最終章 ⑤

「......んぱーい」

「................」

「先輩ってば!」

「......んぁ? 紫水? どうしたんだ急に」

「その言葉、そっくりそのままお返しします。先輩こそ、こんなところでどうしたんですか?」


 俺はそんな紫水の言葉を受け、俺が今までしていたことを思い出す。まどろみから覚めた直後では上手く頭を動かせなかったが、なんとか概要くらいは思い出すことに成功した。


「いつも通り部活に来たらお前がよくわからん状態でな。起きた時にどんな顔を合わせたらいいかも分らんし、そっとしておいてやるのが一番だろうということで、な。

 そんなことより紫水。何かあったのか? 話くらいなら聞いてやれるが」

「いえ、私はとりあえず大丈夫です」


 そうにこやかに答える紫水だったが、よほど泣いたのだろう。瞳には細く赤い筋が何本も走り、頬は仄かに紅潮している。

 そんな様子の紫水を俺は大丈夫だとは思えなかったが、俺が声を発する前に、先に紫水が動いた。無言のまま、俺にとある封筒を差し出してくる。


「............これは?」

「手紙です」

「ごめん、言い方が悪かった。その手紙は誰からのものだ?」


 そう問うと、紫水は黙り込んでしまった。なぜ言えないのだろうか。そしてなぜ、差出人も知らせずに俺に手紙を読ませようとしているのだろうか。

 不思議というよりも、不気味で仕方がなかった。


「何で黙り込んでいるんだ」


 呆れ半分でそう聞くと、紫水は恐る恐るといった声音で言葉を紡いだ。


「............先輩、本当に言って怒りません?」

「むしろ言わない今の方が怒りたい気分だよ」


 そう言うと、さすがに紫水も覚悟を決めたのか、一回ほど深呼吸をしてから、再び俺に向き合った。本当に誰からなのだろうか。ここまでくると俺までもが緊張してきた。

 そしてついに、その人の名が紫水から明かされる。


「..................金村先輩です」

「えーと、それはどこの金村さん?」

「............金村、悠姫先輩です」

「金村勇気君か.........紫水の知り合いか?」

「悠久の悠に姫と書く、元トリカブト研究会副部長の! 金村先輩です......」

「へえ、そこまでの偶然がこの世にありえ——」

「——いい加減にしてください先輩! 終いには私も怒りますよ?」

「...............いい加減にするのはどっちなんだよ」

「先輩の方ですよ。これは本当に、金村先輩から届いた手紙なんです」

「生前書いていたものが見つかったのか?」

「いいえ。内容的にも違いました」

「内容的にって、もう封を開けたのかお前」

「違います。この手紙は、私と環先輩、一人ひとりに贈られた手紙なんです」

「じゃあ、さっきお前が泣いていたのって.........」

「はい、ご想像の通りです」

「......俺は極力、人の涙というものを疑いたくない。それも、紫水のような純粋な奴のものは特にだ。けれど、すまない。今回に関しては、その限りではないかもしれない」


 俺がそう告げると、廊下は静寂に包まれた。今がテスト期間でほとんどの部活が休みとなっていて、本当に良かったと思った。

 重い空気が、数十秒にわたって漂い続ける。

 そんな空気を先に破ったのは、紫水だった。


「.........土下座で、どうですか」


 そんなことを言いながら、彼女は膝を床に付けようとする。


「ちょっと待て!」


 が、さすがに後輩にそんなことをさせるわけにはいかなかった。俺は、咄嗟に大声でそんな紫水の行動を止める。


「どうしてなんだ......? どうしてお前は、そこまでして俺にそれを読ませようとする?」


 一つだけ、それだけが気になって仕方がなかった。しかし、それに対しての答えは、いつまで経っても聞こえてこない。

 紫水は、ただ黙って俺に手紙を差し出すばかり。


「............紫水に免じて、読んでやるよ」


 痺れを切らした俺は、少々乱暴に手紙を受け取り、その封を切った。

 中からは、三つ折りの便箋が二枚出てきた。まだ腑に落ちてないながらも、紫水の目もある手前、一応文面に目を通す。

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