第23章 そのままの世界
精巧な作りの石畳の上を歩き、少しずつ、だが確実に下層へと降りていく。足元の石畳はそこに履いているブーツと当たる度に硬い音を響かせていく。どこまでも敷き詰められた流麗な焦げ茶色の石で反響したその高い音は、敵を引き寄せてしまいそうである。思わず踏み出す足を慎重に降ろそうかという動きになってしまうほどだ。おおよそ十メートルおきに壁にかけられている灯篭がこの空間に備わっている唯一の光源である。ぼんやりと揺れるその光は、今まさに向かっている場所がどこよりもファンタジーめいていて、どこよりも危険な場所だということを知らせているかのようだ。その通り、ここは遺跡、この奥は守護ボス部屋。前述のとおり、どこよりもファンタジーめいていて、どこよりも危険な場所である。
アルヴァーン東三区の地下に発見された比較的新しいと思われる遺跡だ。比較的と言っても、数百年前の文明と思われるほどには昔のことだ。
そんな薄暗い道を、かれこれ2時間ほどだろうか、警戒しながら歩き続けている。更に言うと、警戒して歩くだけではない。道中でモンスターと出会ったら戦闘になるし、ここの遺跡の下層への道をひたすら記録し続けなければいけない。そう、この遺跡は未だ発見されたばかりで、調査も進んでいない。今がやっと2回目の偵察なのである。遺跡の大きさはそれほどでもないらしく、今回でボス部屋まで到達できると思われたが、そろそろメンバーの集中力は限界に見える。加えて、ここから帰路をたどるときもモンスターとの遭遇に集中力を削らなければいけない。
そろそろ撤退の指示が出る頃だろうか……。
そう思ったまさにその時、目の前に巨大な扉が見えてくる。
「おい、あれボス部屋か!?」
その時少しだけ間があってから、部隊長が言った。
「よし、ボスの容姿だけ確認してから帰還する」
重い扉がゆっくりと開かれた。
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俺はいつも通り行きつけの喫茶店でアイスラテを飲みながらとある人物を待っていた。俺に真の意味で剣の使い方を教えてくれた人。その人である。
俺の剣術はとても複雑な構成で形作られている。が、その根本はしっかりとしている。言わずと知れた俺の師匠ヴァーリアスからである。しかし、師匠は刀の使い手。
刀は剣と大きく違う。戦い方の話だ。基本的には刀というのは相手との撃ち合いを避ける武器だ。その切れ味を最大限の武器とし、敵の防具の隙間や関節などを狙って”斬りつける”のが刀の基本的な戦い方である。つまり、時代劇で見るような鍔迫り合いというのは、極端にでも避ける必要がある。しかし、俺が普段使っているのは刀ではない。俺の主武器は”剣”であって”刀”ではない。剣とは、斬るのではなく叩きつけるのが主な攻撃だ。それに加えて付け加える形で刃がついている。つまり、剣という武器は斬撃が主体として使われることはない。本来は、だが。正直に言うとレジェンド武器の前ではそんな真理などないに等しい。剣でも通常の刀より切れ味があったり、通常の理では考えられないのがレジェンド武器である。
「やぁ、久しぶりだね、ゼクル君」
「前回会ってからそんなに時間もたってないと思いますけど…」
「そうだったっけ」
「まぁ……ともかく、突然お呼びたてしてすみません」
「いいよ~。それよりも聞きたいことって何?」
この男が、世界最強の剣士。リゲル。
そんな最強の男を目の前にしながらも、けだるそうな口調のまま話す。
「まぁ、用件っていうのはいろいろあるんですけど、まず一番重要な話からしますね」
そこで一呼吸おいてから、再び口を開く。
「……黒龍について話があります」
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竜は特別な力を持っている。竜にはそれぞれの固有能力とそれのエネルギー源。このエネルギー源を竜命力という。竜命力は竜同士の食って食われてのやり取りによって遷移していき、それと共に固有能力も継承されていく。竜の争い自体はそこまで頻繁に起きる事はないと言われている。だが、最近になって竜に食われた竜の亡骸が多く発見されている。これは、世界各地で起きているモンスターの大量発生とも関係しているのだろうか。いや、しかし竜同士の食い合いはいわゆる”餌”がなくなったタイミングで起こることである。モンスターの大量発生が起これば、餌には困らないはずであり、自然の自浄作用によって緩やかに終息していくのがセオリーである。
「龍牙、どうした」
「いや、この亡骸も吸われていると思ってな」
「ふーん………まぁいいや」
竜命力を亡骸から吸い取る。それは竜にしかできないことだ。つまり、モンスターの大量発生が起きていても、竜同士の争いが起こっているということ。何か特別な理由があるのだろうが、それに心当たりは一切ない。
竜が同士討ちを多くし始める理由は他にあっただろうか、と青い空を仰ぐ。その時、一つだけ似た前例があったことを思い出した。
「黒龍の、舞い戻るとき……」
龍の谷に存在する石碑に掛かれていた古代文字の文章の一説である。
『黒龍の舞い戻るとき、魔物は増え、木々は燃え、海は荒れ、竜は喰らい合い、風は止まる』
その文章から推察するに、黒龍にそれだけの属性エネルギーが存在し、常に漏れ出ていることになる。そして、魔物の増加と竜の共食いは既に起きている。
「まさか……」
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「見間違いじゃないのか?」
「あぁ。その先遣隊が全員口を揃えているんだから間違いない」
「マジかよ……」
ライトのセリフにため息をつきながらソファにうなだれる。今日はせっかくの休日(毎日)であるのに、呼び出された俺は、重い体を引きずりながら(道中で実際にレナに引きずられていた。体が痛い。)騎士団本部へとやってきた。あー帰ってゲームしたい。なんて考えていると、無視できない話が出てきたのである。曰く、遺跡内部でボス部屋に到達。その部屋内に存在したボスが、2体。
通常、ボス部屋にいるボスは一体である。通常というかなんというか、それ以外には見たことがないのだ。
あの遺跡以外は。
「2度目だ」
「え?」
「2度目だよ……遺跡守護ボスが2体いるのは」
その言葉を聞いたライトは思い出すような表情を浮かべて、深く背もたれに体重を預ける。
あれは寒い日だった。事前の情報でも、壁画で2体の巨人が描かれていたり中に存在する装飾品がすべて偶数で配置されていたりなど、色々な根拠から2体いることを予想されていた。その予想通り、ボス部屋内にはボスが2体存在していたのである。当時攻略部隊を指揮していたのはライトで、俺は参加する要諦になかったものの、急遽駆り出されたのであった。というのも、ボスの片方が雷属性のビームを射出する巨人で、その攻略法について最も長けているだろうと言われたのが俺だったからだ。俺は”吸電”というスキルを持っているため、その攻撃を無効化できるのではと言われたのだ。
しかしながら、実際に戦った巨人が放ったビームの威力は、電龍刀ですら傷がつかないはずの遺跡の壁にいとも簡単に穴を開けた。明らかに吸電ができる威力を超えていたのである。
その後戦線は完全に崩壊したのを覚えているが、記憶が曖昧なため詳しくは覚えていない。
「確か、あのときってゼクルが初めて属性開放を使ったときだっけ」
「あんまり覚えてないけど、確かそうだったような気も……」
「あの時の事うろ覚えなのか」
そう言いながら、ライトはテーブルにあったコーヒーをゆっくりと手に取り、口元へもっていく。それを凝視する俺を気にも留めずにソレを啜ると、勢いよくむせる。むせ続けながら取った時とは三倍増しほどの速度でカップをテーブルに置くと、深呼吸してから続きを話す。
「あの時、前線が崩壊した瞬間、お前は後方で回復中だったんだ――」
そうだ。俺は最後列で少しずつ押されていく前線を見ながら歯ぎしりをしていた。そのときに視界に入った金色のブレスは、俺を前線まで連れて行く理由として十分過ぎた。
すぐそばに置いてあった愛剣を右手が一瞬で握り、その黒剣が俺の身体能力を急激に向上させる。数十メートルあった距離をものの2秒ほどで駆け抜けた俺が、鞘に入ったままの状態で水平に降った剣は、押し寄せる雷撃の波をすべて吸い込んだ。
吸収した雷撃をそのまま溜め込むのはよくないと直感で感じた俺は、その雷撃を一瞬で巨人の方に跳ね返していたのである。
「…密度はビームよりもブレスのほうが低い。だからあのとき、ブレスにだけ”吸電”が発動した」
その俺の独り言を聞いたライトは「なんだ、覚えてるじゃん」と言いながら、カップに手を伸ばす。
「あのあと、お前は”属性開放”を使って一瞬で巨人を倒した。まさか雷属性持ちの弱点が雷だなんて、誰も予想しなかった」
「……正確には弱点というくくりではないよ」
カップを握らずに寸前で手を止めたライトは、小さなため息をつきながら背もたれに体重を預け直す。
「どういうことだ? 弱点じゃないならあんな一瞬で倒せないだろ」
「………許容量を超えさせただけだ。乾電池に無限に電力を注ぎ続ければ、いずれ爆発する」
「そういう原理だったか……参考になる」
ライトがその原理を簡単にメモしていると、ノックの音が四回鳴り響く。
「どうぞ」
ライトのその声に返事をせずに、扉をあけて入室してきたのはレナだった。レナはトレーを持って入ってきた。トレーの上にはカップが2つ乗っている。
「はいこれ、OJ」
と言いながらライトの前にカップの片方を置く。OJとはオレンジジュースの略称である。そのまま俺の隣に来てソファに腰掛けると、再び口を開く。
「で、どこまで話したの?」
「守護ボスまで」
「本題が残ってるじゃん」
その会話を聞いて間髪入れずに口を挟む。
「おい、ちょっと待て。守護ボスよりも大事な話があるのか?」
「……王宮防衛作戦、あっただろ?」
「…忘れてた。そういえばなんかしっくり来てなかったんだよ」
そのまま続けて、その先を発言する。
「アンデルの罪状って、他国に機密情報流してたっていう国家転覆罪だろ?」
「あぁ。直接の切り口がなかったから別から攻めた結果だな」
実際それは理解できる。
「それで、最終的なところは?」
「おそらく東区の貴族連中とつながっている」
「東区ぅ? なんでそんなことに」
そこまで言ってから気付いた。東区の貴族と言えば、ドでかい案件が来ていたじゃないか。それも、目の前のこの男によって断ることになった案件が。つまりこの男は、アンデルと東区の貴族の繋がりを把握して、俺との接触を指せないために断れと言ってきたのだろう。さらに、簡単な憶測だが、剣術大会というのもかなり都合がよかったのだろう。観客として貴族が参加するのも珍しくない。剣術指南役や護衛を見繕うのにちょうどいい機会ともいえる。俺が仕事に来ないとなれば、自分から接触してくる可能性は非常に高く、剣術大会は、奴をおびき出す最も適した方法であるのは間違いない。
「まさかおまえ、そこまで計算して」
「いや、偶然」
「偶然!?」
俺が絶叫する。隣でレナがミルクティーを落としかける。唖然としている俺達に再びライトが口を開く。
「たまたま」
「たまたま!?」
今度はレナが絶叫する。当たり前だ。なんだコイツ無自覚策士か?
「じゃ、じゃあ俺を剣術大会にだしたのは?」
「出てほしかったから」
間髪入れずに今度はレナ。
「え、ちなみに東区の貴族とのつながりって、いつわかったの?」
「昨日」
「「……」」
な ん だ コ イ ツ
「え、何?」
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「うん、わかった。うん……うん……おっけー。切るね。はいー」
いつもの様にゼクルの家に呼ばれずとも参上した私は、リビングで電話しているゼクルを発見する。なかなか見ない雰囲気で話している。
「誰と電話してたの?」
「不法侵入して第一声がそれか。妹だよ」
「あー。なるほど。元気?」
「ぽいな。いつもならすぐ来るんだけど、忙しくてそうも行かないんだと」
彼ら兄妹は遠く離れて生活している。物理的な距離だけではなく、今現在は妹が別の世界で生活している。私自身も何度か会ったことがあるが、それはもうとんでもなく可愛い。モテそうなモノだが、本人が驚くほどの兄ラブなので、経験なんて無いのだろう。ちなみにラブコメみたいな鈍感野郎では無いので、ゼクルもそのことに気付いている。傍から見ていて面白い。
「ちぇ……あの髪の毛でまた遊びたかったのに」
「怒られろ」
ソファに深く座りながら、ゼクルに向かって声を荒げる。
「それはそうと、この家は来客にお茶も出さんのか?」
「客じゃねぇし。侵入者だし」
「もてなしがなってねーな、ホント」
「だから客じゃねーって。不法侵入ってわかる?」
「お客様は神様だぞお前」
「うるせーよ邪神。帰れカス」
「カスとは何だお前カスとは」
「哲学的な質問してんじゃねーよ。正真正銘お前のことだよカス。いつまでこの茶番続けるんだよ」
「仕方ねぇな、本題に入ってやるよ」
「なんで偉そうなのコイツ?」
存分にゼクルで遊んだ私は、目の前にあるテーブルに、一つのキーホルダーを出した。
「解析結果がでた」
テーブルに出したのはペンギンのキーホルダー。カリバーから渡されたというそのキーホルダーを解析して欲しいと言われたのだ。
「どうだった?」
「いろんなアテとツテを使って調べてもなんの変哲もないキーホルダーだった。一部分を除いては」
「やっぱり、ソイツの目」
レナが小さく頷く。その口から溢れる単語を俺は完全に予想できていた。
「……エクトプラズム結晶体」
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