最終章

最終章 ①

 私、紫水蘭は放課後の校舎内を走っていた。しかし私もそこまで体力がある方ではないし、そもそも走ることはあまり好きではないので、普段は校舎内で走ることは基本ない。だけど、今日だけは別だった。

 一年の教室があった二階から私の目的地である情報処理室がある四階へと向かうための階段を一段飛ばしで登っていく。

 途中、その階段の掃除当番にあたっている人に少し嫌な顔をされたが、手刀を切りながらの「ごめんなさい」という一言で謝罪の意を示すと、相手の反応も待たずにそのまま走り抜けていった。

 そして、四階に到着すると、ほぼ直線となった道を再び走る。

 今私がここまで急いでいるのには理由がある。というのも、今日の朝、たまたま、なんとなくで私が高校に入学した時からつけている日記帳を読んだのだ。すると、文字が埋まっている最後のページ、つまり昨日の日記の最後に、ほかの文字群とは明らかにサイズ感が異なった文字で、『明日、部活に絶対に行くこと!!』とでかでかと書かれていた。それはまるで、誰かが私にそれを伝えているかのような書き方だった。

 もし何か用があるとしても、何もそれを日記に書く必要はない。スマホのスケジュール管理アプリに予定として書いておいてもいいし、それこそ一晩程度なら頭ででも覚えておけるはずなのだ。......覚えておける、よね?

 まあ、いい。とにかく、そんなこんなで、私はそれが気掛かりで仕方がなく、部活で何があるのかということを早く知りたいのだ。なぜかここ十日くらいの記憶もないし、それも何か関係しているのだろうか。

 そんなことで思考を巡らせていると、私は目的地である情報処理室へと到着した。少し息を切らしながら、私は事前に職員室からとってきていた鍵をポケットから取り出し、鍵穴に入れて、左方向に回した。

 すると、かちゃりという音が鳴ったので、そのまま扉を開ける。鍵が開いていないということは、まだ環先輩は来ていないということか。じゃあまた定位置に座って本でも読もうかな。それで、環先輩が来たらちょっといろいろ聞いてみようか。

 そうモノローグを脳内で流したのは、ほんの一瞬。

 だけど、そんな時間さえあれば、私が慣れ親しんだ部室の異変に気付くのには十分な時間だった。


「あれ? リナリアの花.........光の反射かな」


 私は一旦かばんを鍵と一緒に教卓へ置くと、窓際の棚に飾られている花、リナリアへと近づいて行った。私は、まず第一にこのリナリアの花の異変に気付いたのだ。それも、とても異様な変化に。

 私は去年の秋、亡くなってしまった金村先輩に贈るという目的で花を買おうとなった時に、お花屋さんでこのリナリアを選んだ。それも、花弁の色が白のものと桃色のものの二種類。それにはいろいろと意味があるんだけど.........


「なんで白一色になってるの......?」


 私は、そんなリナリアが植えてある植木鉢を前に、ただただ困惑するしかなかった。最初は窓から入り込む橙色の光を受けてそう見えるだけかと思ったが、目の前でまじまじ見ると、そんなことはなかった。

 と言うのも、桃色と白色の二種類があるはずのそのリナリアは、いつの間にか白色一色の身になっていたのだ。これはとても大切な想いを乗せている。亡くなった金村先輩の恋を応援するための大切な意味が。

 もしかしたら見間違いかなと、植木鉢を回転させたりして確認しようとする。

 すると、その時。

 かさり、と手元から紙がこすれる音がした。すっかりリナリアの異変の方に釘付けになっていた私は、恐る恐るといった様子で、手を棚からどけて、その音の正体を見る。

 結果的に言えば、そこにあったのは二つの封筒だった。白い長方形の封筒に、どこかノスタルジックな雰囲気を与える封蝋のシールで封がしてある。本物の封蝋ではないのは、開けにくくないようにという差出人の考慮だろうか。

 この封の仕方とサイズ感だと、きっと、中身は手紙か何かだろう。しかし、問題なのは誰から贈られてきたものなのかということで。気になった私は、今度はリナリアをほったらかして、その二つの封筒を手に取った。裏には何も書いていない。なので、それらを、二つ同時に表に向ける。

 すると、何かが書いてあった。......えーと、なになに?


『蘭ちゃんへ』

『詩遠へ』


 ふむ。

 この二人、私こと紫水蘭と、現部長である環詩遠先輩は、トリカブト研究会のメンバーである。そして、その二人をそれぞれこの名前で呼ぶ人は、少なくとも私は一人しか知らない。

 その名も、金村悠姫先輩。去年までは一緒に活動していたが、病気が悪化したせいで去年の夏休み、この世を去ってしまった。

 そんな、金村先輩の口調で、宛名が書かれている。

 誰かのいたずらとしか考えられないこの手紙。しかし、環先輩はこういうことはふざけても絶対にしない人だ。何より、自分で自分宛ての手紙なんて書けないだろう。

 ......と、すると? 誰だろうか。私は夕焼けが差し込む窓際で、一人首をかしげる。しかしそんな思考を開始してから十数秒、考えるより読んだほうが早いと悟った私は、丁寧に自分宛ての手紙の封蝋をはがした。中には、その封筒のサイズに合うように三回折りたたまれた便箋が二枚。

 と、それに加えて、一枚のラミネート加工がされたしおりが出てきた。はっきりとした桃色の桜が押されているそのしおりも十分に気になったが、私はそれよりも、手紙を読んでみたかった。

 便箋を丁寧に広げると、二枚ともにびっしりと文字が書き込まれているのが分かる。私は、一枚目と思われる方を、文頭から文字を目で追っていった。

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