第28章 龍の翼 〜中編〜
頭が朦朧とする。足元がふらつく。光が見え、咄嗟に右に飛ぶが、そろそろ体力の限界だ。不格好なジャンプの後には、素人でも気づくような隙が生まれる。
目の前から飛んできた刃を咄嗟に前に持っていった電竜刀で防ぐが、反動で俺の体ははるか後ろへと飛んでしまう。五、六回ほど地面で回転しながら原則し、倒れた身体を起こすため、ひざを立て手をつく。今倒したのは70人程。残りの敵はまだ2倍以上いる。
「………」
べちゃべちゃと地面に溢れる血。俺の口からだ。
「属性が使えないということは完全武装もできないということだ。想定外ではあるが朗報だな。お前以外にも使えそうだ」
クレイドルがゆっくり歩きながら、遥か向こう。俺にも聞こえるようにわざと張った声で言う。魔法攻撃が止んでいるのは、クレイドルが俺の苦しむ姿を見たいから…?
なおも血を吐きながら、無理やり体を起こし彼の独り言に応えてやる。
「残念だが、……そう簡単には……行かねぇよ」
「何故そう思う」
「ここで俺を殺しても、お前が死ぬだけだ」
やけに強い舌打ちが聞こえた。
「ムソウの魔女か……確かにヤツの強さは属性ではない」
「でしょ? ウチには……信頼できる……仲間がいるからね……」
大きなため息が聞こえる。
「だが、お前を殺せばこの国の戦力は大きく削れる」
「……」
「この国の奴らには、まだ腐ってる奴が山ほどいる! 俺は全て奪われた! 奴らに全て奪われた!」
「……」
「お前もそうだろう、雷神!」
やつはそのまま続ける。
「お前も奴等に全て奪われた! この国に未来はもう無い! この国は、裁きを受けなくてはならん!」
「お前は
「俺は……剣士だ」
俺の口から漏れ出た、お世辞にも覇気があるとは言えないような呟きに、クレイドルが顔をしかめる。
「俺は……英雄なんかじゃない」
「それでも……いや、だからこそ」
「俺はこの国を愛している」
そんな俺の臭い台詞に目を見開いて驚きを浮かべる彼は、静かに声を漏らす。
「……馬鹿げている」
クレイドルが、頭を振りながら言う。
「お前はそんな高尚な人間だったか? 俺の記憶にあるお前とは違う」
「なら……見せてやるよ……人は……進化する生き物だぜ……クレイドル」
「……その進化図もここで終わりだ」
クレイドルが言い放った瞬間、彼方に虹色の閃光が見える。それは俺に向けられた殺意の色だ。俺はそれに答えようと思う。なりよりも眩しい黒色の光で。
身体ぐらいなら好きに持っていけばいい。
魂さえ届けばそれでいい。
声が届かなくとも、振り向いてくれればいい。
『……お前は、俺の……ただ一人の理解者だ…』
そんな臭い台詞を吐いたお前を
風だ。
緑の旋風。
きっと、背中を押す、死んでもなお何かを追う残酷な英雄の意志。
友一人守れずして、何が英雄なのか。
俺は英雄なんかじゃない。
出番だぜ。
煌めく黒色の龍。
「………寝てんじゃねぇぞ!! ―――ドラゴン!!!」
『……やっとの出番か』
強い黒色の光を纏いながら、俺の中でエネルギーが呻く。黒龍の力が俺の身体を覆い尽くし、翼を生やす。天を衝く2本の角。夢かと疑いを抱く尻尾。
「なんだ……それは……!」
驚いた声を出すクレイドルのセリフを無視し、俺は全力で右に走る。無限とも思える魔法が発動され、飛翔し、足元に出現し、頭上から降る。
『……遅い』
ドラゴンがつぶやき、俺のスピードが更に加速する。サーチ魔法を全て追い抜きながら全速力で走り、後方で様々な魔法が炸裂している振動と音を背中で感じる。
視える。魔法すべてを回避するルートが、今の俺には手に取るようにわかる。
もはや残像を残すとはこのことだ。と言わんばかりの加速をかけて、魔法の波を回避しながら少しずつ近付いていく。ウィングカッターをスライディングで回避し、羽と尻尾で無理やり身体を瞬時に持ち上げると、目の前から火球が2発。強化された左腕でソレを払いのけながら、更にスピードを上げて突っ込む。クレイドルが見える。
地面をすれすれに飛ぶ斬撃を見て、俺は感嘆しながら高く大きく跳躍した。空中に躍り出た俺を狙うように、魔法弾が殺到する。しかして、俺は今、ただの人間ではない。
「……ドラゴンダイブ!」
紫の光を纏いながら、右手の剣を指先で回転させて突き技の姿勢をとる。魔法弾が命中し続けるが、大したダメージも入らず、技の妨げにはならない。
空中から本来は到底不可能な加速をかけた俺は、少し前にいる旧友に狙いを定めた。
クレイドルも刀を構えた。
「……
カウンター技なのであろうその技と。
すべてを屠る為に存在する俺の技が。
ぶつかる。光が弾け、空気が震え、すべてが止まるような感覚に襲われる。
――鍔迫り合いは技では起こらない。
蘇るは俺の師であるヴァーリアスの言葉である。
――完全にお互いの力が拮抗し、全くのズレなく真正面に力がぶつかり合っている時にのみ、起こる。
――お互いの剣筋を知っていて、なおかつ、その相手の剣筋に乗ってやろうと、そう思った同レベルの剣士でしか起こらない。
そこまで語った師匠は、続けて悲しそうな顔で言った。
――起こってほしくもないな……そんなことは。
紫と赤色の光がぶつかり合い、恐ろしいほどのエネルギーを消費しながら周りへと流れて消えていく。激しい轟音と眩しい光の中央で、お互いの持つ刃をぶつけながら、目が合う。
「恐ろしいな。そこまでのレベルの、人間をやめた力…どうやって手に入れた」
「びっくりしたよ。そんな人外みたいな力、どこで手に入れたの」
クレイドルは、俺のその言葉を聞いてそっと目を伏せると同時により一層力を込めてきた。その瞬間にお互いの技が消滅する。拮抗した時間が長すぎたらしい。
剣に無理やり力を込めて、バク転の要領で後方に向かって着地した俺は、ソードバレットで自分の周りに牽制しながら、身体を起こす。
見上げた目の前は、無人の迷宮内だった。
「……待ってろよ。クレイドル」
そうつぶやいた俺は、必死に呼びかけてきているレナに返事しながら、踵を返した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
アルヴァーン戦争中期。先に参戦していた友人とあった。その友人はただ、現実を見るのが得意なやつだった。
戦場での常識。殺さなければ殺される。これをすんなり受け入れたのはそういう性格があったからだと思っていた。
俺もあいつも、誰かのために降る剣なんて知らなかった。欠片ほども。俺達はそれを知るのが遅すぎたんだ。押し込まれる前線。アクスウェルでの戦闘は凄惨なものだった。本来平和そのものだったのであろう港町が、血で赤く染められるなど、あってはならない事だと、当時の俺でもそう思った。
街での戦闘は遭遇戦だ。同士討ちの可能性が上がる。出会い頭に慌てて斬ったら仲間だった。なんて、残念ながらよくある話。だから、アクスウェルに入る前に俺は遊撃隊メンバーに徹底しろと言ったことがある。相手を削るんじゃなく、生き残れ。と。索敵スキルを持たないのであれば、遭遇した瞬間斬りかかるのではなく、ガードか回避を選択するように伝えた。
港に放置されている木箱の裏に隠れながら、思考を早める。何故反政府軍はここを狙ったのか。最終的にインビジブルを攻めるつもりなのであれば、わざわざここに遠回りで来る必要はない。
「隊長、索敵であそこに反応あります」
「友軍か」
「いえ、そこまでは……」
そんな声が俺の背中の高く積まれた木箱の後ろから聞こえてくる。
索敵スキルというのは、習熟度によって変わるが、自分に敵対意思を持っているかどうかまでが判別できるスキルだ。今回のように、周りの物音全てに警戒している俺を対象にすると、スキル練度がある程度高くても、味方かどうか判別が不可能になる。
しかし、俺側からはわかった。それは体調と呼ばれた人物の声に聞き覚えがあったこと。そして、知り合いを教えてくれるまで練度を上げた索敵スキルのおかげだった。
「……俺だよ。ゼクルだ」
「……友軍らしい。安心していい。ただの変な奴だ」
「一言多いぞ、クレイドル」
そう言いながら物陰から出た俺は、クレイドルとおよそ3ヶ月ぶりの再会をした。
「付近は?」
「おそらく片付いた。骨が折れるな」
「そうか。被害は?」
「今確認中だ」
無愛想な言い方だが、これはコイツの癖みたいなもので、別に俺たちの仲が悪いというわけではない。取り敢えず俺は右手に下げたままだった剣を左腰に仕舞い、クレイドルの肩に手を置きながらすれ違う。
「取り敢えず、俺は仲間を確認してくる」
「なら、俺達も連れていけ。一人では手が足りん」
恐らく、仲間を探すということ以外にも隠れた敵の襲撃を避けるための事も含めてである。
「そうだな…じゃあ、こっちに」
その時、無線に悲痛な声が響いた。
『ネバシラにて、敵の本隊の襲撃!!』
ネバシラは、ここから少し離れた閑静な街だ。俺はあまり関わったことの無い街だったはずだが、どこか聞き覚えがある。それ……は……
「……ネバシラ」
そのかすれた声はクレイドルのものだった。
「お前の婚約者……確かその街に」
クレイドルには美人の婚約者がいる。そういえば彼女はネバシラにいるはずだ。だから聞き覚えがあったのか。
「……ゼクル」
「行け。早く行け」
「すまない」
それだけ短く言うと、クレイドルは彼の全力を遥かに超えるスピードで走り去っていった。軽量型の属性使いかと見間違えるほどだ。
それから、俺はクレイドルに会うことはなかった。何があったのかは知らない。だが、絶対に言えることがある。アイツに半端な慰めなど効かない。『あの子はそんなこと望んじゃいない』なんて言ったって、それこそアイツが言った通り、俺と同じ生き方をしてきた奴ならきっとこう言うはずだ。
「……あいつじゃなく、俺が望んでるんだ」
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