虚構が覆う

蓬葉 yomoginoha

虚構が覆う

 天上、白く清らかに月が輝く。草叢には霜が降り、月光に照らされ淡く発光している。


 …………


 丈の長い草木の中、眼光鋭く潜むもの。その瞳が、いや、彼のその瞳が捉えるは、長い隊列をなして進むひとの群れである。


 …………

 

 隊の半ば、鹿毛かげなる太い身体の立派な馬に騎乗し、伴のものよりも一層鮮やかな官人服に身を包んだ者が目に入る。じわりと彼の理性の内に狂気が宿った。

 息をひそめて時を待つ。牙をむき出しにしてその時を。

 初冬の冷たい風が草木を揺らす。のそりのそり、その馬が目の前に来た。


 行けっ! 喰らえ!


 心の内の叫びに従って、彼は草叢くさむらからおどり出た。

 一瞬の騒然、飛びかかった彼は、はっと息を吞んだ。

 予測していたかの如く素早く馬にむち打ち、攻撃を避けたその男は、絶対にここを通るはずのない人物だったからだ。

「李徴子よ……」

 その男、袁傪えんさんは、軽蔑するような、あわれむような瞳で彼を見つめていた。



 男と獣はしばもくして対峙していた。伴の者どもも固唾かたずをのんで両者を見つめている。

「言った、はずだが」 

 先に口を開いたのは獣の方だった。

「帰途には決してこのみちを通らないでほしい、と」

 往路、彼との別れ際の言葉を思い出して、袁傪は数度頷いた。

「確かに記憶している。しかし、私には確信があったのだ」

「確信だと」

「君が野性にって、私を故人ともと認めずに襲い掛かるなどということがないということを」

 獣はわずかに後ずさった。それは獲物を目の前にした猛獣には程遠い仕草であった。

 袁傪は鋭い眼光を獣にむけて吐き捨てるように言った。


「李徴、君は嘘を吐いたな」

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