第20章 運ぶ命

 いつか終わる。命とはそういうものだ。


 俺が今は亡き前任の緑の騎士に言い放った言葉に偽りはない。


『お前を特別咎めたりはしない』


 だが、やりきれないと思わないわけではない。それが全てだ。俺が剣術大会に出なくなったのも、表立った行動をしなくなったのも。こうやって、俺は少しずつ姿を隠すようになった。理由はいくつかある。だが、とても簡単な事だ。


 無力感と恐怖。


 一人の友すら守れなかったという無力感により、意識せずとも表舞台から遠ざかり、失う恐怖を知ったから、人と関わるのをやめた。



 君には想像できるか?


 朝、一緒に笑いながら嫌いなピーマンを押し付け合って朝食を食べた友人が、夕飯の時間にはもうこの世にはいない。


 あまりにも現実感がない。そうだろう?





 俺だってそうだった。だから、実際に目の前にいたあの時以外、涙は不思議な位に出なかった。悲しみがないわけではないのに。










 だから俺は、月光乱舞に入ったんだ。俺の右手のこの力で命を守れるのなら、それだけでいいと。




 心の底から、命はいらないと思っていた。あの時までは。







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 ゼクルが伝説の剣士と呼ばれ始めて、彼の事を見なくなった。どこへ行ったのか、生きては……いるのだろう。死んだりしていたら、それこそ私の耳に入るだろう。そもそもあんな人数相手に(精確な人数までは把握していないが)一人で戦って生き抜いた人が、そんな簡単に死ぬわけではないだろう。



 ゼクルは、やっぱり辛いのだろう。たった一人の親友を失って、正常な精神状態ではいられないだろう。私だって耐えられないに決まっている。


 彼はそれでも耐えようとしている。私なら耐えられない。彼の精神力の強さには驚かされてばかりだ。


 アルヴァーン戦争が終わる三か月ほど前。突如として首都近くの平原地帯に巨大なゲートが現れた。そのゲートはなぜかいつまでたっても閉じる気配を見せず、政府もどうすればいいのか判断できていなかったようだが、その周辺を安全性が確認できるまで立ち入り禁止とした。しかし、調査は一向として進まなかった。なぜか、と言えばアルヴァーン戦争の真っただ中だったからだ。


 アルヴァーン戦争が終わって、復興もまだ進んでいないうち。約一か月後の四月二十八日に、突然ゲートから他世界の人間が大量に現れた。そしてその彼らは、この世界を侵略しようとしていたのである。それを知ったアルヴァーン政府は隣国すべてに救援を要請し、臨戦態勢を整えようとした。しかし、戦場に立てる人間はごくわずか。それもそのはずだ、アルヴァーン戦争の生き残りも皆、これ以上にないぐらいに消耗していたのだから。



 しかし、隣国はこの要請によってすぐに国の騎士など、大半の戦力を整えてくれた。この理由は一つ。国王カリバーの人格ゆえだ。彼の人柄の良さは国内外問わず、人を惹きつけるものがある。


 そこにさらに加わったのは言うまでもなく私たち。今ゼクルのそばにいるみんなと、そして星の戦士の三人だった。



 少しずつ人数を増やしながら、異界の戦士との闘いは続いた。彼らは一つの世界からやってきたわけではないようだった。いろんな力を使う人がいて、魔法だけでもそれは分かった。詠唱の仕方、発動時に魔法陣が出たり、様々なものがあった。





 しかし、後。戦線は崩壊した。相手が無尽蔵に出てくるのだ。こちらは常にギリギリなのに。まるで壁と戦っているような感覚だった。


 ライト君や氷河君とは連絡が取れなくなり、同じく参加していたヴァーリアスさんも行方が分からなくなった。私だって、人よりもはるかに魔力が多いはずだった。アルヴァーン戦争が終わる頃には国内でトップレベルの魔法使いになっていた。でも、そんな私ですら魔力が切れた。



 魔法使いにとって、戦場での魔力切れは死を意味するといってもいい。



 大群が押し寄せる中で、私も終わりを悟った。




 そんなときだった。その影が出てきたのは。






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 俺は月光乱舞に入ってから、感情を少し取り戻すことが出来た。と言っても、そんなのは異常な感情の持ち方にすぎない。月光乱舞は単なる騎士団の一種ではない。月光乱舞の本質は”暗殺部隊”である。重大犯罪者の居場所を特定し、その場に秘密裏に部隊を向かわせて”無力化”する。それが月光乱舞の仕事だ。その状態で、仕事外の日常で普通に笑えるのは、恐らく異常なのだろう。そんな事は俺自身もわかっている。それでも、普通に感情を出すことが出来るのはとても居心地がよかった。



 その時の経験が。いやその前のアルヴァーン戦争の経験も、今の俺には必要不可欠な要素で、”俺はこうなりたくなかった”というのは自由で、それでも。



 自分の過去を完全に否定するのはだめだなあ、とやはり思う。



 リビングのソファで溶けたまま、ぼんやりとそんなことを考えていた俺は、のそのそと起き上がると、少しふらつくような足取りで、歩き始める。向かう先は同じく一階の奥。施錠された扉はいわば武器庫。その部屋内の左側の棚を見ていく。そこに見えたのは3つの黄金。統一剣術大会の優勝トロフィーである。


 レナに見せたのは左2つ。四年前の第十一回剣術大会優勝時のトロフィーと、同じく三年前のトロフィー。




 その後、第十三回大会は中止を繰り返され、やっと去年開催された。その第十三回ではライト・ブローラスが優勝。今年開催された第十四回では俺が優勝した。三連覇まではいかなかったものの、それでも2連覇は前人未踏の域である。それを想いながらトロフィーを眺めていると、いつの間にか隣に人の気配がある事に気付く。


「…怖いよ」

「……何が?」

「イヤ…ナンデモ」


 いきなり向けられた眼光が強すぎたせいで、圧に負ける俺と、にこにこのレナ。




 とても怖い。



「そもそも、どこから来たんだ」

「そもそも私元から家にいたじゃん」

「いやなんで普通に家に入ってきてるんだよ」

「え?」

「え? じゃないが」

「私、いつもいるじゃん」




 はぁ、と大きくため息を吐く。


「そもそもそれが間違ってんだよ」

「どこが?」



 真顔で答えるレナにもう一度ため息を吐きながら、俺は静かにその部屋内を移動する。棚を眺めながら目に入った剣に手を伸ばす。伸ばしていた右手を自分で見つめる。

「あぶな」

 慌てて右手を戻す。代わりに伸ばした左手でその剣をつかむと、そのまま自分の右腰に吊る。部屋から出ると、そのまま扉を閉める。

「ちょちょちょちょちょ」



 慌てて駆け寄って来たレナを無理やり押し込んでそのまま施錠する。


 よし、と心の中でつぶやくと、その場からゆっくりと離れて、リビングへと向かう。と、目の前にレナがワープしてくる。そのままドスの効いた声で俺に声をかける。

「おい」

「何」

「閉じ込めるな」

「でも問題なかったじゃん」

「ダマレカス鉱石」


 コイツついに言いやがった。あれだけ突っ込んでたのに。


 現在時刻は十九時。そういえば晩飯を食っていない。どこで食うのか考えながらコートを取る。そのまま家を出ると、レナもついてくる。しかし先ほどとは違って深刻な顔をしている。まぁ、なんとなく理由は分かるが。

 鍵を閉めて大通りまで行くと、街灯が美しく映える暗さだ。南2区には飲食店が多い。それもそのはずで、元より各方角の2~四区は観光名所や娯楽施設が多いエリアとして作られている。住宅が全くないというわけではないが、基本的には”出かけに行く街”といった印象。その街の飲食街を歩きながら今日の晩飯を決める。そこで俺の目に見知った顔が入り込む。


「おっ天」

「ゼクルさん! こんばんは」

「天くんだー! 夜ごはん?」

 レナの顔が一瞬で笑顔になる。

「はい。お二人も、ですか?」

「あぁ、特にまだ決めてないけど」

「一緒に行きますか? この辺りにあるカレー屋さんがおいしいらしくて」

「おお! いこいこー」




「そういえばさ」

 注文した後の待ち時間で俺は天に話を振る。

「何ですか?」

「あの後、属性の出力はどうなんだ?」

「かなり上がってますよ。剣術大会時あのときはまだ不安定でしたけど、今は安定もしてます」

「いいじゃん…」

 俺は少し薄汚れた壁を眺める。店内はその部分以外目立つ汚れなどない。俺達は剣術大会の感想を言いながら、ほどなくして運ばれてきたカレーを食べた。

「あの時のあれ、違反じゃないの?」

「なに、あれって」

 俺が聞き返すと天が間髪入れずに答える。

「入れ替わってたんですよね? 確か」

「あぁ、エクスチェンジか」


 確か、剣術大会の規約には魔法の使用や不必要な暴力行為を禁止しているが、スキルのみを使った身代わりの用意などは禁止されていない。それを禁止してしまうと、デコイを使った戦術全般が違反になってしまうからだ。

 なので、ルール上は問題ないが、モラル的にはよくないのだろうと思う。そのため、俺は無言を貫く事しかできない。


「出てる出てる。顔に出てる」

「………そんなわけない」

「いや、出てますよ。顔」


 普段ポーカーフェイスと言われる事が多かったが、やはりというか実際にはポーカーフェイスでもなんでもないのだろう。

 運ばれてきたカツカレーを食べながら、今後の事を考える。最近は大きな出来事が多かったが、これからしばらくは大きな出来事もない。……はずだ。次の予定は再来月にある守護ボス戦だ。偵察もまだなので、かなりの時間を要するのは明白だ。



 ならば、この機会に跡地を巡ってしまおうか。



 ふと思い浮かんだその考えが妙にしっくりと脳内で弾けて消えた。その弾けた破片が俺に教えてくれる。



「そうか、まだ引きずってたんだな、俺」







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