第二章 集まる星

 深い闇の中で、ただひたすらに声をあげた。いつだったろうか、俺がその決心をしたのは。


 そう、俺が属性使いとして、剣士として生きると決めた理由は、一つの炎だった。その炎の正体は父親だった。異様に古代文明に大きな興味を示し、ずっと古代ソードスキルを使っていた。


 俺の記憶には朧気にしか残っていない。


 あの傷だらけの背中。母親や俺とは比べようもないほど大きな手。俺を見る時の優しい目つき。


 それだけは深く覚えている。いつも剣の鍛錬のごく一部を真似たり、見た古代ソードスキルを影で練習したり、俺の戦闘技術の根本にはいつも父親がいた。だからこそ、俺は常に考えていた。


 ”俺自身の剣”とは何か。”俺の正義”、そもそも”俺”とは何なのか。自問自答をいくら繰り返しても答えは出ない。炎からは答えにいけない。


 常に傘をしてきた。自分の想い、自分の欲望。それでもただただ前に進みたくて、藻掻いていた。傘を前に傾けたまま。


 前から吹く風は俺をせき止めるためにあるんじゃない。後押しするためにあるんだ。


 そう気づいたのは、いつだったか。やはり覚えてはいない。



「ゼクル、強くなりてぇか?」

「うん! お父さんより強くなる!」

「俺は強ぇぞ?」

「負けないよ!」


 そんな幼少期の俺の台詞に、心底嬉しそうに笑う表情。それがたまにフラッシュバックする。






 ちょうど、獄炎の炎を見た今もそうだった。







『ゼクル! この炎、異常すぎる! 撤退した方がいい!』

「何とか抑えられないのか!」

『私の魔力ですらガリガリ持ってかれてる!』

「マジかよ……!」


 レナの魔力がそんなスピードで減るのなら、もうこの獄炎を完全に止める方法など無い。ここは撤退だ。それが絶対的に正しい判断。しかし、俺はここで退きたくない。


 俺がここで退きたくない理由はただ一つ。


 この炎は、父さんを彷彿とさせるから。ソードブレイカーが俺の父親なのだとしたら、突然姿を消していたのもなんとか頷ける。動機なんて全くわからないが。


 敵の正体が父親なら、俺はどうするのが正解なのか。全くわからない。だが、それでも父親の可能性があるなら、ここで退きたくない。


「…レナ、」

『………悪い、退けない。でしょ』

「………」

『君の考えにやっと気づいた。……本気で行くよ』


 その瞬間に俺の周りに水色のオーラがまとわりつく。レナだけが使える最上級支援魔法。


『…コンバート』


 コンバートは対象の属性を一時的に変更するというとんでもない技だ。俺の体から水色の光が解き放たれると同時に目の前に迫っていた熱さが和らぐ。


「……流水」


 剣に水色の光が集まると、俺の周りに水が出現し、俺の放った大回転斬は炎を押し込んでいく。


 これは消火するのが目的ではない。この炎は通常の炎の温度をはるかに超えている。あつすぎる炎は水を蒸発させる。だが、蒸発すれば、水蒸気が出る。その大量の水蒸気は、そこにいる人々の視界を奪う。


「……ッ!」

 隙をみて炎から逃れた俺はそのまま二刀流に移行する。呼び寄せた黄金の剣に強い水色の光を灯しながら霧の中を移動する。確かにここにいる人物たちの視界は遮られている。だが、レナはその限りではない。そもそもとして、レナは目に頼る事なく周囲を把握できる。

『2時方向!』

 その声を効いた瞬間にソードスキルを発動する。左手が即座に閃き、右下からの斬り上げを放つと、右手の剣が交差するように斬り降ろす。その慣性に従って身を捻ると、今度は左手の剣が斜めに斬り降ろしを放ち、右手の剣が下から切り上げる。


 二重に描かれたXの字が赤く光り輝くと同時に轟音が響く。その瞬間に気付く。


 この場所には、既に気配がない。





「…逃げられた。どっちも」


『二兎を追う者は一兎をも得ず、だね』


「…忘れていたよ。その言葉…」




 

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