ニケ… 翼ある少女

幻田恋人

第1話「壁を這う怪物との戦い」

人がってきた…

そして、路面に激しい音を立ててぶつかる。

「ぐしゃっ!」

胸が悪くなる嫌な音がした。

音だけで十分だ。光景は誰もが見たくは無かった。

見上げると、また人間がってくる。

「危ないっ!」

地上をあわてて逃げまどう人々…

人々は上を見る。

すると、高層ビルのはるか高い壁面をうモノがいた。

姿は人間のような形をしている…

だが、人間に高層ビルの壁をえる訳がない。

その生き物は、かなりの速度で壁をいまわっていた。

舌…だろうか?

 頭部の口に当たる部分から突き出したひも状の長いものを、窓ガラスを割って部屋にはなった。

 そして、はなった舌で部屋の中から人間をつかまえて引きずり出しては、下の路面に向かって放り投げているのだ。

「また落ちてくるぞっ!」

下にいる人々は逃げまどう。


「化け物だあっ!」


怪物のいる高層ビルの上階の方から、人々の叫び声が聞こえる。


「警察を呼んでくれえ!」

「助けてえっ!」


 下にいる人々はスマホでこの惨事さんじを撮影している者、逃げ出す者など様々さまざまだが中には警察に連絡している者もいた。


その騒ぎの中に、立ち止まったまま落ち着いてビルを見上げる二人の人物がいた。

奇妙な取り合わせの二人で、一人は和服姿の老人男性…70歳くらいだろうか。

 もう一人は十四、五歳の中学生くらいだが、ハーフの様な顔だちをした青い瞳の美少女だった。


「おじいちゃん、何とかしないと…」

「ああ、そうなんじゃが…」


「私、行くわ! おじいちゃん、これ持ってて!」

 そう言うと少女は、自分の着ていた学校の制服の上着を脱ぐと老人に手渡し、何を思ったかビルの方へ向けてけ出した。


「待ちなさい、くみ!」

老人が止めても少女は振り向きもせずにけていく。


 そう言ったやり取りの後、くみと呼ばれた少女は騒々そうぞうしい人込みから離れて、ビルとビルの隙間すきませまい空間に姿を消した。

「待てというのにっ! もう、しょうがない孫じゃのう…」

そう言いながらも老人はニヤリとみを浮かべていた。


少女が消えたビルの隙間すきまから、何かがすごい勢いで飛び出した。

そして上空へと舞い上がっていく。


「おいっ! なんだあれっ!?」

今まで上空の怪物をスマホで撮影していた人々から口々に声が上がる。

「化け物のそばまで飛んで行って、止まったぞ…」

「なんだ…あれ?」

「翼の生えた…少女?」

「制服…だよな…女の子?」


人々は自分の目を疑った。

ビルをう怪物の前でつばさを羽ばたかせて静止しているモノ…

その姿形すがたかたちは人間で、少女の服装…学校の制服のような…を着ているようだ。


 その者の制服(?)のブラウスの背中からは、銀色に輝く巨大な鳥のようなつばさえていた。その背中で羽ばたくつばさは作り物には見えなかった。まるで生きている鳥の翼そのもののようだ。

 顔は…何か銀色に輝く仮面の様な物で上半分をおおってかくしている。


「人を殺すのをやめなさいっ! け物っ!」

制服を着た仮面の少女が、壁をう怪物に向かって叫んだ。


声は少女特有の細くて高くんだ美しい声だった。

「何だあ? お前だって化け物だろうが! つばさで空飛びやがって!」

驚いた事に、ビルの壁をう怪物も日本語をしゃべった。


「私は…」

仮面の少女が言いよどむ。

「へっへっへ… どうしたよ、つばさの化け物さんよう…」


「私はお前とは違うっ! 一緒にするなっ! やめないならこうよっ!」

仮面の少女の目に当たる部分から青いレーザービームの様な光線がほとばしった。

 青い光線は、ビルをう怪物が口から延ばし振り回す長い舌…これが室内の人間をつかまえては放り投げていたのだ…に当たった。

見る間に怪物の舌は青い光線に焼き切られて下に落ちていった。


「ぎゃあああ…!」

怪物は口を手で押えて苦悶くもんの叫びを上げた。


涙を浮かべた恐怖の表情で後じさり、逃げようとする怪物…。

仮面の少女の目から再び青い光線が放射され、怪物の退路たいろを焼く。

「逃がさないわよ…! 警察が来るまで、お前は私が逃がさない…」


そこへ下から警察車両のサイレンが鳴りひびき、近づいてきたようだ。

下の方がさわがしくなってきた。


「やっと来たわね… お前は警察につかまえてもらう、そこで大人おとなしくしてるのよ。」


とその時、

「ブシャッ!」

いや破裂音はれつおんと共に、口をおさえていた怪物の頭が吹き飛んだ。

文字通り端微塵ぱみじんであった。


目の前でこの光景を目撃した仮面の少女は、口を押さえて、

「きゃあああ…!」

甲高かんだかい悲鳴を上げた。


頭を失った怪物は落下していき、真下に駐車していたRV車の上に撃突した。

衝突されたRV車は衝撃で車体全体が大きくへこんで破損した。

たたきつけられた怪物の身体からは、緑色の血(?)の様な体液が飛び散った。


 やはり怪物は人間では無かったようだ… それでは仮面の少女の正体はたして…?


 仮面の少女はその光景を見下ろしたまま、翼を羽ばたかせて空中で静止していたが、

「くっ…」

 小さく口走った後、方向を変えて目にも止まらないほどのものすごい速度で、近くを旋回せんかいしていた報道ヘリを尻目しりめに飛び去った。


 地上では、怪物が落下したRV車のまっていたビル前の駐車スペースを警察官達が取り囲み、関係者以外の立ち入りを出来ないようにしていた。


 先ほどの老人はその光景を眺めていたが、となりにくみと呼ばれた少女が戻ったのを機に少女とともに歩き始めた。


「やられたわ… おじいちゃん。誰かが怪物の頭を狙撃そげきしたみたい…」


少女の話を聞いた老人は、

「そのようじゃな… それが何者かじゃ、問題は…

ニケとなったお前さんの目でも、そいつをとらえられなかったんじゃな?」


少女は残念そうにうなずき、老人の顔を見つめた。

「敵…なんでしょ、おじいちゃん…? そいつは…」


「ああ… 味方ではあるまいて…」


「しかし、くみよ… お前さんはムチャをするのう… わしはヒヤヒヤして見てられんかったわい…」

老人がニヤニヤしながら、くみを見て言う。


くみは老人をにらんで、

「おじいちゃんの嘘つき、楽しそうにニヤニヤ笑って見てたくせに…!」

と言いながら、老人の脇腹わきばらひじ小突こづいた。


「いたた… 孫のくせに祖父そふに乱暴をするな… か弱い老人をうやまわんか… ほっほっほ…」

そう言って、老人は大声で笑った。


くみもはじめて愛らしい笑顔を浮かべ、

「もうっ、おじいちゃんたら… ふふふ…」

笑いながら老人の腕に自分の腕をからませた。


「じゃがのう、くみや。人前でニケになるのは危険じゃぞ…

さっきも野次馬やじうまにスマホでバンバン撮られとったわい。youtubeに流されたらどうするんじゃ?」

またもや、ニヤニヤ笑いながら老人がくみに言った。


「えええっ! おじいちゃん、それホントなの? どうしよう…ママに怒られちゃう…」

くみが冗談ではなく、小さくふるえ出した。


「まっ、やってしまったことは仕方ないじゃろ。わしが母上に取りなしてやろうかの。」

そう言って老人は、くみの頭を優しくでた。


「お願いね… おじいちゃん。ママはとってもこわいのよ…」

老人にからめた腕にすがる様にくみがうったえる。


「ほっほっほ… 天下無敵のニケも母親には形無かたなしじゃのう…」

老人が声高らかに笑った。


くみもつられて笑顔を取り戻した。


「まったく… 今日はくみの買い物に付き合って、とんだ目に合わされてしもうたわい…」

 老人が孫に向かって皮肉めいた口調で言っているが、顔は相好そうこうくずしており、孫を見る目は慈愛じあいに満ちていた。


「ごめん、おじいちゃん… このめ合わせに何か美味しいものおごるから許して。」

くみは、何とも言えない可愛い笑顔で祖父に向かって手を合わせた。


「約束じゃぞ。さあ、帰ろうか… くみや。」


「うん、おじいちゃん。」


老人と孫は仲良く腕を組んで歩きながら、帰途きとに着いた。

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