第十七章 焔 ~後編~

 無限の因子の中に漂う光。その光は、どこに向かうのか。果てに見つけるその光景はどんな色なのだろう。終わらない輪廻の中、ただ藻掻くことしかできない彼らは、どこで安らぎを得るのか、またそんないとまなどないのか。


 その光の名は、”可能性”。普通の力だ。




 その瞬間にとてつもなく重かった神龍剣が何も持っていないかのように軽くなる。雷は右の壁に空いた穴から迸り、俺の身体を覆うと同時に属性の力を授けてくれる。ひょいっとその剣を投げて左手に預ける。カトラスが完全に振り向くと声を荒げた。

「おい、俺は確かにお前をコアブレイクしたはずだぜ?」

 その声に抑揚の無い声で答える。


「ああ。痛かったよ」


「だから第2ラウンドだ。お待ちかねだろ?」

「もう一回ぶっ飛ばしてやるよッ! 全剣天王ッ!」


 カトラスが大きく踏み込む。大剣を持っているとは思えないスピードで接近してくる。超高速で振りだされたその大剣が俺の元へと届く寸前に、俺はその軌道から逃れてカウンターを構えていた。

 そう。俺の目には、相手の攻撃の軌道が見えている。正確に言うと、数秒後に”何もしなければ起こる未来”が視えている。

 今の俺の視界では様々なものから青い影がでてはそれが動く。それがその物体の未来の動きだ。カトラスから出る影は俺に次の攻撃の軌道を教えてくれる。


 俺はカトラスの後方から彼の背中に向かって腕を伸ばして指を鳴らした。


 指の音を完全にかき消すような破砕音が響くは大広間の窓を突き破って飛んでくる黒い剣。人間の目には完全な円にしか見えないような速度で回転しながら飛んできたその剣の名前は電龍刀。世界最強の片手剣。その剣をひとりでに呼ぶのは使い手の秘術。

 ”オブジェクトコントロール”。

 それは自身に所有権のある物体と強く心を通わせることで可能になる”遠隔操作術”の事である。前述した心という理由により、レジェンド武器にのみ許される方法であり、使える人間もそう多くはない。


 飛来してきた電龍刀は俺の意志そのままに空中を駆け、渾身の一撃を回避されたカトラスの背中を大きく吹き飛ばす。

「おい、立てよ」

 吹き飛ばされて地に這うカトラスに向かって低い声で言う。

「全剣天王の本気が見たいんだろ。見せてやるよ」


 もう少しダメージがあるとは思っていたが、カトラスはすぐさま二本の脚でしっかりと立つと、大剣を構えた。その顔は笑っている。薬物……ではない。コイツは戦いを楽しんでいる。

「いいぜ、滾ってきたぜえぇぇ!」

 そう言いながら飛びかかってくるカトラスだが、その剣を俺は知っている。

 武器には人の手に入っていないからこそできる動きがある。電龍刀が素早く空中を移動し、カトラスの連撃を苦も無く防ぐ。しかしカトラスも一撃で終わるつもりはないらしく、再び大剣とは思えない速度で剣を振り始める。俺は電龍刀を動かしながら大きくバックステップして距離を取ると、もう一度右手の指を鳴らした。


 俺が突き破った壁。その隣にあるドア。そしてその逆側にある窓は三枚が開いていて、一枚は割れている。

 勇者剣ガルバリオン。黄金の輝きを放つ聖剣エクスカリバー。ティルヴィング、ダーインスレイヴ、クラウソテスの魔剣三本とブラグラッハという大剣。


 追加で飛んできた六本のツルギは縦横無尽に空中を飛び回りながらカトラスに襲い掛かる。さすがのカトラスも毒づきながら連撃を中断して、防御に回る。電龍刀を合わせた七本が永遠と周りを飛ぶ状態では、一本の大剣での防御などないに等しい。俺は離れた場所からその光景を見ているだけ。


 今はただ、コイツとの決着をつけるだけだ。それ以下でもそれ以上でもない。


 俺は電龍刀を呼び戻すと右手に握り、代わりに左手の中にあった神龍剣を空中へと放り投げる。神龍剣はそのままカトラスの元へと向かう。


 静かに、息を吐く。

 腰を落とし、右手を後ろに。剣は水平に。左足を前にして右足に力を籠めながら下げていく。左手を前に。肘を右側に曲げると、手先の近くに剣先が来る。身体を限界まで捻りながら、力を、魂を込める。


 思い出す。カトラスとの闘い。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 あの日、俺は返り血に塗れたまま廃墟を歩いていた。天を仰ぎ、右手に黒い剣を下げ、左腰には二本の鞘。片方は本体が収まったままだ。親友から託された剣を汚さないように、その一本だけは布を巻いている。廃墟で見つけた茶色の布だ。もともと何に使われていたかは知らないが、ないよりかはマシだろう。


 廃墟を歩いてただ通り過ぎようとしていた俺の耳に、聞きなれた音が届いた。剣戟の音。ただ剣士がいるだけなら無視していただろう。だが、剣戟ということは政府守備軍と反政府軍が戦っているということ。ほぼ確実にそれに当てはまるのなら、剣を抜くのみである。これは比喩であって、右手の剣は既に抜剣しているのだが。


 音が聞こえたのは路地を進んだ先の広場だった。長い戦乱のせいでこの場所を利用する楽し気な顔なんてない。百合の花が咲き誇る広場には半壊した簡易テントが2つ。おそらく拠点を襲撃されたのだろう。そこでは、ボロボロの鎧を着た男が2人、女の子をかばいながら必死で剣を振っていた。彼らの目の前には数人の属性使いと一人の大剣使い。いかにもガラの悪そうなその男を見た瞬間に、いやそれよりも前からかもしれない。ともかく、どちらが敵なのかは一瞬で分かった。ボロボロの男の2人が俺の姿を見つけると、俺の姿をみて、迷うような顔をしながら剣を向けてくる。

 そうか、今俺はそんな風に見えているんだな。とだけ思いながら右手の剣をまっすぐに前に出すと水平にその男に向けてそして言い放つ。


「お前の魂、……もらうぞ」


「み、味方…?」

 政府守備軍の男が一人つぶやく。俺が剣を向けているのはもちろんガラの悪い大剣使いの方だ。相手の奴らはニヤニヤを少し薄めている。おそらく俺の異常さに気付いた頃だろう。今の俺なら平気で人を殺せる。無心でその心臓を貫ける。突然拡張されたせいで力の制御ができていない今なら尚更、俺はこいつらを殺しかねない。


「……下がってな。君達には正常なままで居てもらわなくちゃいけない」

「わ…わかった!」

 震えた声でそう言いながら女の子と共に退路となる俺が来た道まで下がっていく。しかしお互いが見える位置からは移動しようとしない。心配なのだろうか。心配するというのであればその女の子と敵の心配をするべきだ。もしくは、自分たちの精神力に対してか。

 左手を未だ腰に差さる布に這わせ、剣を向けたまま、かすれた声をこぼす。


「俺は構わないが、この剣は汚したくないんだ。あまり返り血を飛ばすなよ」


 俺は手始めに、刀をもって突っ込んできた男の手首をおもむろに掴むと、そのまま手首を思い切り捻る。その手から刀が落ちた。左手が閃くような速度でその刀を握り、指先で回転させて男の身体を切り裂く。そのよろめく身体を蹴り飛ばしてその身体の後ろに隠れながら次の男へと接近する。ダガーを持った男に対して、飛ばした身体という死角を利用しての左手の刀による突きには対応できなかったようで、剣先は弾かれる事なくアーマープレートを介して男に刺さる。刺した刀から左手を離して後ろに飛ぶと、直前までいた場所に右上からハルバードの刃先が降ってくる。着地と同時に体重と力の入れ方を調整して右に1ステップで飛ぶと、右からの大振りな水平斬りをハルバードの持ち主に放つ。倒れこむとそのせいでふわりと浮いたハルバードを左手でつかむと、思い切り前に向かってダッシュする。

 今ならわかる。両手での力のコントロールも、細かい武器の操作も。左手がほぼ無意識に動き、残像をばらまきながら敵を斬りながら前進する。三人を切り伏せた俺は突進を止めて、奥の男と向き合う。大剣からは火が漏れ出ている。魔剣を持っているとするならば、すぐさま無力化しなければいけない。今この付近にいて魔剣の相手をできる人間など、俺以外いないだろう。


 ふっ、と笑ってから飛びかかってきたカトラスの大剣を、間一髪左手のハルバードで薙ぐ。右から左へ薙ぐ動きのまま、右手の愛剣で渾身のソードスキルを放つ。

 ――片手剣用ソードスキル・【メテオドライブ】

 蒼く光る剣先を男の元へと突き込む。蒼の光の中に小さな光が明滅する。煌めきを纏った俺の黒剣は烈風のごとく斬り返された大剣と轟音を放ちながらぶつかる。衝撃波が俺の前髪をほぼ直立になるまで立たせ、男の顔を鮮明に虹彩へと焼き付ける。



 後に名前を知る、紅蓮のカトラスのその顔を。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 オブジェクトコントロール自体は珍しいものではない。剣術をある程度の水準で扱い、レジェンド武器を扱う者なら扱う事もできるだろう。だが、コイツのそれはレベルが違う。


 通常、オブジェクトコントロールで操れる武器の数は一つだ。今この男は何本の剣を操っている? 四方八方から文字通り飛んでくる剣に対応するだけですでに限界を超えようとしている。


 その時、周囲を飛んでいた剣が、力を失ったかのように柔らかく地面へと落ちた。息を切らしながらあの男の方へと顔を向ける。その方向から俺に向かってくる、一つの流星をみた。

「……う…ぁぁぁああ!!!」

 魔剣とは、立派なレジェンド武器の一つだ。レジェンド武器には、強化状態がある。

 その名は、属性開放状態。武器に秘められた属性を最大限に引き出すことで、最大限の強化を施す状態。

 それは既に剣には見えない。巨大な炎自体を振り回すかのよう。炎の柱と流星がぶつかり、拮抗する。お互いの必殺の攻撃がこのように止まると、あとはその力をどこまで保てるかだ。


 力は正義だ。正義とは勝利で勝利は蹴落とすこと。剣とはソレ、そのもの。この力の証明のプロセスのために存在している。だから俺は剣をただの道具とは思わない。

 たとえ、撃ち合った俺の剣が押されたとしても、剣のせいとは思わない。


 そう、俺は気付いた。この光景は見たことがあるのだと。コイツと俺は撃ち合ったことがある。そう確信した。アルヴァーン戦争の終戦直前に戦った男と、今目の前にいる男の姿が重なる。と、同時に、黒の剣から光が消える。拮抗した時間が長すぎて奴のスキルが消えたらしい。俺の剣は強化を纏ったまま、奴の剣を弾く。


 そう、奴の剣を左に。


 目の前にいるコイツに、以前戦った時のような軽装アーマーが。青いマントが閃く姿が重なる。その姿がかすむように消える。奴が超高速で俺の右側に身体を捻りながら移動して、俺の背中に剣が当たる衝撃が伝わる。強く、そして信念のこもった一撃。


 この負け方は2度目。


 この感情は、一度目。


「………ふっ…お前もそこは俺と一緒だな」


「……らしいな」


 背中越しに聞こえた声は冷たかったが、言葉に込められた真意は分かる。


 俺の身体から力が抜けて、意識がゆっくりと暗闇へと落ちた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 俺はコアブレイクの光を見届けるとレナがいた方へと視線を向ける。レナはそこで笑顔でこちらを見つめていた。俺とカトラスには剣での決着が必要だと察して、何もせずに待機していたらしい。俺の方へと歩いてくると、ぽつりと一言。

「ボロボロだね」

 思わず苦笑が漏れる。俺のコートはあちこちに傷がついている。これは殆どが道中の戦闘によるものだ。

「……全身痛いよ」

「負けたかと思った」

「まぁ、俺は弱いからな」

 

「ふふっ……お疲れ様」

 同じく苦笑しながらも言われた言葉で、身体を酷使したことによる重さを感じた。


「あぁ、お疲れ」


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