第34話 睡眠不足でレッツゴー

 次の日、曇天の下、暗澹たる心地で桜刃組に行った。意外なことに清美君はハイテンションだった。一睡もできなかったらしい。深夜のテンションというものを持ち越していた。奏君は三十分眠ったそうだ。在さんも五時間程度しか眠れなかったらしい。

 この三人と僕が白金会長邸宅行きのメンバーだ。全員睡眠不足ということになる。不安でしかなかった。

 車の中、運転席の奏君と助手席の清美君がショートスリーパーという新発見した共通点で盛り上がっていた。後部座席の一般的な僕には全く共感できず、参加すらできなかった。隣に座っていたロングスリーパー在さんは静かに眠りに落ちていた。適正量の三分の一ちょっとしかとれなかった分、移動時間に補っているのだろう。僕もそれに倣うことにした。

 在さんに起こされて車外に出てみれば、土砂降りの雨だった。ひっそりとしながらも豪華な英国趣味の家は、風に傾き騒めく真っ黒な木々に囲まれて独特の雰囲気を醸し出していた。

「ミステリーみたいじゃ」

 清美君の呟きに奏君が乗った。

「じゃあ、奏はキレながら一人で部屋にこもる人になりますね」

「被害者になっちゃうじゃないですかあ。二番目あたりの」

「血文字で暗号書きますから、貴方が探偵より先に解いてくださいね」

「三番目の被害者になっちゃうじゃないですかっ」

 よくもこの状況でブラックジョークを言い合えるなあ。真面目に不安になっているのが寂しくなって、数歩前に行っていた二人に声をかけた。

「真面な態度でいようよ……」

 二人は示し合わせたかのようなタイミングで二度瞬いた。そして、顔を一瞬見合わせた。奏君が左足に体重をかけて、右手で口の下に拳を作った。

「嫌な噂、過去の事件、不気味な伝承等を伝えてくる人ですよね、安藤さんは」

 侮蔑的な視線が絡んできた。嫌になって清美君を見ると、見つめ返された。

「あんたが疑っていた人、もう死んだわ……」

 許容値が越えた。緊張していたのが突然弛緩して弾けた。

「ええー! じゃあ犯人分からないじゃあん! 困ったなあ!」

「他に怨恨無いんですかあー!」

 清美君がビニール傘を首と肩で挟んでから、手帳を開く真似をした。

「えっとねえー、ご当主様に行方知らずの隠し子がいるらしいんだよね。実は」

「めっちゃ見たことあるパターンじゃん! 変装して来てるじゃん、絶対」

 この探偵、推理する気が無いな。奏君がわざとらしく在さんを盗み見た。それから、僕にこそっと話しかけた。

「あの旅行者怪しくないですか……?」

 心理的距離が短くなっているね。嬉しくなったが、表面に出すとまた離れるだろうから抑えた。

「隠し子は左胸に桜の痣があったと聞くねえ」

 成程、と清美君が神妙な顔を見せた。切り替えて、在さんに笑みを見せた。

「一緒に温泉入りませんか?」

「無いよ」

 ええー、と清美君が驚きながら、先行していた在さんの隣へ行った。

「何で知ってるんですか?」

「泊まったことがあるの」

「ジャクジーとかサウナとかは無かったんですか」

「無かったよ。……見晴らしは拘っていたのよ。日の出が綺麗に見えるようにね」

「あー、良いですね。贅沢ですね。気持ちよさそっ」

 そんな風にのんびりと会話が続いていった。

 在さんは静々とただ歩いていた。反対に、清美君はよく動いた。在さんの先を行って後ろ歩きしてみたり、傘を回してみたり。不思議と僕と話している時よりも幼い印象を受けた。三センチしかない身長差が妙に強調されていた。

 激しい雨音の合間に場違いな瑞々しい声が弾けた。透明な傘ごしにお道化た顔が見えた。僕も混ぜてもらおうと足を伸ばした時、くすと小さな笑い声が聞こえた。表情を求めて首を動かしたものの、黒い傘が邪魔をした。

 紺色の傘の下で奏君が白眼視していたのを視界の端で捉えちゃった。心の遠さが寂しいので、あえて見据えて話を試みる。

「君は緊張が表に出ないね」

 奏君は大袈裟に傘を後ろに回して、横を向いて自分の後頭部を指さした。普段とは違い、侍従のようにきっちりとしたシニヨンだ。飾りすらつけていない。

「その大きな目は節穴なんですね」

「態度だけの話だよ。僕を気にする程度には心の余裕があるでしょ」

「まだ白金会会長とは会ってませんのでね」

「案外普段通りにお喋りなんじゃないのお?」

 奏君はむっとして俯いた。いかにもわざとらしく肩を竦めて、震わせた。

「一言も話せませんよ」

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