第50話 船に乗ろう

 それから数日は、もっぱら金稼ぎに奔走した。ここは大きな港があるため他の大陸との交易が盛んらしく、品を陸にあげたり船に乗せたりといった仕事が多かった。


 一つ一つの儲けは少ない。だが、結構あっさりとできるので結果的に身入りはよかった。


「ん……よいしょ、と」

「おー、ありがとうな。それで終わりだ」


 ずっしりと重い木箱を石畳の上に下ろすと、筋骨隆々な男から水筒を手渡される。俺はそれをぐっと一気飲みして、息を吐きながらどかっと道端に座り込んだ。


 力仕事はあまり得意でもないのだが、意外となんとかなった。しばらく旅をしているおかげで力がついたのだろうか。


 依頼主と少し話をしてから、ギルドに戻って報酬を受け取る。今日はこれで終わりなので、すぐ宿に戻った。


「あ、おかえりなさい」


 一足先に帰っていたアスカに出迎えられる。テーブルの上には食べかけのサンドイッチが置いてあった。


「食堂で買ってきたのか。俺も腹減ったし、食べてくるわ」

「あの、それなんですけど……」

「どうした?」

「じ、実は買いすぎちゃったので、もうお腹いっぱいなんです」


 だからあげます、と言って差し出される。気を遣ってくれているだけで本当は足りてないんじゃないか、とも思ったが、どうやら本当に食べきれないらしいのでありがたくもらった。


 挟んであるのは柔らかい肉とシャキシャキのレタス。ピリ辛の味付けで、引き締まった味わいだった。


 ……そうだ、ひとつ聞いておきたいことが。


「明日さ、俺とニアと宿のカウンターの子、アズっていう名前だったかな……その三人で海に出るんだけどさ。アスカはどうする?」

「え、いつの間にそんな予定を?」


 目を丸くするアスカ。俺はサンドイッチを齧りながら話を続けた。


「実は昨晩彼と話す機会があって、そのとき彼が船を操縦できるって知ったんだよ。船も持っているからそれに乗せてくれるって言うんで、じゃあニアと一緒に乗せてもらおうってことになったんだけど」

「レジーナさんはどうするんです?」

「あの鳥のご機嫌取りがあるから無理だって言ってた」


 ぶっちゃけ何で叩き起こして引っ張り回してるのかわからないんだよな、あいつ。

 荷物持ちが必要と感じたこともないし、そこまで楽しんでいる風でもないし。あと隙を見ては俺の脇に顔押し付けてくるし。


 レジーナは解放する気がなさそうだが、その意図を聞いても答えてくれない。多分何かあるんだろうが、今の俺にはわからなかった。


「一回船に乗ってみたかったので、私も着いていきます!」

「オッケー、アズに伝えておく」


 最後の一口を口に放り込み、立ち上がる。皿を返すついでにアズと話をしておこうか。


 食堂を通って厨房の入り口に顔を出すと、ちょうどアズが出てくるところだった。皿を渡して、アスカの同行を伝える。


 後一人ぐらいなら問題ないと最初に聞いていたので、問題なく了承してもらった。その後は必要なものなどを教わってから別れ、すぐに部屋に戻る。


 ニアたちが帰ってくるまで、昨日買った魔法の本を読んで勉強をする。才能がある訳じゃないからなかなか難しいが、一度コツを掴めば次からは問題ない。


「【水球】」


 窓の外に両手を突き出して唱える。掌の先に温かいものが集まって、次第に透明な球体が出来上がった。


 それはしばらく空中でとどまった後、ふっと下に落ちていった。


 ……知識としては散々教え込まれていたが、実際に使ってみるとすごく楽しい。学び続ければ何でも簡単にできてしまうのではないかとすら思える。


 俺が事故に遭ったのは本格的に魔法を実践する直前だったから、きっと今ごろクラスメイトも魔法を扱えるようになっているんだろうな。先生がついている分、向こうのほうが俺より色々覚えているかもしれない。


 もし再会することがあれば、その時はあいつらよりすごい魔法を扱えるようになっていたいな。窓の外の青空を眺めながら、俺は頬杖をついて空想した。


     🐉


 次の日、俺たちは日も昇らぬうちに宿を出た。


 まだレジーナすら寝ている時間だ。正直眠くて仕方がない。だが、アズが「この時間に出たい」と言うので頑張って起きた。


「ふああ……空が黒いですね……」

「ごめんなさい、ちょっと事情があってこの時間じゃないとダメなんです」


 揺れる船の上で寝ぼけ眼を擦るアスカに、操舵室からしきりに頭を下げるアズ。俺は甲板に仁王立ちして潮風を浴び、ニアはその隣で座り込んでいた。


「……乗せてもらったのはいいけど、ちょっときついかも……」

「ヤバそうだったら飛んでいたら?」

「それじゃ乗ってる意味がないじゃない……」


 ニアの顔色はあまり優れない。早起きしたのもそうだが、船の揺れが強烈で酔っているそうだ。


 今、俺たちの乗る船は桟橋を離れようとしているところだ。船は左右に大きく揺れて、波の音が大きく響く。


 ぶっちゃけると、俺もそこまで余裕ではない。カッコつけて仁王立ちしているのはいいが、何となく胃がムカムカするのだ。多分陸が手のひらサイズになる頃にはぶっ倒れている気がする。


「すごいです! ぐんぐん進んでますよ!」


 興奮してはしゃいでいるアスカは全く気持ち悪くなっていなさそうだ。ちょっとだけ羨ましい。


     🐉


「…………うう」


 船が出てからおおよそ1時間が経った頃。


 赤く染まり出した東の空を目の端に収めながら、俺はうずくまってえずいていた。


 途中、もしかしたら耐えられるんじゃないかと思ったりもしたのだけど……ニアもろともダウンだ。


「大丈夫、ですか?」

「……お花畑が見えるわ」


 俺よりニアの方が重症かもしれない。


 船を止めたアズに看病してもらいながら、ニアはぼんやりと空を見上げている。


「アズくんはすごいわね……クロノよりずっとしっかりしてる」

「ちょっと、それひどくないか。まあ、間違っちゃいないんだけど……」

「あ、ありがとうございます。お母さんにはまだまだだって言われているんですけどね」


 お恥ずかしいです、と照れて後頭部をかくアズを見て、穏やかな笑みが浮かぶ。


 が、しかし。


「もう十六になるのに、あの体たらくですからね……ハハ……」

「そうか十六……十六?」


 ちょっと待て、どういうことだ。


「十六っていうのは、何? 何の数字」

「え? 年齢ですけど……それがどうかしましたか?」

「いやいや、どこからどう見ても十六歳とは思えないぞ」

「それはよく言われますね」

「……本当に、冗談じゃないのか?」

「やだなあ、冗談なんか言うことじゃないですよ」


 俺は絶句した。今のアズの発言は初対面のアレと同等の破壊力だ。


 ……俺の半分くらいの身長で、声も高くて、言動も幼さが残るアズが、十六歳だって?

 

「どういうことなの……」


 呆然とつぶやくニアの声が、波の音に流されて消えた。


「まだ八歳と言われても納得してしまいそうなのに、その倍なんて……」

「そ、そんなに落ち着きないですか?」

「ああ違うの、そう言う意味じゃなくって」


 ちょっと落ち込むアズにニアがあわててフォローを入れる。俺はその声を聞きながら立ち上がり、甲板に寝転がった。

 アスカも大概同年代には見えないのだが、アズはそれ以上だ。ずっと年下だとばかり思っていたのだが……。

 こんな幼い子が受付を任されるなんて不思議な話だと思っていたので、実年齢を聞いて腑に落ちた。十六歳なら任されてもおかしくない。

 船は相変わらず波に揺られている。吐き気も少しずつ引いてきたので、そろそろ海を見ようかと立ちあがり──


 ──ガコンッ!!


「うおっ!?」


 船が転覆しそうなほどの衝撃に、足を取られて転んだ。

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