第4話 動く神宮庁

 慰霊碑の公園から車で約三十分、光沢公園の第一駐車場に到着した。


 普段なら十九時を過ぎても多少明るいのだが、ここの空は厚い雲が覆っていた。


 しかし外灯に明かりが灯り、それほどの暗さはなかった。

 

 駐車場には同じ神宮庁の軽バンが数台、すでに到着していた。


 格好を見ると会社員、警備員、巫女、神主、清掃作業員のような人までいる。


 作業をしている人たちを見て、輝之は驚きを言葉にする。


「警備課だけじゃないな。裏方の清補課せいほか(清掃・補修課)も、すでにいる」


 輝之は素早く車を止めて降りると、後部荷台を空けてみんなを呼んだ。


 直輝にハンズフリー型のイヤホンマイクと小型トランシーバーを手渡した。


 「それは要らん」と靖次は断った。


 輝之は直輝に使い方を教え、利き手側の右腰にトランシーバー本体を装着させた。


 片耳に掛けるイヤホン、襟辺り付けるマイク、そのマイクの音声スイッチを確認した。


 直輝はTシャツにマイクを付けて、無線型が良かったなと思っていた。


 輝之と同じ型の帯刀ホルダーを直輝に渡した。


「直輝、これをやろう。父さんたちから、退魔師になった祝いだ」


「父さん、母さん、ありがとう。早速、使ってみるよ」


 帯刀ホルダーはベルト式で洋服に着用できるものだ。


 直輝は装着して祓い刀を差して感触を確かめた。


 言美は思いついて言い出した。


「そうだ、退魔師の初陣記念に私のお守りをあげるわ。オリジナル厄除けよ」


 自分の首に掛けていたお守りを直輝の首へ強引に掛けた。


「いや、別にいい……」


「ほら、時間無いから、そのまま付けてなさい」


 渋々、薄い桃色のお守りを外から見えないようにTシャツの中に入れた。


「輝之、皆さん。ちょっと、いいですか?」


「はい、係長」


 係長と呼ばれた五十代男性は、事務職のような白い半袖シャツにネクタイをしていた。


 腰に呪符ケースを携え、タブレットを手に話しかけてきた。


「現場指揮をしている秦野はたのといいます。早速ですが、説明をします。神宮庁うちの見回りが慰霊塔を中心とした幽霊群ゆうれいぐんを見鬼で視認。急遽、県道手前から公園の周囲を人払いで封鎖しています」


「幽霊群って、どのくらいですか?」


 慰霊塔について直輝は詳しく知らない。


 率直に質問した。


「幽霊群の具体的な数は分からないが、慰霊塔に祀られているのは約二万柱だ」


「二万……」


 絶句した直輝をおいて説明を続けた。


「出来れば、何かが起きる前に収めたいと考えています。少し時間が経っているので公園の外周に沿って北と東に見張りを置き、戦闘力が高い警備課特殊係が三つのルートで慰霊塔へ除霊しながら向かいます」


 秦野は手にしたタブレットで慰霊塔を中心にした周辺マップを表示する。


「慰霊塔の南、“第三駐車場”からのルートは第三班がすでに配置についています。第二班の稲葉は車両で裏に回って、北の“こども広場入口”からのルートを頼む。こちらは北西の“市民の森”から進みます」


説明が終わると、言美は直輝の背中を軽く叩いた。


「二万柱でも大丈夫。こっちは神官資格を持ったプロなのよ。ただの霊なら祓い刀を振るうことなく、略式の祝詞のりとで鎮魂できるから」


「おれもるしな」


 靖次が胸を張ったが、秦野は済まなそうに言った。


「武宮さんは、こちらにお願いします。欠員がありまして、術者しかいないので」


「なんだ、仕方ない」


 残念そうに秦野の横に並んで歩き出した。

 秦野がそっと靖次に聞く。


「稲葉の息子は、祓い刀を振れるのですか? 今日、試験だったとか……」


「ん? 当たり前だ。実戦組稽古を習得したから、試験を与えたんだ。合格している」


「なら、いいのですが……」


「大概の妖魔なら大丈夫だろう。連携を取るは初めてだから、家族で行うのは良い経験になる」


 靖次は直輝を保証してから話題を変えた。


「で、原因はなんだ? ただ単に幽霊群が現れる訳がない」


「分かりません。この公園は護国ごこく神社の跡地なので神宮庁の管轄です。一般職員しかいない仮社殿から全員人が出払っていました。おそらくは人払いの術でしょう」


「誰かが関与した事件だということか?」


 秦野は頷き、二人は慰霊碑の方角に視線を向けた。


 音もなく、公園の上にある雲が幕電まくでんで光った。

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