー。でも大丈夫、ボクたちがしっかり紹介してあげるから!」


 遥に紹介されたらそれはそれで悲惨なことになりそうでちょっと不安なんだけど……と思っていた矢先、チャイムが鳴ってしまう。慌てて自分の席に戻れば、今日もしっかり頭上の蛍光灯をセルフで反射する松坂先生が現れた。相変わらず夏でもジャージ姿で暑そうだけど、頭だけは涼しそうだ。


「よーし、HR始めるぞー。気になることはわかったからまずはこれ聞け。えー、夏休みの課題、小論文は今日の放課後までに教卓に出すこと――」


 そんな各教科から夏休みの課題関連の連絡を淡々と語っていくこと1分程度。とりあえず今日は小論文と化学と保健の課題を教卓において帰ればいいことがわかったのでその時点でカバンから出しておく。そして、僕の時と同じように、先生は廊下に続くドアに向けて「入っていいぞー」という。


「はい、失礼します」


 少し高めのよくとおる声が廊下から聞こえると、一人の女子生徒が教室の中に入ってきた。どこか高貴な、お嬢様のような雰囲気が感じる女子生徒は教壇に上がりこちらを向く。それにしても、どこかで見たことがあるような気がする。


 もちろん、その予想は先生が黒板に名前を書いたことで確信に変わる。知ってる人だ。しかも――


 僕の父さんが働いている会社の、社長令嬢!


「それじゃ、自己紹介を」

「はい。新庄花音と申します。どうぞよしなに」

「よし。席は廊下側の席の一番後ろだ」

「はい、ありがとうございます先生」


 まさか、この四葉高校の、しかも同じクラスに社長令嬢が転校してくるなんて1㎜も思っていなかった僕は唖然とするしかない。ちなみに相手も僕の前を通り過ぎたときに「あら?」というような顔をしていた。過去に何度かお会いしたことがあるから覚えていてくれたのだろう。


「えー、この後の予定だが~……」


 もちろん、またいつものように1日の予定を話し始める松坂先生の言葉に集中できるわけもなく。その場で一人深く考え事をしてしまった。


  〇 〇 〇


 HRが終わり、こっちから話しかけようと後ろを向こうとしたところ、新庄さんは自分からこちらに話しかけてきてくれた。


「ごきげんよう。まさか同じクラスになるとは思いもしませんでした」

「え、ええ。僕もです。っていうか四葉町にいることすら知りませんでした」

「あら、お父様から聞きませんでしたこと? プロジェクトも最終段階に入りそうだからということでその手助けをするために私もこれからはここに通うことにしましたの」

「えぇ……確かうちの父さんは昨日帰ってくるなり”これから忙しくなる"って言ってハイボールをバカみたいに飲んでましたよ」

「あらあら……」


 最後に会ったのはいつだったか忘れたが、新庄さんは僕のイメージ通り笑顔を絶やさず少々ゆっくりした口調で話す人だった。話を聞けば、なんでも社長直々に父さんがやっているプロジェクトを視察して開発に協力しろと言われてこっちに来たんだとか。社長令嬢ってそんなこともしないといけないのか……。


 そんなことを喋っていたら、ずっとこっちを見ていた遥と峰岸さんが歩いてきた。


「五十嵐君、えーっと……新庄さん? と知り合いだったんだ」

「うん。偶然だけどね」

「へぇ~……そんなこともあるもんなんだねぇ~」


 多分ここに来ること自体は数か月以上前から決まっていただろうからそこを考慮すれば偶然じゃないんだろうけど、同じクラスになったのは完全に偶々、だったのかもしれない。

 そういえば遥たちにはまだ何も紹介していなかった気がするので、しようと思った矢先――どこかで噂を聞きつけたのであろう恵介がクラスの後ろのドアを勢いよく開け放っていた。


「おい、ここに美人の転校生が来たって聞いたんだけどよ! どこだ!?」

「え、えーっと……」

「恵介ぇ……あんた、もうちょっと空気読むとかできないわけ?」

「そんなことは知らん! それで転校生って誰だ!?」


 相も変わらず元気な恵介はクラス中をグルグルと見回して「どこにもいねぇじゃん」というような顔をするので、僕はしょうがなく目線で「目の前にいる」と教えておく。


「ん? ああ、目の前にいたのか……って! 周防大島にいたあのザ・お嬢様じゃねーか!」

「は、はぁ……?」

「言われてみれば確かにあの時に見かけた人に似てるわねぇ」

「え、そなの?」


 なんでも、恵介が言うには夏休みに周防大島に行ったとき、偶然ビーチで新庄さんがSPみたいな人を引き連れて、日傘をさしながら浜辺を歩いているところを目撃していたらしい。


「確かに仰る日にちに私も周防大島にはいましたけれど……」

「マジすか」

「こちらに越してきて、どこか景色がきれいなところに行こうと思い相談したら周防大島に連れて行っていただいたのですわ」

「そうでしたか……」


 ものすごい偶然も重なるもんだとは思いつつ、オーバーリアクションを連発して騒がしい恵介をなだめていく。もちろんそんなことをしていれば15分くらいしかない休憩時間もすぐ終わってしまうわけで。放課後にまた集合することを決めてその場はお開きになった。


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