009.部屋の中には

 その日の放課後。僕は普段の下校路とは違う道を進んでいた。理由はもちろん高2男子生徒の学生マンションにある西岡君の部屋に行くためだ。やる気になった峰岸さんと高畠さんに強制連行されて校門にやってきた会長はとっても困ってたけど……。

 6人という大人数で移動しているためか、下校中の同級生や地域の人たちからの視線も多い気がする。ただ僕たちは……というより女性陣に対してだろう。男子生徒の学生マンションと女子の学生マンションは正反対の方向だから放課後に女子生徒がこっちに来ているからか。


 恵介の行きつけだという弁当屋さんの角を左に曲がり、郵便局の正面の道を2分ほど進むとこの前行った女子の学生マンションと同じような構造物が見えてきた。正直言って学生マンションは全て同じ外見してるからどれがどのマンションか見分け付かない……。


「そういえばにっしーの部屋行くの初めてだ~」

「にっしーって……ちなみに私も初めて」

「実は俺も……」

「なんだ、この中で西岡の部屋に行ったことあるのは私だけか」


 いつの間にか話は西岡君の部屋に行ったことがあるかどうかという話になっていたようだ。へぇ……この中だと会長だけ行ったことあるんだ……いや、なんで!?

 それがいかに異常なことであるかを示すように、恵介・峰岸さん・高畠さんの3人は会長の方を見て固まっている。

 僕を含めた4人の視線を浴びた会長はさっと視線をそらして「おかしいか?」と聞いてくる。


「せいぜい5回くらいだぞ……中に入ったのは」

「「「「それでも多い!」」」」

「いや、要件のほとんどは惣菜のお裾分けなんだが……」

「「それはただただ羨ましい!」」

「それに私と西岡は同じ病院出身だから……まあ腐れ縁みたいなものだ」

「「「だったら納得!」」」


 いやそこ納得するんかい……あと惣菜のお裾分けで若干2名くらいめっちゃ羨ましがってるやん。会長の料理は美味しいのはさっき聞いたけど、そんなにですか?


「そりゃあ奏ちゃんの料理だもん!」

「美味しさも満足度も茜屋と同レベルかそれ以上ね」

「悪いがあれを持ってきてもらえるとか羨ましすぎる」


 なるほど……恵介までが虜になるのならばそれは本物なんだろうなぁ……。それに料理ができる(というかできた)高畠さんのお墨付きらしいし。


「奏ちゃんの料理の腕と私を比べたら、私はおままごとレベルだよ!?」

「はっはっは、身長的にその比喩合ってんじゃねぇの?」

「…………これの虜にもなってくれるみたいだね!」

「や、ちょっと今のはじょうだ……いだだだだだだだ!!」


 おそらく言ってはいけないことを口にしてしまったらしい恵介は、マンションのエントランスで高畠さんに関節をキメられて苦しんでいた……。もちろん助ける者は居なかったという。


  〇 〇 〇


 西岡君の部屋は学生マンションの7階……上から2番目の部屋の角部屋だった。確か恵介の部屋が角部屋じゃない513号室だったかな? 角部屋だから間取りが違うのかは気になる。


「ど、どうぞ……」

「お、お邪魔します……」


 西岡君は通学用のバッグから部屋の鍵を出すと、ドアを開けて僕たちを部屋の中に招き入れる。西岡君に続くように高畠さんも恐る恐る中へ入っていく。

 そこら辺のアパートよりもやや広い玄関で靴を脱ぎ、僕も中に入る。玄関の靴箱の上のスペースは、観葉植物の入った鉢が占領していて、そこの下に申し訳ない程度の鍵置き場がある。角部屋だが、廊下は特に他の部屋とかわっているところはなく、トイレや風呂場などの位置も変わっていなかった。


「へ~……すごい」

「他の部屋と内装は全部同じなのか」


 既にリビングに行った高畠さんと恵介がそんな感想を漏らしているのを聞きながら、僕もリビングに入ってみて、彼らの感想にも納得する。外側に窓があるわけでもなく、特に広いというわけでもない。間取りも全て同じだ。

 部屋の中央付近には少し小さい4人用のうぐいす色のソファーと芝マット、そこに小さな机があり、壁には液晶テレビが鎮座している。奥のスペースにはパソコンが置かれた机があり、その横には少し大きめの棚がある。ソファーとカーペット以外黒めの色の家具で構成され、そこに間接照明を入れた部屋はどこか高級マンションのような雰囲気を醸し出している。


「なるほど、この棚に資料が入ってるのねぇ~」

「う、うん……その中に、今まで受けたやつが、全部、入ってる」


 棚を見ると、下の段に青いファイルにたくさんの紙が束ねてある。西岡君によると、その中にあるのは全てが今まで受けた相談のメモや報告書らしく、受けた人の名前や症状、悩み事などに細かく分けて保存しているんだとか。ちなみに今までどれがどれだか忘れたことはないという。

 そしてその上は……。


「これは……なんだ?」

「それは、僕の好きな作品のフィギュア」


 そう西岡君が自慢げに話しながら向ける視線の先には3段くらいにわけてフィギュアが飾られていた。かなり作りこまれたプラモデルもあれば、コンパクトサイズでかわいいものもたくさん置かれている。

わかるのは、1段ごとに違う作品のが展示されているということくらい。


「……これは?」

「それは師匠のラーハルト、それでこっちが弟子で魔女のタリア」

「……こっちは?」

「こっちはこの作品……結構泥沼展開だけど、面白い」


 そういいながら原作であるらしいライトノベルを手に取り熱弁を始める西岡君。こんなにしゃべっているのは珍しいらしく、恵介も少し驚いている。西岡君はどうもこういうのを熱弁するタイプらしい……初めて知った。


「この作品で、有名なのが、この道標。今度立体物出るらしい」

「よくよく見たらまた3~4体増えてるわね……」

「というかこんなにどこで買ってきたんだ? ここら辺に本屋はあってもアニメショップとかないだろ。広島にもあんまないしさ」


 言われてみれば。この街に古本屋とかはあるけどアニメショップとかあるとは聞いたことがない。商店街の駅前側、八百屋の隣に本屋があるくらいで、フィギュアとか売ってはいなかったはず。しかも会長によると前回来た時からさらに増えたらしい……。


「え、え~っと、アマゾンでとってきた……」

「アマゾン!? アマゾンにはフィギュアが生えてんの!?」

「い、いやそっちじゃなくて……通販サイトの……」

「あ、そっちか」


 なるほど……学生マンションでも別に通販とかを頼んでもいいんだ。例えばあのUb〇r eatsとかもできるらしい。学生マンションって寮と同じ感じって聞いてたからもうちょっと規律厳しいのかとてっきり。

 高畠さんが天然ボケをかましてみんながやれやれと意気消沈している間に、西岡君は僕たちに飲み物を持ってきてくれた。ジュース類が多い……ソルティライチとかコーラとかサイダーとか……。どうもMMOゲームとかをやっている最中に無意識に甘いものを飲んだりするらしく、そのために常備しているんだとか。


「……せっかく来たんだ、せめて皿洗いとかそういうのはさせて貰おう」

「そういえば洗い物溜まってるみたいだし。お世話になるならそれくらいはしないとね」

「い、いやいいから……あとで自分で……」

「フライパンに油張ってるってことは、昨日はフライドポテトでも作ったんだろう? 残ってるならあとで出してくれ」


 言われてみれば、シンクにパッドとか油切りとかが水を張ったままで放置されている。どうやら昨日の夕食は揚げ物を作ったらしい。本人曰く適当な具材にパン粉とかつけて油で揚げればたいてい美味しいものになるらしい。本当は今日帰ってきてからそのまま洗うつもりだったらしい。


「じゃがいもの皮もそのまま置いておくな……肥料に使うんだろう?」

「わ、わかった……」

「洗浄機は使わせてもらうぞ」

「う、うん」


 早くも西岡君の世話を焼き始めた会長を見て、僕たちはやれやれとため息をつく。峰岸さんのところにもたまに現れては同じことをしていくらしい。


「こうなることはわかってたんだけどねぇ~」

「案の定?」

「これは友情?」

「そういう感情?」

「という名の愛情?」

「それは哀情?」

「だったら鬱情」

「はいはいはい、翔と恵介は言葉遊びしない!」


 あ、ついいつもの癖で……。


「不安だなぁ……」


 その一言が、この先の苦難を暗示しているような感じがしたのを僕たちはまだ知らなかった。



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