第26話 獅子の泉

〝ここは何処でしょうか?〟


 望みはその青年にたずねた。

 発せられた声は神劔みつるぎのぞみの声と同質のものだが、外見はわからない。希はこの世界においても神劔希として存在しているようだった。


〝私は「獅子の泉」と呼んでいる。ここは閉鎖空間の一つだ。水のせせらぎが聞こえる範囲には何者も侵入することはできない。私と私が権限を付与した者以外は〟


 黒髪の青年はそう説明した。

 この青年はとてつもない力を持っている。いや、そもそも人ではないのかも知れない。希の理性は彼の存在を示す言葉を覆い隠し言語化することがはばかられる。

 青年は、長く艶やかな髪を後ろで結ってポニーテールにしている。肌は青白く、フード付きの黒い外套がいとうを身にまとった姿はカトリックの修道士を彷彿ほうふつとさせた。


〝あなたはもしや、イストリカルでしょうか?〟


〝私は私を示す名を持たないし必要としていない。だが私のことをそのように呼ぶ者もいる。イストリカルとは私の中の一面でしかない〟


〝なぜ私の精神世界に接触を?〟


〝お前は感覚だけで異世界に干渉している。もし運命に抗おうとするのならば学ぶ必要がある。時空を超えて世界と世界の狭間はざまを移動することができるのは何もお前や〈弥終いやはてともがら〉だけではない。その存在が必ずしもお前の味方とは限らない。いずれお前たちを脅かす存在もこの能力を獲得する可能性すらある〟


〝私に力を持てとおっしゃるのですね〟


〝その通り。現実世界ではその時間を取ることができない。だからお前が精神世界に潜るタイミングを待っていた〟


〝あなたは世界を救うことはできないのですか?〟


〝私一人ではできない。私もお前も運命の歯車の一つでしかないが、その役割は異なっている。私とお前がこのように出会ったのも、運命を変えようとするお前の強い意思の力が作用したからだ。でなければ私とお前が交わることはなかった〟


〝あの、私はあなたのことを何とお呼びすればよろしいでしょうか?〟


〝好きに呼んでもらって構わない〟


〝では、マスターとお呼びします〟


〝さっそくだが希。お前にまず渡しておくべきものがある〟

 

 そういって、その青年であるマスターは外套がいとうの前を開き腰の左右にさしていた短剣二振ふたふりりをさやごと外し希の前に差し出した。


〝この剣はお前の力のみなもととなり、いつかお前の助けとなる。受け取りなさい〟


〝ありがとうございます。マスター〝


 望みは短剣を受け取りマスターと同じように腰の左右に取り付けた。

 こうして希は「獅子の泉」でマスターから数々の秘術を教わることになった。

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