003.勘違い?

 広島県四葉町。全国的に名が通っていないこの町は人口が約3000人弱というかなり小さい町で、町の中には駅が1つ。山陽本線の上四葉という幹線としては珍しい無人駅だけ。だが、そうとうな田舎だと思ってもらっては困る。

 町には500床以上の病床を誇る四葉中央病院、ないものはなくなんでも揃うらしい駅前のアーケード商店街、山付近にはレジャー施設に動物園、海には海水浴場、ゲーセンもドでかいのが中心部にある。

 住宅地から少し離れればイ〇ンと家電量販店が一体となった郊外大型ショッピングモールまで存在する、それはそれは便利なところだ。


 そんなところに僕は家族と一緒に移住した。これからはここの高校に通い、この街で育ち、この街が大人になっても帰ってくる場所になるだろう。

 東京の友達は僕のことを惜しんでくれた。だけど「広島なら日本じゃん。今度みんなで遊びに行くわ」と言ってくれた。確かにこの時代は広島まで新幹線で4時間とかからない。来ようと思えば来れる場所なのだ。

 そんな事実がわかり、スマホという文明があれば連絡を取れるとも思った僕は幾分か気が楽になり、冒険をする少年のような好奇心を持って訪れることができた。


「ふぅ……車で来るにはちょっと遠かったなぁ」

「いや、そりゃあそうでしょ……」


 僕たち家族は二手にわかれて移動した。姉さんとある程度交通網がわかるだろう僕が新幹線で。両親は引っ越し業者が運んでくれる荷物以外のものを自家用車に詰め込んで。僕たちが指定席のリクライニングを倒して楽々移動している間、父さんたちは高速で渋滞に巻き込まれて酷い目にあっていたらしい。

 ちなみにどうしても到着時間がずれるため、僕たちは広島観光までしてしまった。今度しっかりと休んでもらえるように家事でもしようと心に誓った。


 〇 〇 〇


 とりあえず1日目は広島のホテルに宿泊し、翌日改めて二手に分かれて新居に移動した。

 新しい家は町内唯一の駅、上四葉駅から歩いて10分、近くに大型スーパーやファミレスがあるような立地だった。父さんの職場もここから車で5分ほどらしい、

 そういえば来る前に駅の時刻表を見たけど、日中は1時間に2本ほどと冗談かとも思うくらい本数が少なかった。しかも4両という短い編成だし。その代わり転換クロスシートとは気前がいい。


 姉さんは広島市内のアパートには住まず新居から大学に通うかそれとも1か月はアパートで暮らしてみるかで家族の意見が分かれたり、新しく家具を購入したら玄関から搬入できなかったりと中々忙しい時間を過ごしていたらあっという間に高校2年生の始まりの日、すなわち新年度の1学期の始業式の日になった。


 僕がこれから通うことになる広島県立四葉高校は男女ともに制服はブレザー。色は緑。なんかネクタイも緑だった……。


 家から学校までは特に公共交通機関を利用せずに歩きで10分程度で正門まで行くことができた。事前に父さんに車を出してもらって登校路は覚えておいたから、転校初日から遅刻して地図を見ながら市内を徘徊ということにはならずに済んだ。そうなる人は居ないと思うけど。


「え~っと、ここどこだ? たぶんこっちが北なんだろうけど。いや、こっちが北か?」


 なんて思ってた矢先、家から6分くらい歩いた国道の交差点で1人の男性がが紙に書かれた簡易の地図を持って頭を抱えていた。

 しかし彼、僕と同じ四葉高校の制服を着ている。転校生なのか、それとも入学式の日にちを1日間違えてやってきた高校1年生なのか判断はつかないけど……ひとまず助けることにした。


「あの~、大丈夫ですか?」

「え? いや、それが大丈夫じゃないんだよ。この街のどっかに四葉高校っていう高校があって……あ、こういう制服なんだけど……ってお前その制服! 助かった、四葉高校の生徒か!」

「あ、うん。一応」

「あ~助かったぁ。復帰早々わからなくなりましたじゃあ済まなかったからなぁ」

「え~っと、実は僕転校生で今日がこの高校で初めての日なんだけど……」


 確かにこの前手続きをして正式に四葉高校の生徒になったが、僕は転校したてで今日が初登校日。だから生徒は生徒でも新米生徒ということを伝えたら、彼は今度こそ終わったという顔をした。


「なんだぁ……転校生かぁ……ハハハ、そりゃあ道わかるわけねぇわな……悪いなとっかかって」

「い、いや。僕はこの前手続きしに行ったから道はわかるけど」

「本当かッ!?」


 僕が道を知っていると教えるや否や、彼は思いっきり食いついてきた。その顔はまさに遅刻をギリギリでかわした学生そのものだ。

 というかさっき復帰って言ってたな……じゃあなんらかの事情で一時期だけ学校には通ってなかったのだろう。こちらも転校したのに理由があるし彼にも彼の理由があるんだろうから深く探らないことにしておこう。


「そういえばお前何年生だ?」

「え~っと、高2だけど?」

「マジか! 俺も高2なんだ。名前は鳴海恵介。組はどこになるかわからねぇけど、よろしく」

「僕は五十嵐翔。よろしく」


 ああ、じゃあ翔って呼ぶわと言いながら信号が青になった交差点を恵介は渡ろうとするが……。


「あの~、学校はこの国道をあっちに進んだ方なんだけど」

「え? マジ?」


 その声に反応して戻ってきた恵介とともに、短いようでちょっと距離がある残りの登校路を歩いていく。


「しかし、この高校に新学期で転校か~」

「珍しいの?」


 目を閉じてどこか懐かしそうにいう恵介。別に4月に転校とかは親の仕事の関係上とかで特に珍しいものではないのだろうけど。


「いや、この高校はしょっちゅう転校生はやってくるからな。特に珍しいことなんかじゃない。問題は”どうして”ここに転校してきたか、だ」

「どういうことだ?」


 そりゃあ親の転勤の影響なんだけど……そう言おうと口を開けようとしたが。恵介はさっきまでよりずっと真面目な顔で俺に質問を投げてきた。


「お前、どこが”ダメ”なんだ?」

「え?」

「いや、だから。体のどこがダメなんだ?」

「いや、毎回健康診断では異常なしって出るけど? 特に視力に問題とかないし」


 なんもない健康体ってことを伝えれると、恵介は少しだけ考えてから「ああ、そういうことか」という顔をしてから、笑いながら。


「悪りぃ、今のは忘れてくれ」


 と言ってきた。

 僕は今のがどういう意味なのかわからなかった。転校にどうして人体の疾患が関わってくるのだろうか。その答え合わせはすぐに起きるとはまだ想像もしなかっただろう。

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