第8話「パパとお祖父ちゃんは私が護る… ➁救出作戦開始」

『どうしよう、ママ…?』


『しっかりしなさい、ニケ! あなたしか乗員乗客全員を助けることは出来ないのよ!』


 アテナは狼狽うろたえるニケを強く叱咤激励しったげきれいした。しかし、無理もない… くみはまだ15歳になったばかりの少女なのだ。中学校で受けていた授業を途中で抜け出して来た少女が、過酷かこくな使命に立ち向かっているのだ… 動揺しても、誰が彼女を責められるだろうか?


『ごめん…ママ、私がやらなきゃいけないのよね… よし、くみ頑張る!』


『そうよ…くみ、それでいいわ。必ずみんなを助けるのよ。まず、破壊されたエンジンの状態を見て。』


『うん… 今も溶け続けてるわ… 何とかしないと…』


『ニケ、翼を破壊しないようにエンジンだけを切り離しなさい。あなたの瞳の「ニケの青い炎」を使って。』


『わかった、ママ。やってみる…』


 『ニケの青い炎』とはニケが両目から発する青いレーザー光線の事である。それを使って溶け続けるジェット機の左翼エンジンを、溶解が翼にまで及ぶ前に切り離すようにアテナは言っているのだ。


 しかし、巨大なエンジンである。マイクロバスほどの大きさがあるだろうか。それが徐々に溶けていくのだ。いったいどれほどの溶解力があの怪物の唾液にあったと言うのか…


 ニケの双眸そうぼうが再び青く輝いた。ニケはエンジンと翼をつないでいる箇所に合わせて出力を弱めた光線を照射し、トーチの様に焼き切り始めた。


「慎重に… 翼を傷付けないように… 」


 ニケはつぶやきながら切断作業を進めていく。しかし、その間もエンジンの溶解は下の方から徐々に付け根の方へと進んでいる。ニケはジェット機と同じスピードで飛び続けながら、この難しい作業を行なっているのだ。並みの集中力では不可能と言っていいだろう。


「頑張って、ニケ… いえ、私の愛しいくみ…」


 遠い地で母アテナは、娘の健闘を祈り続けるしかない自分を歯がゆく思った。


 しかし、ニケにはそんな母の祈りがしっかりと届いていたのだ。あと少しで焼き切れるという段階まで来たところで、エンジンは自重で接合部分を引きちぎるようにして翼から分離した。重いエンジンはジェット機の後方へと飛んで行った。


『やったわ、ママ!』


『よくやったわね、くみ… 』


 アテナは涙を流しながら、健闘した我が娘をたたえた。出来る事なら今すぐ飛んで行って、くみを自分の胸に抱きしめたかった。


『さあ、くみ… まだ終わりじゃないわ、頑張って!』


アテナの激励げきれいうなずくニケ。


『そうよ、ニケ。お父さんの所へ行きなさい。操縦席の窓の所へ。』


 アテナには何か考えがあるらしかった。ニケはさっそく言われた通りに行動に移した。ジェット機の操縦席の窓の外側部分に腰を掛けたニケは、そっと中を覗き込んだ。


 いた。父の榊原竜太郎さかきばら りょうたろうが操縦席に座って操縦かんを握っている。隣の座席には副操縦士も座っていた。


「あっ、パパ! 駄目だわ、もう一人いる… あ、あの人…確かパパの後輩の齊藤さいとうさんだわ…前に会ったことがある。齊藤さいとうさんに見られないようにしなきゃ…」


 くみの見知った人物だった。以前父の職場を見学した時に紹介されたのだ。二人とも青い顔で何かを話し合っていた。


『ママ、操縦席の窓の外に着いたわ… 』


『わかった、私はお父さんに念波を使って話しかけてみる。 前にお父さんと念波で話したことがあるのよ。精神の波長を合わせてみるわ… 』


 アテナは竜太郎と以前に精神で会話をしたらしいが、果たしてうまくいくのか…? ニケはハラハラして待つしかなかった。


     **********************         


 ここ操縦室では、機長の榊原竜太郎さかきばらりょうたろうと副操縦士の齊藤さいとうが現在の状況を話し合っていた。


齊藤さいとう君、左翼のエンジンがついに落ちてしまった。原因は不明だが、このまま当機は右翼エンジン一基のみで着陸まで飛行を続けるしかない。マニュアルでは3~4時間で着陸すべきとなっているが、成田まであとどのくらいだ。」


「はい、機長… 右翼エンジンのみでも何とか飛行可能です。が… 」


「どうした、言いたまえ。」


「はい、左翼エンジンへの燃料供給はストップしたのですが、それまでに燃料が流出してしまっています。私の計算では、成田まで右翼のエンジンの稼働でさえ、着陸まで持つかどうか微妙なところです。」


「そうか… ん…⁈」


「どうしました、機長?」


「いや、何でもない… ちょっと、トイレに行かせてくれ…」


 竜太郎は操縦室を出てトイレに入った。CAが心配そうに竜太郎を見ている。もう乗員にはエンジントラブルについては伝えてあった。トイレに入った竜太郎は便座に腰を掛けて目をつむった。


『アテナか…? どうしたんだ?』


『あなた… あなたのジェット機は空飛ぶ怪物に襲われて左翼のエンジンがやられたのよ… 今、ニケがあなたの機のすぐ外にいるわ。』


『ニケ…? くみが来ているだって? それに怪物が…?』


『落ち着いて、あなた。怪物はニケが倒したわ。そっちは大丈夫よ。でも、戦闘の際に左のエンジンを失ってしまった。だから、機長のあなたに判断して欲しいのよ。ニケが外であなたの指示を待ってるわ。』


『何がどうなってるのかよく分からないが、君の言っている事は本当だろう… 信じるよ。確かに当機は左翼のエンジンを失ってしまったようだ… 今、副操縦士と話していたところだ。まさか、原因が怪物だったとは思わなかったが… 』


『乗っている人達の全てが怪物の事に気付かなかったのは、あなたのお父様のおかげなのよ… 』


『父さんの…?』


『そう。お義父とう様が飛行機全体に結界を張って下さってたおかげで、怪物はそれ以上は機体に入り込めなかったのよ。今は安心して眠ってらっしゃるわ… 』


『そうか… 父さんが結界を…』


『それよりも、あなた。その機を何とかしないと。』


『そうだな… ニケと君は念波で話せるんだな?』


『ええ… だから私があなた達の通訳になるわ。』


『わかった、頼むよ。』


 それを最後に竜太郎は操縦席に戻った。戻ってすぐ副操縦士の齊藤さいとうが言った。


「機長、機体が左に傾いています。左の推力が落ちた分、どうしてもそうなります。このままでは、当初の目的地の成田までたどり着けるかどうか、燃料の残量もあわせて考えると難しいとしか…」


「だろうな… 当然考えられることだ。だが、B777は一基のエンジンが停止しても3~4時間は飛行可能なはずだぞ。マニュアル通りなら…だが。」


「はい、私もそう考えていましたがエンジンは停止したのではなくて、丸ごと無くなっているんです。どうやら、落下したとしか… そのため機体のバランスが大幅に狂っているんです。このままでは、飛行を続けること自体が難しい状況です… 」


「うーむ… そうか… それは厳しい状況だな。」


そう言った竜太郎は操縦席に座って目をつぶった。


「すまん、齊藤さいとう君。しばらく声をかけないでくれ。何かいい策がないか集中して考えてみる。」


「分かりました、機長。ですが、燃料の残り時間も考慮して下さい。」


竜太郎はアテナに対して念じた。


『アテナ聞こえるか…? 返事をしてくれ… 』


『ええ、聞こえているわ、あなた… 』


『ニケに頼んでくれないか? あの娘がこの機までの距離をわずかな時間で飛んだ事を考えると、十分じゅうぶんに検討にあたいする考えがあるんだ。聞いてくれ… 』


『 …… この考えをニケに伝えてくれ。』


『 …… 分かったわ、あなた。必ずニケに伝える。』



竜太郎は閉じていた目を開けて、齊藤さいとうに対して話し出した。


齊藤さいとう君、これから私が言う事は君には理解不能かもしれないが、何も言わずに私を信じて指示に従ってくれないか。頼む…この通りだ。」


竜太郎は後輩であり、部下でもある齊藤さいとうに対して深々と頭を下げた。


「や、やめて下さい… 榊原さん! 頭を上げて下さい…!私はあなたを尊敬しているんです。私はあなたに従います、どうぞ指示して下さい!」


「ありがとう… 齊藤さいとう君。二人でこの機を何とかしようじゃないか!」


 そう言って竜太郎は、齊藤さいとうの肩を力強く叩いた。そのとき齊藤さいとうの肩越しに見える操縦席の窓の隅で何かが動いた気がして、竜太郎が目をこらすと… そこに娘のくみが…いやニケがいた。こちらに向かって笑顔で手を振っている。竜太郎は危うく齊藤さいとうの前で吹き出すところだった。我が娘ながらいつ見ても愛らしい、思わず抱きしめたくなる笑顔だ。


「機長? どうかされましたか? 外に何か…?」


 齊藤さいとうは竜太郎の見つめていた自分の後ろを振り返って見た。青空と白い雲しか見えなかった。首をかしげながら齊藤さいとうは竜太郎の方に向き直る。そうすると、またくみが現れて竜太郎に向けて右手を突き出し、親指一本のみを真上に向けるポーズを取った。「OK」のサインだ。くみは竜太郎に合図を送っているのだ。アテナから竜太郎の計画を聞いたのだろう。竜太郎は齊藤さいとうに見えないように、くみに向かって右目をつむりウインクして見せた。「GO」の合図だ。二人の間で、くみが幼いころから行われていたサインだった。竜太郎が教えたのだ。


 竜太郎を見ていたニケは、父の右目のウインクを確認した。竜太郎からくみへの「GO」の合図だ。


「わかった、パパ。作戦開始ね! 私が絶対にみんなを助けるわ!」


 ニケは座っていた操縦席のすぐ外側の場所から、銀色の翼をきらめかせて飛び立った。




**************************



『次回予告』

くみとアテナに自分の考えを伝えた榊原竜太郎…

家族三人が力を合わせて危機に立ち向かう。

果たして三人は数百人の乗員乗客を乗せたジェット機を救うことが出来るのか…?

緊迫の次回ニケ第9話「パパとお祖父ちゃんは私が護る… ③家族三人命がけの共闘、そして結末は…?」

ご期待下さい。

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