動物達の家庭事情

「そんなにハードなんて……でも、きっと花さんなら大丈夫ですよ」


 僕の花さんに対する印象はいつの間にか好転していて、同じ妊婦(妊夫)として安産を心から願った。


 でも声は震えていた。

 突然、花さんの股間に付いていたものの、とんでもない役割に気付いてしまったからだ。


「僕もそう思いたいけど並の気合いでは産めないからね。命懸けどころか殆ど死と隣り合わせだよ。あそこまで彼女が強いのは納得してしまうよ」


「パパ、お腹空いた」


 僕の気持ちが沈み掛けた時、テーブル脇から雛達のストライプ模様の頭が突き出した。


「ああ、ちょっと待っててね。子供達に御飯あげないと」


 笑夫さんがキッチンに立つと巨体で隠されていた窓から光が射し部屋の中が明るくなった。


 ぼんやりと外を眺める。

 乙姫ちゃん何してるんだろう。


 色んな動物達の育児や出産のあり方を聞けて良かったな。

 初めての出産が不安な事には変わりないけど、少なくとも僕だけが不安な訳じゃない。


 家に帰ったら乙姫ちゃんに話してあげよう。


「そういえば、いつからキングと呼ばれるようになったんですか? 」


 僕はふと思い付いて雛達に御飯を用意し終えた笑夫さんに声を掛けた。


「いつから……僕はキングの称号を引き継いだだけだよ。称号っていうと大袈裟だけど」


「じゃあ、笑夫さんの前にKingofイクメンって呼ばれてた動物がいたんですか? 」


 笑夫さん程のイクメン動物なんて他にいるのだろうか。


「ああ、初代は皇帝ペンギンだよ。彼等のイクメン認知度はエミューよりも遥かに高いだろ?Kingっていうのは皇帝だから何となく、そう呼ばれるようになっただけだろうけど」


 皇帝ペンギンと聞いて納得した。

 でも──


「僕から見たら皇帝ペンギンよりもエミューの方が凄い気がします。もっとエミューのイクメンとしての世間の認知度を上げるべきだ!皇帝ペンギンは確かに極寒の地で飲まず食わずで卵を守り続けるイクメンの鏡です。でも雌が栄養を蓄えて戻ってきた後はちゃんと育児に協力しています!それに比べて笑夫さんの奥さんときたら──はっっ!! 」


 笑夫さんの眉毛が力無く八の字に下がり僕は慌てて口を閉じた。


「僕は別に無理してイクメンしてる訳じゃない。別に世間に称賛されたいとは思ってないよ。皇帝ペンギン達が去ってしまってからフォレストの皆が僕までキングと呼ぶようになっただけさ」


 何て謙虚な動物なんだ。


「皇帝ペンギン達はフォレストには長くいたんですか? 」


「いや、そんなに長い間じゃなかったかな。ハード過ぎる育児に疲れて彼等はフォレストにやってきたんだって。恐ろしい吹雪の中で雄同士でタッグを組んで卵を守る。一瞬でも油断すれば卵は凍ってしまうから気を緩める事は出来ない。しかも過酷な餓えに耐えながらだ。南極では効率が悪いと判断したみたいだね」


「じゃあ、去ってしまったのは何故?もっと育児に適した土地に移住したって事ですか? 」


「いや、結局南極に戻ってしまったんだよ」


「どうしてですか?こんなにフォレストは住みやすいのに──南極よりも遥かに子育てに適してます」


「どうやらそれが良くなかった みたいだね。皇帝ペンギンの美しさは、あの極寒の地で夫婦力を合わせて命を育む姿にあった」


 僕は首を傾げた。

 確かにそうだけど、南極でしか子育て出来ない訳じゃないなら、わざわざ苦労を好んでする必要もないだろうに。


「フォレストに来て、皇帝ペンギン達の離婚率が急増してしまったんだよ」


「そんな、何故? 」


「お互いの有り難みっていうのかな。雄達は命懸けで卵を守らなくても良くなって怠け、雌達は雄を敬う事も助けも必要としなくなってしまったんだ」


「繁殖の危機ですね」


「その通り。繁殖は動物として優先すべき重大事項だからね。彼等は皇帝ペンギンとしてあるべき姿を取り戻す為に、南極に戻ったという訳さ」


「なるほど……」


 夫婦仲良くって中々難しいんだな。


「キングなんて呼ばれるのは恥ずかしいんだけど、僕を頼ってくれる動物は雌雄両方いるから本格的に育児相談受けたり、託児所としてフォレストに住む動物達の子供を受け入れようかと思ってるんだ。でも──」


「笑夫さんの育児能力なら問題ないですよ。でも? 」


「僕、卵温めてる時だけは攻撃的になって奥さんまで追い払ってしまうから、そこだけが心配なんだよね。ははは! 」


「・・・・・・」


 奥さんに対する鬱憤が無意識に出ているだけなのでは?と僕は心の中で考えてしまった。


「五郎君が出産後、もし不安な事があったら気兼ねなく相談してくれよ! 」


「ありがとうございます。随分と長居してしまったのでそろそろ──あっ!──うう」


「五郎君!! 」


 僕は突然育児のうに痛みを覚えて身を捩った。


「うううーー陣痛があーー」


「大変だ!此処から一番近くて一番速く家に運んでくれそうなのは──ハッテンバのイルカ達だ。良し!待ってて! 」


 そう言って笑夫さんは外へ飛び出した。


 



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