21 夜遅いから仕方ない

 後ろには見たことのない量の皿が積まれていた。無心でひたすら洗いまくる。

 昨日は全然眠れなかったが忙しすぎて目は完全に冴えた状態。

 しかし体の方は流石に応えていて今日は爆睡できそうだ。

 徹夜できるのも高校生のうちまでかもしれないな。


「わーすごい綺麗になりましたね。さすが男の子ですっ!」


 一通り洗い終えて運ぶだけの状態になると由香ちゃんが話しかけてきた。


「ちょっとは使えるみたいですね。その調子で頑張ってください!」


 なぜかこの子はちょくちょく上からものを言ってくる。でも笑顔で言ってくるから不思議と嫌な気はしない。最近の年下はみんなこんななのだろうか。


「えーっと、由香さんたちのおかげですよ。俺はまだまだです」

「その通りです! せんぱいはまだまだダメダメです」


 そこはフォローしてくれるところではないのか。ズバズバ切り込んでくるな。


「あと由香でいいですよ。せんぱいは本当にいい人なんですね!」

「まあ俺は下っ端なんで。小夏先輩には頭が上がりません」


 先輩と呼べって言われたことは黙っておいた方がいいだろう。


「確かにユキちゃんはいい子ですよね~。可愛いし頑張り屋さんだし食べちゃいたいくらい好きです。えへへ~っ」


 由香ちゃんは頬っぺに手を当ててくねくねしだした。

 ちょっと危ない子なのかもしれない。目がいってやがる。


「由香ちゃん大丈夫? 戻ってきて」

「あっ、ごめんなさい。とにかく、ユキちゃんはいい子なんです! ワタシとは比べ物にならないくらい可愛い最高の女の子なんです! ユキちゃんの前ではワタシなんて残飯みたいなものです!」


 目がかっと見開いていて言葉に熱がこもっている。

 ここの人たちはみんな小冬のことを大事にしてくれているし、いい友達にも恵まれたようだ。それは大変喜ばしい事なのだが、どうしてみんな俺に小冬のことを言ってくるんだ?


「小夏先輩がいい人なのは知ってる。でも由香ちゃんも十分可愛いんだからそんな悲観することないと思うよ」


 小冬が可愛いのは同感だが由香ちゃんも十分すぎるほど可愛い女の子だ。


「え、もしかして口説いてます? そういうのキモいんでやめた方がいいですよ」


 引きつった笑みを浮かべて自分の体を抱きしめる由香ちゃん。

 俺はフォローしたつもりだったんだけどなぁ。


「ごめん。気を付けるよ」

「わかってくれればいいです。せんぱい、優しくする相手は選んだ方がいいですよ。中途半端だと勘違いしちゃう女の子もいますから」

「そうだね……。覚えとく」


 なぜかキモいとかよりよっぽど胸に突き刺さる言葉だった。


「せんぱいは好きな人いるんですか?」

「急にどうした。そっちこそ口説いてるのか?」


 まだ数分しか会話してないのに距離感が近い。そういうところが小冬と馴染める要因なのかもしれないが。


「やだな~そんなわけないじゃないですか。すぐ勘違いする男の子はモテませんよ?」

「由香ちゃん俺のことからかって遊んでるでしょ」


 完全に舐められてると思う。まあいいけど。


「フレンドリーって言ってくださいよ。嫌でしたか?」

「俺も遠慮する必要無いからからそのままでいいよ。で、なんでそんなこと聞くの?」

「そろそろクリスマスじゃないですか。せんぱいは誰か一緒に過ごしたい人とかいるんですか?」

「一応聞くけどそれって──」

「口説いてません。しつこい男の子もモテませんよ」

「だよね。まあ予定はないかな」


 これは毎年のことだ。俺が一年の時も先輩とは過ごさなかった。


「誘ってあげないんですか?」


 てっきり可哀想ですねとか言ってからかってくると思った。

 しかし由香ちゃんは誘うべき相手がいるだろと言いたげだ。


「誰を?」

「それは……女の子ですよ」


 誤魔化されたな。


「由香ちゃんは相手いないの? 俺ばっかり聞かれるのは不公平だ」

「ワ、ワタシは……もも、もちろんいますよ。当たり前じゃないですか! もうラブラブなんですからね!」

「別に隠さなくてもいいだろ。バレバレだぞ」

「うるさいですね! あ、せんぱいもしかして──」

「口説いてないから安心しろ」


 俺がからかうと由香ちゃんはキーキー言って台をべしべし叩いた。


「せんぱいムカつく! そんなんじゃ嫌われちゃいますよ!」


 そんな捨て台詞を履いて由香ちゃんは業務に戻った。今のが誰のことを言っているのかは聞かなくてもわかる。

 さて、俺もさっさと片付けて──


「おい、瀬川」

「……」


 小夏先輩が仁王立ちで俺の行く手を阻んだ。前にもこんなことあった気が……。


「無視? 由香ちゃんとはデレデレ喋ってたのに私は無視なわけ? へーそう」


 相当怒ってらっしゃる。

 確かに一生懸命働いてるのに俺が遊んでたら怒るのも当然か。


「仕事はちゃんとしてましたよ。ほら、もう全部洗い終わってます」

「そんなこと聞いてないわよ」


 じゃあなんで怒ってるんだ。何とか機嫌を取らないと。


「……無視はしてないです。怒られると思って黙っただけです」

「なんで私が怒るのよ。あんたに怒ったことある?」

「今怒ってるじゃないですか。俺何かしましたか?」


 顔は隠れているが明らかにご機嫌斜めだ。


「……だって──から」

「え? なんですか?」

「うるさい……。暖くんのバカ……」


 聞こえるか聞こえないか微妙な声。

 積んであった皿を手荒に取ると俺から逃げるように駆け出した。


「あっ」


 足元がおろそかになった結果小夏先輩が躓く。あとはどうなるか想像に難くない。手元から離れた皿はフリスビーのように宙を舞い、地面と衝突してパリンと割れる。


 落下する寸前、それを見越した俺は咄嗟に小夏先輩の手を引き、自分の体に引き寄せた。俺の腕の中に小夏先輩が収まる。


「怪我してないですか?」

「う、うん。あり……がと」

「よかった。気を付けてくださいね」


 小夏先輩を放してしっかり立たせる。

 目をパチパチさせて何か言いたそうに俺を窺う。


「怒ってごめん。私とも……喋って」

「俺も無視してごめんなさい。だから顔上げてください」


 俺は小冬ではなく、小夏先輩として接した。

 小夏先輩にそんな顔は似合わない。


「大丈夫!? すごい音したけど」


 鳴海さんと由香ちゃんが箒と塵取りを持って駆け付けた。幸い抱きしめてるところは見られていない。


「ユキちゃん、せんぱいに襲われてないですか!? もしそうならワタシがぶちのめしてあげます!」

「心配しないで由香ちゃん。私は平気だよ」


 由香ちゃんが拳を構えたところで小夏先輩が止めてくれた。

 俺は掃除道具を受け取って破片を集める。落としたのは五枚ぐらいだからそこまで大惨事と言うわけでもない。


「今日は忙しかったもんねぇ~。きっと疲れが溜まってるから今日はもう帰って休んだ方がいいよ。もう時間も過ぎてるしね」


 時計を確認するとすでに定時を三十分ほど過ぎていた。


「店長の車来たから高校生はみんな帰っていいよ。あとはお姉さんに任せなさい!」


 鳴海さんが胸を反らして微笑む。その様子を見ている俺を何故か他の女子二人が睨んできた。俺の目ってそんなにキモいのか?


「じゃあお言葉に甘えて上がらせてもらいますね。お疲れ様です」

「うん、お疲れ~」


 店長が出勤したため俺たちは帰ることにする。更衣室に戻ろうとしたら俺と小夏先輩だけ鳴海さんに呼び止められた。


「二人は一緒に帰った方がいいよ」


 ニヤニヤしながらそんな提案をしてきた。

 それを聞いた小夏先輩が横で首をぶんぶん揺らしている。

 なにそれ可愛い。


「俺はいいんですけど本人が嫌がってますから」


 今度は縦にこくこく振った。そんなに俺と一緒は嫌か。

 すると鳴海さんが小夏先輩の肩を持って正面から向き合った。


「ユキちゃんは今日危なっかしいから一人で帰っちゃダメ。それにもうすぐ十時になっちゃうから変な人に絡まれたらどうするの。これは先輩命令です。一緒に帰りなさい」


 真剣な表情の鳴海さん。小夏先輩は一度だけ小さく頷いた。


「よし、これなら安心だね」


 鳴海さんはニッコリ笑った。顔には面白そうと書いてある気がしてならない。


「お疲れ様でーす」

「あ、お疲れ由香ちゃーん」


 制服姿の由香ちゃん。見たことないと思ったら他校の生徒だったか。


「由香ちゃんも一緒に帰ろ?」


 小夏先輩がおどおどした様子で尋ねる。


「ワタシの家は目の前だから大丈夫ですよ。ユキちゃんは男の人と帰ってください!」


 笑顔を弾けさせると由香ちゃんは鳴海さんとアイコンタクト。お互いに親指を立てると由香ちゃんは帰ってしまった。


「じゃあウチも仕事戻るね。お疲れ~」

「鳴海さんのいじわる」

「も~ユキちゃんは可愛いな~。頑張ってねっ」


 そんな意味深なやり取りが行われて俺たちは一緒に帰ることになった。

 割れた皿のように、俺たちの関係は昔みたいには戻れないのかもしれない。

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