第29章 光 ~前編~

 人には、限界がある。力、思考、心の耐久値までも。

 限界を超えた人間は強くなれるか。答えは否だと考える。限界を超えればただ潰されるだけだ。俺はそれを経験している。しかし、その潰された状態を乗り越えることで、人は強くなれる。真に強い人間に。




 俺はアルヴァーンの郊外へと来ている。西の遥か向こう。ただただ荒野が広がる場所で、限界を迎えた場所で、大きくため息をつく。


 数年前にここで起きた事象をこと細かく知っているのは、一人だけである。俺は、今でも間違った事をしたとは思っていない。あの時に俺があの判断をしなければ、そののちにもっと多くの人間が血を流していたはずだ。だが、血の量で正しさが決められるような世の中では到底ない。だからこそ、俺は今でもたまに夢に見る。流石に毎日見るようなことはもうないが。


 敵も同郷の人間である。俺達は国のために戦ったが、国の人間を斬ることに躊躇はなかった。というよりも、彼らの事を同じ人間と思っていなかったのかもしれない。その結果がこれだ。この廃墟。この惨状。

 剣を握っていた癖に、剣をただの道具として使う事を強いられていた。剣は道具じゃない。象徴であると、他人に教えていた俺が、過去にここでこの景色を作る原因になっていた。


 皮肉だ。



「………懐かしいな」


 不思議とそんな感情も出る。ここに来て蘇る感情はここで得たものだけではない。戦いの中で得た、楽しい記憶も。


 あの頃の仲間は今、どうしているだろう。あんなに仲が良かったのに、一切連絡をとっていない。なんてやつもいる。



「大袈裟だな」


「……クレイドル」


 俺の後ろに、数秒前に現れたのは知っていた。クレイドルも感知されているのは知っていただろう。攻撃の意思はない。


「ここでお前がアレを起こさなければ、戦いは終わらなかった」

「あぁ。そうだな」


 

 クレイドルは静かにつぶやきながら、ゆっくりと歩いていく。もうこれ以上俺に用はないらしい。その背中に語りかける。


 「なんでここにいる」

 「少なくともお前とは違う理由だ」


 おそらくこの近辺でアルタイルとしての仕事があるのだろう。そのクレイドルの言葉には剣先のような鋭さを感じた。その圧を吹き飛ばすように勢いよく立ち上がると、振り返り、クレイドルの背中に向かって剣を抜く。わざと音を立てた抜剣の高音は、クレイドルにも俺にも、あるいは生き残りの剣士達にもわかる、ある種の宣戦布告の音である。


「ここでやるのか」

「やらなきゃ行くだろ」

「ここでは剣を抜かないと思ったんだがな」



 ゆっくりと振り返りながら自分の背中から剣を抜くクレイドル。俺達の間で静かに火花が散るような感覚が生まれる。




「誰を狙ってる」

「お前に言ってどうする」


「……その剣を誰に向けるかによって!……俺がどう動くか変わるんだよ!」

「お前が動く必要はない! ……これは俺の問題だ」


 ヤワな覚悟では、現在には至っていない。それは俺が一番わかっている。



「お前の問題……?違うな」

「なんだと……?」



「何でお前が中心だと思い込んでんだ。お前はただの駒だ。アルタイルはお前を中心に動いている訳じゃない。大変だな、こんな奴の子守が必要だなんて」


 目の前のコイツはアルタイルのリーダーではない。であるなら、コトは俺とクレイドルだけの問題ではない。アルヴァーンという国一つを、下手すれば世界を巻き込むような規模の問題だ。


「邪魔するのなら、ここで叩き斬るぞ」

「できるものならやってみろ。お前はこの世界の俺に勝てないからあんな複雑な能力使ってたんだろ」

「ならもう一度使えばいい」

「出来ないだろ。お前」


 答えが即座に飛んでこないのを見て、俺は自分の予測が合っていたことを確信する。異世界にいる俺に対しても有効なはずのレナの干渉ですら弾く能力だ。発動には厳しい条件があるとは思っていたが、今やっと気付いた。あの術式には欠点がある。


「レナがついてる俺には、使えない。不意打ちでもない限り」


 クレイドルが静かに俺を睨む。いや、睨んでいるのは俺では無い。俺のその向こう側にいるムソウの魔女である。レナがいると言うことは術式介入ファンブルが出来る。こちらも準備が必要だが、出会った瞬間に警戒していれば間に合う。


「だから、お前とブランフォードは相手にしたくないんだ」


 頭を掻きながら溜息のように呟くクレイドル。レナに対して恐ろしいまでの敵対意識を持っていたのはコレのせいだったのか。と、認識を改める。だが、この場で感じる敵対意識は、あの時のソレとは比べようも無く小さい。


 まるで、呆れているような雰囲気。



「……来い。いつかはやらないといけない」

「クレイドル……止まるか死ぬか、ここで選べ」


 そう言いながら、抜身のまま握っていた剣を振りかぶり突進する。左上から振り下ろした剣をクレイドルの剣が弾く。左に弾かれた剣を素早く引き戻しもう一度左から叩きつける。それを弾かれるのは想定済み。弾かれた勢いをそのままに身体をひねり、今度は右から慣性を全て乗せた水平切りを放つ。大きくバックステップして、それを回避したクレイドルは、俺の剣の振り終わりを狙って突進して来る。上から叩きつけられる剣を左に右に、2発とも受け流しながら、少しずつ後退する。このまま後ろに行けば、かつての城の壁だ。袋小路になっているここでは、俺だけが逃れることはできない。もとより逃げるつもりも無い。左から飛んできた鋭い斬撃を右足のブーツの先で弾き、そのまま反転して走る。もちろんクレイドルも追いかけてくるものの、その先は壁。行き止まりだ。クレイドルを連れたまま壁に到達した俺は、そのまま壁に向かって跳躍し、壁の中腹に左足を当てる。反射するように後方へと跳躍する俺は、足を広げクレイドルを飛び越える。瞬間的に体勢を変え、振りかぶった剣を右上から叩きつける。咄嗟に後ろに回されたクレイドルの剣がこの攻撃をガードするも、飛ばされた彼の身体はぐったりと、壁を擦って落ちる。そのまま走り寄って剣を突き込むが、当たった感覚はない。それも当然。俺の突きが放たれた瞬間にクレイドルがそのまま前に倒れ込んだからである。完全に倒れたその体勢から、鋭い斬り上げが飛んでくる。寸前のところで右に飛び回避するが、俺の体勢も崩れる。それを整えた頃には、再び万全の状態で向かい合う事になる。


「……お前、以前の様な鬼神にはならないのか」

「ならないんじゃなく、なれないんだよ」

「冗談はよせ。以前のお前なら、今の数秒で既に俺を殺しているはずだ」

「冗談じゃねぇんだよな」


 そう言い合いながら、睨み合う俺達の元へと、また足音が聞こえてくる。


「二人相手は骨が折れそうだな〜」


「……ベルド。何の用だ」

「そりゃもちろん剣をもらうためだよ」

「なら、不可能だからすぐに帰ったほうがいいな」


 その俺の言葉に肩をすくめて、ベルドが答える。

「俺、一人じゃないし」


 その瞬間に俺とクレイドルが二人同時に動く。クレイドルがベルドの目の前に移動し、その短剣と細い身体の動きを完全に封じる。そして、俺は上から飛び降りて来た黒い影の剣を受け止め、跳ね返すように壁に叩きつける。そのまま剣を向けて後ろに下がると、クレイドルと背中が当たる。


「一時休戦にしない?」

「はぁ……。俺は元からここで戦り合うつもりは無かったが……?」

「ソレ、YESと取るぜ」


 懐かしい掛け合いをしながら目の前を睨む。起き上がった影が、こちらを睨み返してくる。


「全剣天皇。その剣、貰うぞ」

 

 そう言いながら、俺の手元の剣を指し示す。ソードブレイカーの発言に続いて、後ろでベルドが喋り始める。


「アンタ、……まさか《断罪者》か? こんな大物と出会えるなんて、ツイてるねぇ……。戦争後出て来ねぇから、死んだと思ってたンだぞ?」


「何…? まさか生きているとは」


 俺の前でソードブレイカーも感嘆の息を漏らす。


「テメェの相手は俺がしてやるよ」


 そう言いながら、一気に距離を詰める。右上から叩きつけた黒剣は、撃滅剣で防がれる。そのまま身体を捻り、右足を突き出す。勢いを全て乗せたハイキックは、剣の峰に防がれる。着地した足で跳躍し、先程までの慣性をもって回転しながら剣を振り下ろす。寸前の所で回避したらしい奴は、大剣を横に薙ぐ。

「……ッ」

 左から迫る大剣に背を預け、表面を転がるように回避するが、次は上から。ガードしたくなる衝動を必死に抑えながら、ギリギリまで引き付ける。迫った剣の峰に、右手の剣を滑らせて軌道を逸らす。左に逸れた大剣は地面に軽くめり込む。そこに左足を乗せ、動きを封じると、そのまま突き技の体勢。一瞬赤く光った剣が、すぐさまその光を青に変える。


「まずい……!」


 俺のその右手を見ながら初めて焦りを見せる。が、もう遅い。


「……歯ァ食いしばれ。ちょっと痛いぞ」


 《流星:アルビレオ》


 俺の右腕から、一筋の青い流星は放たれ、目の前の敵だけでは無く、その後方の城塞諸共吹き飛ばす。一切の躊躇も、一切の容赦も、一切の慈悲も。



 そこにはない。




 あるのはただ、一筋の。



 

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