未熟な女神様が人を死なせてしまったので、異世界転生して責任とる物語

未熟な女神様の転生作業

　その個体用の特殊な空間は、全て真っ白な広大な場所であった。

　そして未熟な神は、自分の体を相転移させ背中から羽根の生えた少女の姿となった。これで二人の遺体に触れることができる。

「可愛そうなことをしちゃったわね」

　少女の形となった未熟な神は、優しく二人の体に触れる。

　男性は全身の至るところが裂けてドクドクと流血し、手足があらぬ方向に曲がっていた。

　女性の方はさらに酷く、下半身が蒸発して生焼けの腸がもれだし、上半身は焼け焦げ赤黒い塊になっている。しかし、頭部は辛うじて形をとどめていた。

　未熟な神が助手席側に接触してしまったため、女性はこんな惨いことになってしまったのだろう。

「せめてもの償いよ、蘇らせてあげる」

　不条理に死なせてしまったのだから、蘇生させるのは当然の罪ほろぼしと言える。

「でも、転生させた方がいいのかな？」

　ふと、彼女はあることを思い出した。

　それは、神々には、ある種の仕来たりがあること。

　その内容は、死した者に力を授けてファンタジー的な世界に送り出すと言うもの。

　すべては全能神から聞かされたことだが、神々にはそのような習慣があると言うのだ。

『最近の若者は、そういったことを好む』

　とは言っていたが、その詳しい理由は分からない。

　そもそも彼女は、全能神以外の神については何も知らず、会ったこともない。

　ただ、存在していると聞かされただけである。

「もう、細かいことはいいか。私なりにやってみる。それで怒られたら、仕方ない。後々に後悔しないように」

　未熟な女神は前向きに、そう言って決意をかためた。

　色々と考えていても、仕方ないと思ったのだろう。

　転生処理について少々の知識はあるが、完璧とは程遠い。それに実際やるのは今回が初めて。

　ゆえに精密かつ慎重に行わなければならない。未熟な女神は、そう思うのであった。

　転生処理に誤りがあると、人格が変貌したりすることがあるためだ。

　特に能力を授ける作業で下手なことをすると、とんでもない転生者を生みだしてしまうらしい。

　転生者への能力の付与は、転生者の肉体に生物や無生物などの物質や情報を量子レベルで組み込むことで行われる。

　そうすることで転生者は、組み込まれた物質の能力を獲得できるのだ。

　だが、それに関しては失敗談も多いと聞いている……。

　――曰く、転生者の顔に無数の剃刀を埋め込んだら、顔面凶器になった。

　――曰く、脳ミソと睾丸（キンタマ）にユン○ルなる栄養剤を注射した転生者は、雌と分かれば豚だろうが女王だろうが魔王だろうが、全ての女達を犯しつくす絶倫魔人（まじん）とかした。

　――曰く、ケシの実を組み込んだ転生者は、全身から放つ依存物質で現地人を虜（とりこ）にし、世界の支配者となった。

　――曰く、癌細胞の機能と風船型怪生物の細胞構造を取り込ませた転生者は、生物や有機物やエネルギー等を補食して肥大し続け世界を飲み込む肉の塊になりはてた。

　処理や能力の付与に誤りがあると、転生先の崩壊につながりかねないのだ。

　そして未熟な神は深呼吸すると、作業を開始した。

　まず男性の遺体から血が染み込んだ服を脱がし始める。

　すると、ズボンのポケットから何かが落ちた。

「スマホか……そうだ、これは持たせて送ってあげよう。情報収集には役立つはずだから、むこうの世界でも使えるようにしてあげる」

　そう言って彼女は、スマートフォンを遺体の横に置いた。

　そして男性の遺体から衣類を全部脱がし終えると、遺体をうつ伏せにする。

　すると未熟な神は、どこからともなく毛抜きのような道具を取り出して、男性の毛髪を抜き始めた。

　途中でちぎれないように、毛根から綺麗に抜いていく。

　未熟とは言え彼女は女神、ものすごい速さで毛髪を正確に抜き、たちまちに遺体はツルツルの坊主頭とかした。

　そして抜き取った髪の毛を一束にまとめ、それを泡のような膜で包み宙に浮遊させた。

「さあ、精密かつ慎重にいくわよ。まずは分解してと」

　そう言って未熟な神は、銀色に輝くメスを取り出した。

　先程から彼女は、どこからともなく道具を取り出しているが、手元に道具を転送させているのである。

　各道具類は、この特殊な空間の別の部屋に置いてある。　

　女神は、ゆっくりと慎重に銀色のメスを男性の頭部に近づける。

「まずは、脳髄の摘出」

　そう言って、男性の丸坊主の頭にメスを入れた。

　まるで、紙切れのように頭皮が切られていく。

　神の扱うメスは、大半のものを抵抗なく切れるうえに、血糊もつかず、切れ味もおちることがない神秘のごとき器具である。

　男性の前頭部と後頭部の頭皮を引き剥がして、頭蓋をあらわにする。

　そして、固い頭蓋にメスを入れた。骨さえも抵抗なく切られ、脳髄を保護する頭蓋骨も開かれた。

　頭蓋が外されると、赤い豆腐のような大脳皮質が姿を現す

「記憶を探らせてねぇ」

　そう言うと女神は、可愛らしい小さな舌で大脳の表面を舐め回した。プヨプヨした舌触りである。

　こうすることで、男性の記憶を探っているのだ。

「……そうか、彼女と夜景を見に行こうとしていたんだね」

　女神は女性の遺体に目を向ける。

　二人は交際しており、夜景を見るために山道を走っていたのだ。

「ゴメンね、二人とも」

　女神は髄液と血液で濡れた口元を拭い、作業を再開した。

　男性の頭部から脳髄を摘出し、右脳、左脳、小脳、下垂体、延髄、全てバラバラに分けて、それをさきほどの髪の毛と同様に宙に浮遊させる。眼球も抜き取って、宙に浮かせた。　

　そして男性の後頭部辺りから尻に向けて一直線に切り下ろし、背中側から慎重に全身の皮を剥がしとる。

　男性は赤い筋繊維と白い腱と黄色い脂肪組織だけになった。

　それから、慎重に脂肪組織を削ぎ落とし、筋繊維と腱を骨格から切りはなす。切り取ったそれらも、宙に浮かばせた。

　フワフワと、いくつもの生体組織が空中を漂う。

　これで男性に残っているのは骨格と臓腑だけである。

　今度は骨格の中から、胃や小腸や大腸などの消化器を掴みだした、その長さは七メートルにもなる。

　そして、その長々とした器官を切り開いていく。

　胃袋から、胃液が混ざった黄色いドロドロとした消化仕掛けの物があふれでてきた。

「臭い。ディナーは、パスタとサラダとワインだったみたい。飲酒運転は、ダメだよ」

　そして消化器を下っていくにつれ、内容物は半固形状になり、最後には濃い茶色の固体が出てきた。

　女神は、切り開いたその消化器を聖水で満たした大きな容器の中に入れて、洗濯するように揉みあげる。

　聖水には細胞を活性化させる作用があり、死んだ細胞も復活する。

　そのため浸された内臓は瑞々しい色合いになり、生気に満ちた綺麗なものとなった。

　これも当然のように、宙に浮かされ、他の生体組織と仲良く浮遊する。

　そして、肺や肝臓など他の臓器も抜き取られ、男性の体はバラバラに分解されしつくした。

　宙にいくつもの、臓器、筋肉、骨などが漂っている。

　ものの数十分で、男は解体されてしまったのだ。

　男性の血液や体液などで、びっしょりになった女神は女性の分解を始める前に、とある物を準備した。

　それは、神工（じんこう）の骨格や筋肉や臓器であった。

　神工とは言え、機械的な物ではなく、強靭な生命体の細胞を培養して拵えたもの。

　彼女はこれを男性に組み込んで、サービスとして超人的な身体能力を与えようとしているのだ。

「よし、男の方はこれでいいかな。……ああ、あとスマホ」

　女神は思い出したかのように声をあげ、床においておいた男性のスマートフォンを手にして、それも分解し始める。

　ピンセットやハンダゴテを使って基板から電子部品を凄い速さで外し、各部品を宙に浮遊させる。

　そしてスマートフォンの分解を終えた女神は、女性の遺体に目を向けてじっくりと観察した。

「頭以外、使い物にならないかも。何か修復材が必要ね、えーとたしか……」

　そう言ってワームホールを形成すると、その中からズルリと一匹のオークの遺体が産み出されるように現れて床に落下した。

　とある世界で回収したオークの遺体で、何かの被験用にと取っておいたものである。

　このオークの生体組織を、女性の修復材に使おうと考えたのだ。人間もオークも水分と蛋白質で構成されているため、多少構造をいじくれば十分に修復材として利用できるだろう。

　しかし、オークの遺体の管理の仕方に問題があったようだ。

「うわ！　くっさぁ！　豚（これ）くさい！」

　オークの遺体は、かなり腐敗していたのだ。

　遺体からは赤黒い液体が溢れ、体中の穴から黄色い汁が流れ出ている。それが混ざり合い、床にベトベトした水溜まりが広がった。

「次は、きおつけないと」

　女神は保存方法を今後誤らないようにと誓い、嗅覚を制御して臭いを遮断した。

「よし！　作業再開」

　男の血液や体液などで、ずぶ濡れになった女神は銀色に輝く鋸を手にして女性の遺体に目を向ける。

　下半身は完全になくなり、上半身は焼け焦げているため、使えそうなのは頭だけである。

　女神は、女性遺体の首を喉側から鋸でシゴキ切り始める。死亡してるため血液の循環が停止しているので鮮血が飛びてることなく、漏れでるように溢れ出てくる。

　しばらくシゴいていると、鋸が頸椎に到達したらしく手応えが重くなる。そして、ゴリゴリと骨が削れる感触が伝わってきた。

　女性の頭を切断し終えると、男性と同じように頭を切り開いて脳髄を摘出する。

　無論のこと、女性の脳髄も丁寧にバラバラに解体した。

「ほんと、脳の分解は集中力つかうなぁ」

　脳髄は生物の感情や思考を司る器官。

　もし、この作業で不手際があると、転生者の人格に異常が出てしまうのだ。

　なんでも、躊躇わず殺人を犯す異常者や、与えられた能力で調子にのる戯（たわ）けになってしまうらしい。

「ようし！　分解終わり」

　数分程で分解作業を完了させ、女神はとある神工物をこちらに転送させた。

　女性に力を与えるための器官と装置であった。

「神工脳髄と小型薬品調合装置。これを組み込んであげるわね、これさえあれば体内で薬が作れるようになるわ。転生先（むこう）でのお金稼ぎに使えるはずよ」

　女性には戦闘的な能力ではなく、社会的に役に立ちそうな能力を与えることにしたようだ。

　一見、神工脳髄は必要なさそうに考えられるが、これにはしっかりとした意味がある。

　特殊な能力を与えるにしても、それを制御するための機能を組み込まなければならない。

　となると制御機構を入力するのは脳髄が適切であろう。そうすることで、思考で能力が制御できるようになるのだから。

　だが人間の脳では、その機能を組み込むだけの容量がないので神工脳髄で容量を増幅させる必要があるのだ。

　そして女神は、オークの解体を始める。

　腹部を切り開くと、ブシューとガスが吹き出し、ゴボゴボと腐敗液が泡立つように飛び出してきた。内臓の腐敗が、かなり進んでいるようだ。

　オークの内臓は自己融解して、組織が不明瞭になっていたため使い物にならないようだ。

　しかし、皮や骨や一部の筋肉は修復材に利用できそうであった。

　女神は使えそうなオークの部位を切り取り、女性の脳髄と頭部の組織と一緒に宙に浮遊させる。

　二人の体組織と臓器、それに修復材となるオークの組織、そして能力の発生源となる神工物、あとスマートフォンの電子部品。

　すべての物は、そろった。

　あとは、転生を行うだけである。

「さあ！　異界への門よ、開きたまえ！」

　と、女神は口にするが、異界の門のような物は見えない。

　だが、開いてはいる。ただ、異界への経路が目に見えない程に小さいのだ。

　あまりに経路を大きく開きすぎると、激しい流入や逆流が起きかねないので、あえて極小サイズの経路を形成したのである。

　しかし、そんなサイズでは転生者を通過させるのは不可能、だからこそ転生するものをさらに小さくするのである。

「分かれて、分かれて、かき混ざれ！」

　女神が呪文のような言葉を発した瞬間、浮遊していた体組織や神工物が光の粒子へと変わった。

　浮遊していた物が、細かく分解されたのだ。

　そして、光の粒子は一つに混じり合い、異界への経路に吸われていった。

「元気でねぇー！　……うまくいってれば、いいんだけど」