第9話

 瑠璃は目を覚ますと、目の前で寝ているはずの空がいないことに気がついた。

 

 そして、時計を見ると遅刻ギリギリな場所に二つの針が無情にも刺していることにも・・・・・・


「やばっ!」


 瑠璃は慌てて自分の部屋へと戻り、最低限の身支度をしてから家を飛び出た。


 昨日、空達が来る前に風呂に入っておいてよかったと過去の自分に感謝しながら、家の門を飛び越える。


 すると部活用のテニスラケットが頭を慣性で殴ってきた。

 瑠璃は一瞬、蹲るが止まっていては遅刻なため、すぐさま走り出す。


 梅雨の時期のためか。

激しい呼吸の中、湿気の多い香りが鼻に通り、空気が物理的に重くなっている感覚が拭えない。


 しかし、瑠璃は腐っても運動部。

その重さを無視して足をすすめる速度を速める。


 学校がどんどん近く大きくなっていき、ようやく門が見えた。


 今日の当番の先生が門を閉める準備をすることに気がつき、さらに走る速度を速めて跳ぶ。


 閉まる5センチくらいの隙間を通ってギリギリで、学校に入った。


「セーフ」

「セーフというには烏滸がましいから、明日はもっと早く来なさいよ」

「はーい」


 当番の先生に愚痴を零されながらも、瑠璃は走るのをやめず、2-3と書いてある教室のドアを開け。

 騒がしい教室へと入る。


 その中には転校生というワードが飛び交っていた

それを横目に瑠璃は自分の席へと着いた。


「あー疲れたぁ」


「おはよ」


「おはよー。凛ちゃーん」


 瑠璃は、自分の席まで来てくれた親友の凛に挨拶を返し抱きつく。


「汗臭い」

「ひどっ!!」


 凛は、泣き真似をする瑠璃の頭を撫でてあげる。


 その美少女達のやりとりを周りの男子が何様なのか微笑んで眺めていたが、凛の雛を守る鷹の親の如く鋭い目を向けると男子達は解散していく。


「そうだ。瑠璃。LIMEみた?」

「見てない」

「やっぱり・・・・・」


 瑠璃が白熱ルール決めをして寝てしまったそのままLIMEは弄ってなかった。


 瑠璃は普段は鬼LIMEを、凛に向かってやっているため、凛は瑠璃の事を瑠璃よりも知っている。


 しかし、LIMEが来なかったということから、携帯を昨日開いていないことを予測していた。


「転校生が来るんだって・・・・・その転校生って、瑠璃の弟でしょ」

「そ。再婚の相手側のね」


 気軽に警戒心なく答える瑠璃に凛は眉を顰める。


「年頃の男が同い年の女の子と一つ屋根の下ってどうかと思うけど」

「大丈夫。大丈夫。全く相手にされなかったから」

「それはそれでどうなの?」

 

 凛は口に手を当て、思考を巡らせる


一つ屋根の下→全く相手にされない→何かしようとした?!


「瑠璃・・・・・貴女まさか」


 凛が顔を真っ青にして聞こうとすると、ガラガラと扉の開く音が鳴り響き、静かになる。


 担任や校長との話を終えた空が入ってきたのだ。

クラスメイトは誰が話しかけるのかと言い合いをしているが、凛がずんずんと空に近づき肩を掴んだ。


「貴方、空君であってる?」

「・・・・・はい」


 空は突然の出来事に混乱と恐怖を抱くが、

普段こういうことがよく起きるため(元凶 母)然程気にはならなかった。


 凛は周りの目を気にしてか、周りに聞こえない程度の声量で囁いた。


「貴方、瑠璃の同居してるのよね」

「あ。はい」

「別に言いふらすとかは、するつもりはないから安心して。・・・・・でも、一つ聞きたいことがあるの」


 凛は真剣な空気に、空は思わず息を呑む。


「瑠璃、君になんかした?」


 空が変な顔をした。

普通逆じゃないか? という疑問を置き去るように、空気の真剣さも置き去られる。


「何かとは?」

「そ、それはその・・・・・エッチなこととか?」

「はい?」


 凛は真っ赤になって、手を振る。


「いや、いやね? そういうことが気になるとかじゃなくてね。友達が道踏み外してたらどうしようって思った話で。ごめん!」


 凛はそのまま真っ赤になって、瑠璃の元へと帰っていった。

 空からしてみれば謎の一言だが、瑠璃関連とならば話は別になってくる。


『言いふらさないように言っておくか。迷惑かかるかもしれないしな』


 そう思い、バックを開いてイヤホンを取り出し耳につけると、近代技術のノイズキャンセルという素晴らしき耳栓機能を使い、現実を逃避していた。


 しかし、空は肩を叩かれる。

今度の相手は瑠璃だった。その後ろに、顔を真っ赤にした凛が隠れている。


「どうした?」

「空君。ごめんね。凛ちゃん、勘違いしてたみたいで、普段はこんな変な子じゃないの」

「変な子いうなぁ」


 瑠璃は、バシバシと凛に背中を叩かれているが元がお姉ちゃん気質なのかあまり気にせずに、空に笑っていた。


「別にいいよ。でも、あんまり同居のこと言いふらさないでくれ」

「ん? いいけど、なんで? あっ!了解!」


 瑠璃は首を傾げるが、凛を見て納得した。

凛は不満そうな顔をしていたが、


「まぁ、男女一つ屋根の下ってだけでも飢えた高校生の超美味しい飯の種になるからね」

「誰かさんみたいにね」


 凛はポカポカと再び瑠璃を叩き始める。

瑠璃はそれを見てあははと笑い、自分の席に戻って行った。


 空は二人を片目に、イヤホンをつけようとすると

教室のドアがガラガラと開いた。


 二人が突然自席に帰った理由を悟りながら、イヤホンを鞄にしまう。


「そこにいるように今日から転校生が来た。仲良くしてやってくれ。一応自己紹介しとくか。ほら、来い」


 空は担任を信じられないような目を担任に向けてから、立ち上がり、黒板の前に立つ。


 辺りが鎮まり返り、空だけに視線が刺す。

普段、注目されない空からしてはかなりの負担。

 吐き気を催す感覚を誤魔化しながら口を開けた、


「転校してきた、今泉 空です」

「ちょっと待て、お前の名前は白柳 空の筈だが」

「・・・・・・・そうとも言います」


 空は再婚のことを完全に頭から抜けていたことに気がつき、頭を抱えたくなる。


 初っ端からやらかしたと、


 こいつマジか、みたいな雰囲気の中で

瑠璃だけが必死で笑いを堪えている。


「あー、じゃあ、HRを終わる。号令」


 係の者が号令をかけて、クラスメイトは解散していく。


「白柳、なんかわかんなかったことがあったら、隣の相川に聞け」

「了解です」


 空は自分の席に戻ると、餌を見つけたハイエナのような形相をしたクラスメイトに襲われた。


 おしくらまんじゅうの中心にいるため、かなり窮屈である中でポンポンポンポンと容赦なく、質問が飛び交う。


「どこからきたの?」

「苗字間違えるってある?」

「家の事情?」

「他校の女の子紹介とかできる?」

「白柳さんと関係とかある?」


 空はフリーズした。

しかし、相川という女子に引っ張り出される。


「困ってるし〜。やめてあげてちょ」


 空は再びフリーズした。


 伸びに伸びたネイル、少し厚い化粧、髪飾りの多さ、鞄についている誰得なのかわからないようなキーホルダー。


 ギャルだ、


 しかし、フリーズした理由はそこではない。

 そのギャルの身長が小学生と捉えられるほど、小さく、顔も小学生と捉えられるほどの童顔だったからだ。


 見た目とのギャップがすごい。


 クラスメイト達は愛犬を見る目で相川を見て、仕方ないなー、と言いながら相川の頭を撫でてから、解散していった。


 なんなんだこいつら

空はそう思いながら席に着くと、

 相川が前に座ってきた。


「今日一日よろしくね」


 空は深いため息を飲み込んだ。


 

 

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