ドラゴンズウイング

第25章 灰色の赤

 ライズ・クライム。北の守護龍に選ばれた勇者。左腰に差した神龍剣がその他の光を殆ど反射する。


「……久しぶりだね、ゼクル」


「……え、意識あんのお前」


「……そうみたいだね。どう? トラウマだった?」

 

「……当たり前だろ。逆だったらどうなる?」

「二度と立てなくなる」


 即答で帰ってきた返事は、やはり俺の取り戻したかったアイツの言葉だ。



 

 一瞬、聞こうと思った。しかし、なんだか無粋に感じた。



 

 迫りくる大群を前に、何も恐れない。恐れる必要なんてない。だって、勝てるから。


「ライズ。今のお前は属性ないだろ?」

「うん。だから、ふたりとも前衛だね」


「レナ、行くぞ」

「うん!」

「レナちゃん、魔法使いだったんだねぇ……」

「んな久しぶりに会った親戚のオジサンみたいな……」

 と、レナが俺に向けてよりかはいくらか軽い毒舌を飛ばす。



「忘れてもらっちゃ困るな。俺たちももう動ける」

 後ろからライトが声を掛けながら近づいてくる。

「逃げたほうがいいんじゃね?」

「急にぶっ倒れたお前に言われたくはないな」

「……確かに」


 アルヴァーン戦争時代からの仲間が、集まり、ここに並んでいる。




「悪ぃな、王。」



 すでにそこにいない王を睨みつけながら、或いはニヤついた顔を見せつけながら、呟く。



「コイツらが生きる鎧でも、こちとら生きるツルギだ」



 そう言い放ちながら亜空間からもう一本、剣を取り出す。



 真龍剣。左手専用の刀。右手で触れると使用者の意識を喰らい暴走する。とぐろを巻いた竜が鍔に絡みつき、目を血走らせている。


 左手で抜身のそれを掴み、引っ張り出すと、周囲の雰囲気がぐっと変わる。いや、実際に変わったのは周りじゃない。俺の脳内、情報処理速度の高速化。それが真龍剣の特性。


「行くぞ」


 そうつぶやき、息を細く吐く。


 ワンテンポ置いて飛び出したのは、龍牙と天。

すぐさま後方から七色の矢が飛ぶ。先に到達した矢が土煙を起こし、敵の目を奪う。そこに龍牙がソードスキルを放つ。何というソードスキルかは知らないが、確か八連撃だったハズ。

 そこから少し離れた場所で天も"萃香刃"を発動させている。斬撃の範囲が拡張される強化スキルだ。その瞬間にライトと氷河が飛び出す。続いてライズも走り出す。神龍剣が音高く引き抜かれ、即座に刀身を黄金に輝かせる。

 

「いくか……」


 俺は隣にいるレナの方を見る。彼女は俺の視線に気付くと、黙って頷く。どこか余裕を感じさせる笑みを浮かべながら。


 右手の剣を上に。左手の剣を左に。高く掲げて、力を込める。その瞬間に、ダンジョンの入り口から轟音が鳴り響く。ソレは、風を切る音。

俺たちの後方、ボス部屋の入り口から、数十本の剣が流れ込んでくる。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  

「なんだ…。アレ……」


 ライトが掠れた声でつぶやく。俺も完全に同感だ。戦争前から何年も一緒になって戦ってきたが、アレは一度も見たことがない。


 いや、それには語弊があるか。

 

「全剣天皇…奥義!」

 

 おそらく、同じ技は見たことがある。しかし、ここまでの規模では無かった。飛び回る剣の数こそ変わらないが、ここから見ていると、その全てに強力な剣気を流しているのが分かる。それに、銃が得物の俺でも分かるほど、ゼクル自身からも恐ろしいほどの剣気を感じる。左手の剣を抱えるように、身体を右に捻った瞬間。


 あたりを飛び回る刀剣が、一糸乱れぬ動きで、ゼクルの後ろに控える。まるで、命令を受けたかのように。


 少しためた後に全力で左手の剣を振り切り、右手の剣を突きこむ。



「………ヴァリアント・エスパーダ!」

 

 その動きを追うように、宙を舞う刀剣は凄まじい勢いで前方へと飛んでいく。敵の群れへとむかったそれらは、いとも容易く鎧を切り刻んでいく。




 全剣天皇。ゼクルの通り名。



 この壮絶な光景の後ろで、ただそれを眺める事しかできない俺達がいた。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






 全剣天皇。それは異界戦争時代に俺が呼ばれるようになった二つ名。曰く《全ての剣士の皇》らしく。


 ………そんな大層なものになりたいわけではないが。


 この力を利用して、聖杯に近づくことができるのなら、躊躇いはない。


 俺の所有している剣の約四分の一が自在に飛び回り、立ちはだかる鎧を全て切り裂いていく。



「一気に押し込むぞ!」

 

 叫んだ声が反響すると共に、仲間が前を向く。俺は両手の剣を強く握り直して走り出す。


「レナ、サポート頼んだ!」

「了解!」


「氷河、一旦下がって狙撃体制入ってくれ!」

「分かった!」


「ライト、攻撃が少なくなってもいい。バフとヒール少し見てくれ!」

「OK!」


「龍牙、天、ライズ、アタッカーだ! 行くぞ!」


「任せろ」

「はい!」

「よし来た!」


 再編成したメンバーの配置は、完全に長期の迎撃を想定した配置だ。ヒーラーとバファーを固定で配置し、タンクを省く。まぁ、タンクが要らないのはここにいるメンバーが化け物揃いだからであるが。アタッカーがタンクのような立ち回りをすることになる。が、ここにいるアタッカーメンバーは通常のタンクはできない。


 彼らができるのは、回避タンクだ。


 龍牙の"影撃"、天の"翼撃【蒼霹靂ソウヘキレキ】"、ライズの"ブレイブラッシュ"は、すべて回避を念頭に置いた技で、彼らはそれぞれ持ち前のスピード、BAS、天才的な勘を活かすことで、スキルの実際の効果をより強力なものにできる。



 仲間のステータスは全てじゃないが、ほとんど知っている。前線の一歩後ろで、俺は出来うる最高速度で思考を回し始める。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ゼクルが、指揮を執り始めた」

 

 ライトが呟く。普段は騎士団で自分が指揮を執っている立場である彼からすれば、何か考えさせられる所があるのだろう。

 

「……行け。奴の指揮で戦う機会などそうそう無いぞ」


「……そうだな。俺も初めてだ」



 その返答を聞きながら、右手のクローを構える。また来る。奴らは感情のない人形だ。どれだけ斬られとも、怯まずに進んでくる。しかし、こちらはどうだ。感情と痛みを持つ人間だ。長期戦になればどれだけ持つのか、ゼクルが考えていない訳がない。それでも迎撃戦を選択したのには、理由があるはずだ。


 俺は過去に一度だけ、やつの指揮下で戦ったことがある。アレは凄まじい戦いだった。

 アルヴァーン戦争の末期のことである。



 光景は似たようなものだった。無数の敵と俺たち数人。しかし、俺達は勝った。圧勝だった。


「奴を信じろ。あの男を信じろ」





 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 前線から虹色の光芒が次々と弾ける。一歩後ろでオブジェクトコントロールを発動したまま、その光景を見る俺は、どことなく笑っていた。極度の緊張状態だと、人はその緊張感のせいで勝手に表情筋が動き、笑っているように見えることがある。


 しかし、この状態での俺の笑みはそういう理由がある笑みではない。


 単純に『戦闘を愉しむ俺の本能』だ。


 俺も前線に上がってそのメンバーに加わる。敵の剣が降ってくる瞬間に合わせた左手の剣が、その黒色の大剣を弾き飛ばす。軌道がXになるように両手の剣で同時斬りを放つと、相手の身体がぐらつく。その瞬間に右手の剣をまっすぐ相手に向ける。

 全剣天皇の専用技。ソードバレット。剣気を実体化させて創った剣を射出する事で、目の前の無機物の剣士にトドメを刺す。その瞬間に右から飛んできた斬撃を身体をひねって回避すると、そのままカウンターでアルビレオを撃ち込む。赤色の光が6m程先の剣士まで伸びていき、一撃でその身体を粉砕する。振り返り、今まさに剣を振りおろそうとする敵の胴へと全力の柄頭ポメルでの打撃を当てる。俺のスピードに対応できるはずも無く揺れる巨体に向かって、回して構え直した右手の剣で全力の水平斬りを放つ。その身体が跡形もなく消え去った瞬間に、周りを見る。戦況としては別段変わらない。敵は数えたところ、あと40体ほどか。しかし、敵の数がこれだけになれば、後はどうにかなる筈だ。

 


「氷河、中衛に上がれ! 天! 来い!」

「了解!」

「はい!」


 氷河が、銃を持ち変えながら後衛から中衛へと移動してくる。同時に天が俺の元へと走ってくる。

「輪廻斬の最終奥義、もう扱えるか?」

「……正直分かりません。けど、やらせて欲しいです」


 その天の目に、曇りはない。


「分かった。同時にやるぞ」


そう言いながら、空を飛ぶ刀を一本天の前へと動かす。

 

「はい。行きます!」




 その剣、天龍刀を掴んだ天は少し目をつぶり、短く深呼吸すると、ゆっくり目を開いて大きく頷く。二刀を構え、凄まじい速さで剣気を練っていく。

 どこまでも透き通るその目に、赤黒い光が瞬く。



 

 俺も同時に大技の準備をしていた。二本の剣で前後に構え、突進攻撃の構え。同時に敵の行動を予測する為、リアルタイムナビゲーションを発動。視界が青に染まる。



 お互いの使える最上位の剣技を持って、トドメを刺しに行く。



 

「臨界点、突破……」

「闘魂、解放……」



 自分の中で力が膨張していくのがわかる。おそらくこの技は異界戦争以来だ。ここまでのコストだったか、正直記憶が怪しい。しかし、記憶が確かなら、この場を切り抜けることができる。

 

 

「輪廻斬・臨界!」

「ジ・エルシェーン!」



 その瞬間、視界が変わった。

 より正確に言うと、転移したのである。レナだ。射程範囲内に敵を捉えた二人は、その二刀を持って総てを屠る。それが今の俺たちに課せられた役目であるから。


 青い二刀の剣撃と赤黒い二刀の剣撃は次々と敵を屠っていく。情報処理速度が追いつくギリギリの速度で、両手を動かす。また一人、また一人と斬り伏せ、バラバラになって崩れていく体を無視して次の敵へ。

 途方もない数の敵を相手にそれを繰り返し、最後の一撃、全力の右水平斬りを放った。倒れた敵の後ろには、もう何者も立っていない。とりあえず体を起こし、周りを見る。天の方を見ても同じ状態だ。斬り降ろしを放ち、自分の敵を全て倒したところらしい。


「……はぁ……はぁ……」



 荒い息を繰り返す天の背中に手を添えながら、一言。


「お疲れ」


「……はい」


 その返事は、顔を見なくても笑っているのがわかる明るさだった。暗いボス部屋はこの明るい声に似合わない。明るい場所へ行こう。もっと自分の思い通りに生きられる場所へ。


 

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