第三波前夜 ①

□ 四十一歳 冬① その1




 子ども相談総合窓口の受付カウンターに縋ったまま、私は動けなくなっていた。右足の痺れが治らない。長い間足を組んだままの姿勢でぼんやりしていたからだ、絶対。

 お気に入りの変形フレアの巻きスカートは普段は重みを感じない。歩くたびに不規則に揺れる裾が可愛くて、冬になって履くのをとても楽しみにしていた。しかし、今はまるで腰縄のように苦しく重い。さらに上半身の薄手のニットも、毛がチクチクするのが急に気になってきて、脱ぎ捨ててしまいたいような気になる。

「先生、じゃ、俺帰るね」

 感染症担当主査が私を横目に帰って行く。ハッとして壁掛け時計を見上げたら、二十時四十七分。もうそんな時間だったのか。

 カウンターに張り付いたまま、主査の後ろ姿を見送る。相変わらずおしゃれだ。休日出勤の日の彼の服装チェックするのが密かな楽しみなのだが、そういえば今日は主査が当番だったなぁ、と思い出して、つい首を捻った。そういえば、今日、主査と何か喋っただろうか?

 よくよく思い出してみるが、今日一日自分が何をして何を話して何を考えていたのか全く思い出せない。

「先生、最後に聞きたいでーす」

 後ろから本日のリーダー保健師に声をかけられて、やっと私はカウンターから離れた。

「何?」

「他都市依頼なんですけどぉ、この人達、検査いつにしますぅ?」

 どきん、と心臓が跳ねた。胃がぎゅっとして、思わず摩る。今の私は冷静を保っているように見えるだろうか。

「最終接触日、いつ?」

 十一月二十七日。分かっているが時間稼ぎに尋ねる。

「十一月、えーっと二十七日、ですかね。ってか先生、メール先に見てから私達のフォルダに格納して下さいよ」

「ごめんなさい、あまりにメール多くて覚えていられないから・・・二十七日ね、だったら四日にしとこうか」

「先生、四日って昨日ですよ」

「あ・・・」

「もう、しっかりして下さい。明日、医療機関調整するでイイですね」

「・・・うん」

 今日の私はめちゃくちゃだ。もう駄目、帰ろう。


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